エピソード2:祈りの場所で - 3
夜の礼拝堂は、昼とは別の顔を見せる。
祈りの声が消え、灯りも消えた建物は、ただ静かだった。
フィオは、昼にイリス達と話した庭のベンチに腰を下ろしていた。
冷たい夜風が頭に溜まった熱を少しだけ冷ます。
「……ほんと……息が詰まる」
誰に聞かせるでもなく呟く。
空を見上げれば、雲に隠れた月がぼんやりと輪郭を滲ませていた。
ーー祈れば救われる?
ーー耐えれば報われる?
そんな言葉を、何度自分に問いただろうか。
拳を握る爪が食い込み、わずかに痛みが走った。
その時
「ーー夜風は冷えるな」
「……誰!?」
低く、落ち着いた声。
フィオは突然の気配に立ち上がった。
声の方を見ると、回廊の柱の向こうから一人の人影が姿を現した。
黒いフードの奥に顔は隠れ、輪郭すらはっきりしない。
「安心しろ。ここはあくまでも“祈りの場所”だ。何もしない」
「……礼拝堂に用があるなら、昼に来ればいいでしょ」
「そうだな。だが、昼は聞こえない声が多すぎる」
影になって声の人物の顔は見えないはずなのに、フィオを見る視線は確かに感じる。
「ーーお前は、息が苦しそうだ」
その言葉に、フィオの胸が一瞬跳ねた。
「……っ……そんなこと」
「ある」
即答だった。影はフィオと距離を保ったまま続ける。
「炎は閉じ込めれば煙になって消える。だが、外に出せば、光にも熱にもなる」
「……は?なにそれ……なにが言いたいの?」
「……選べる場所は、ひとつじゃないって事だ」
「……私は何も選べないよ」
「それは違う。君は選べる人間だ。祈るおもちゃじゃない」
意味も分からないような影の言葉に、フィオの心の火が揺れる。
「……あなた、何者?」
「ただ通りすがりだ」
一瞬、空気が変わる。
「だけど、炎を見過ごす趣味はないからな」
「……っ!」
フィオはその胸をキュッと押さえた。
小さな火に息を吹き込む影はそのまま闇夜に消えた。
まだ名も知らぬ“選択”が、静かに動き始めていた。




