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檻の記憶 - 6
スラム街の外れにある宿屋は、宿と呼ぶにはあまりにも粗末だった。
傾いた木造の建物。
セラを抱えたイリスはその建物の扉を開いた。
受付の男が、露骨に値踏みするような目を向けてくる。
「静かな部屋を頼む」
そう言ってイリスが受付に置いた通常の倍以上の金貨を見て、男の目の色が変わる。
「……お連れの方は?」
「病人だ。触るな」
男は肩をすくめて鍵を差し出した。
「奥だ。医者はいないがベッドはある」
部屋は薄暗く、清潔とは言い難いが、今はそれで十分だった。
イリスはセラをベッドに横たえ、マントをかける。
「……ごめん」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からないまま呟く。
セラは眠るように静かだった。
しかし、この街で“眠る”ことは、安全を意味しない。
イリスは立ち上がり、受付に戻る。
「あの子を頼む。朝まで誰も近づけるな」
さらに金貨を重ねて置く。
「もし指一本でも触れたら……」
言葉の続きを口にする前に、男は頷いた。
「……金は正直だ」
宿屋を出たイリスは、一度だけ振り返る。
扉の向こうにいる、無防備な存在。
(すぐ戻る)
イリスは1人、仮面屋へ向かうのだった。




