出口 - 4
牢の中は静かだった。
冷たい石壁に、湿った空気。
時間の流れすら、ここでは曖昧だった。
イリスは、壁に背を預けて座り込む。
目を閉じると、心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。
その瞬間、じわり、と温度が変わるのを感じた。
「……?」
冷たいはずだった石床から伝わる感触は、微かに温かい。
どこか懐かしいような、温かさ。
突然、知らないはずの記憶が流れ込んできた。
同じ牢。
同じ石床。
鎖の音。
そこには、若い女性がいた。
長い髪に少し疲れた横顔。
それでも、確かに優しい目。
「……お母様っ!」
名を呼んだ途端、世界が淡く光を帯びる。
『イリス』
目の前には、あの部屋の写真の中にいたイリスの母・エリオネの姿があった。
懐かしくて、胸が締めつけられる声。
「……お母様?」
イリスの声が震える。
エリオネは、微笑んでいた。
触れられそうで、触れられない距離。
『やっぱり……あなたは、ここに辿り着いたのね』
「……ここに、いたのですか?」
問いかけると、母は静かに頷いた。
『ええ、一度だけ』
エリオネは、イリスの手元を握る。
幻のはずの母の手は、なぜか温かく感じた。
『あなたの力は、残されたものの想いや時間……それらを繋げる優しい力ね』
エリオネがそう言うと、突然光が強まった。
イリスは思わず目を閉じる。
目を開くと、別の世界が広がっていた。
どこまでも広がる花畑と青空。
明るいのに、星が輝いていて、大きな月まである。
現実では有り得ないような光景だった。
『ここは……世界と世界のあいだ』
エリオネは嬉しそうに笑った。
『そして、あなたたちは……その“鍵”』
胸が、強く脈打つ。
「……双子のもう1人は?」
その問いに、母の表情が曇る。
『必ず、彼は迎えに来るわ』
光が揺らぎ始めた。
エリオネはイリスに手を伸ばすと、指先がイリスの頬に触れた。
『……ごめんね、イリス。でも忘れないで。あなたたちは、道具じゃない』
囁くような声。
『選ぶのは、あなた。王でも国でもない』
「……お母様っ……待って!」
その声を最後に、母とその世界は弾けるように消えた。
牢は元の冷たさを、取り戻していた。
イリスは荒く息をつく。
手のひらには微かに残る母の温もり。
「……お母様」
呟いたその名に、返事はもう返ってこない。
イリスは覚悟を決めた。
もう、迷いはなかった。




