檻の記憶 - 2
王都の外壁を抜けたあたりから、空気がはっきりと変わった。
舗装されていた道はいつの間にかヒビが入り、隙間には黒ずんだ水が溜まっている。
酒と汗と何か腐ったような匂いが混ざり合ったものが鼻についた。
「……ここが、スラム街の入口か」
イリスが低く呟く。
彼女にとってスラム街は初めて訪れる場所だった。
並ぶ建物は壁と屋根があるだけのようなものばかりで、それを家と呼んでいいのか分からない。
路地の奥では、怒鳴り声と笑い声が入り混じり、何かが壊れる音が響いていた。
「……同じ国とは、思えないな」
イリスはフードを深く被る。
通りには露店が並び、正体の分からない薬や用途不明の部品、そして明らかに“表”では扱われない品々が無造作に並べられていた。
突然、セラの足がぴたりと止まった。
「……セラ?」
「だ、大丈夫です……」
強く握りしめる指先は、震えていた。
「音が……」
「音?」
イリスが耳を澄ますと、遠くから歓声が響いてくる。
怒号とも歓喜ともつかない、獣じみた声。
「闘技場ですよ、お嬢さん方」
突然、2人の前に気配もなく男が現れた。
スラム街の人間にしては、妙に身なりが整っている。
「突然すみません。自分、格闘場の関係者でして」
男は芝居がかった調子で続ける。
「こうして、興味のありそうな方に声をかけているんです」
「誘い?」
「ええ……お嬢さん方、ここの人じゃないでしょう?」
その鋭い言葉に、イリスは内心で舌打ちする。
男は口元を歪め、笑った。
「まあ、賭けるかどうかは別として、一度、ご覧になってはいかがです?もしかしたら……通うようになるかもしれませんよ」
そう言うと、男は2人に背中を見せて歩き出す。
イリスとセラはその背中に導かれるまま、闘技場へと足を向けた。




