17.アスカニイマス神社
リュウセン神社で一泊させてもらった翌日。
ドロガワの集落をウロウロと歩き回ったのでござる。見聞を広めるためでござる。
この集落を拠点とする修道者が多く居るようで、通りに旅籠が何軒か並んでおった。人が住む住居は、通りから一つ後ろ側、山手でござる。
『儂はここでゆっくりしておるから、ミウラの主と見聞を広げてくるが良い。おっぱいおっぱい』
ヤマトの主の仰せでござる。
集落の大通りは石を敷き詰め固められておった。舗装道路でござる。ボロボロの着物を着た子ども達が走っておったが、某らを見ると、建物の影に隠れ、こっそりと様子をうかがっておるのが、かわいくて良い。
某とミウラは、オオミネに登る山道の口へ向かった。目的地は、昨日、降りてきたところでござる。
途中、イノシシを仕留めたのか、数人掛かりで運んでおる行列とすれ違った。逞しいでござる!
丸太の橋までやってきた。
勢いよく流れる川でござる。山からの水でござるが、ほぼ湧き水でござろう。綺麗すぎるのでござるよ。魚が住めぬどころか、水草や藻すら生えぬほどの澄み具合でござる。
水清ければ魚住まず、をまさか目で見るとは思わなんだ。
『昨日も見ましたが、川の水が綺麗すぎますね。岩肌が青く見えるって、こんなの初めてェ!』
そうなのでござるよ。川底で二つにパックリ割れた大岩が転がっておるが、断面が絵の具を塗りたくったように青いのでござるよ。岩の色ではなく、水の色? 岩肌が水の色に反応してうんたらかんたらでござる。
岩の出っ張りを利用して、川に降りる。岩が、こう、尖っておるのよ。川の岩や石は丸いと認識しておるのでござるが、目新しい形状にござる。
ついさっき、埋もれていた岩が川へ転がり落ちて割れた、って感じでござる。
『石や岩にとって、ついさっきとは、千年単位のついさっきでございましょうな。最初は、源流ではこんな尖った岩ですが、何千年、いえ、何万の年月を経て、下流へ転がり見慣れた丸い石となるのです。ましてや水切りが出来るまで平たくなった石は――」
「おおー! 冷たい! これは生で飲んでも腹に当たらぬのではないか!?」
手を川に突っ込むと、その冷たさに指が凍える。リュウセン神社の湧き水に匹敵する冷たさでござる。
互いに水を掛け合い、キャッキャウフフして遊んだ。
して、のっそりのっそりと道を下っていく。川の向こう側にも集落が見える。その川の場所によっては浅い場所があるので、行き来に苦労はせぬ模様。冬は洒落にならんだろうが。
『夏でございますからなー。山の緑、旨い空気、そして何より空気が涼しい。太陽は熱いけど』
ミウラの言う通りでござる。道は山陰の場所が多く、日を遮って涼しい。ミンミンと蝉の声が岩に浸みいり、喧しいけど静かでござる。不思議な対比でござる。
『静けさや、岩にしみいる、蝉の声』
「うまい! さすがミウラでござる! 後世に残そう!」
『いや、あの、わたし神獣ですし、そう言うのはちょっと……』
「妙に尻すぼみしておるな。まあよい、ミウラがそう言うのであれば」
心に秘めておこう。えーっと、「夏草や、強者共が、夢の跡」もミウラ作でござったな。世には出さぬが、某が覚えておくぞ! ……東風様にこっそり伝えておこう。
リュウセン神社に戻ったのでござるが、湧水の口でのんびりと涼んでおる。
湧水に手を付けたり、尻尾を漬けたり、手ですくって顔を洗ったり……。
「ははは、ここにおいででしたか」
見上げれば、宮司殿でござる。
「余程お気に入りでございますな。リュウセンの者として鼻が高こうございます」
宮司殿の声は小さかった。それでいて聞こえる。この雰囲気を壊さぬよう気を使っておられる。
「良いでござるな。田舎の夏は良いの。山がそこまで迫り、緑が溢れ、蝉が命を謳歌しておる。命が溢れておる。それでいて静か、静謐でござる」
にこやかに笑っておられた宮司殿が、ゆっくりと真面目な顔へと表情を変えていかれる。
「それでございます」
そして、片膝を地に着けられる。
「我ら、神獣様に仕える者に伝わる言霊がございます。人は天下の神物なり。静謐を掌るべし。心は神明の主たり。心神を傷ることなかれ。……と。今、イオタ様は自然なお言葉で静謐を口に出されました」
宮司殿の両膝が地に着き、両の掌を地に着けられる。
「イオタ様こそ、まさしく、神獣の巫女様でござりまする」
そして、頭を垂れられた。
何か分からんが……宮司殿は宮司殿で、何処かに辿り着かれたご様子でござる。
口を挟むのは遠慮しておこう。
しばし静止の後、宮司殿は頭を上げられた。
「お食事の用意ができました。どうぞ神殿へ」
いつの間にか、ご飯の時間になっていたでござる。
オカズはイノシシの味噌焼きでござった。
そして、食事中奏でられる音楽。
ぷぅおーぉおお、オォオーオオ……どんどんどんちゃんちゃんちゃん。
……だから、それはもうよい。
して、翌日。
日が昇る前の暗い内に起き出し、朝ご飯を頂く。
用意してもらったお弁当と水筒を身につけ、出発の準備は終了でござる。
『イオタよ、山の上でも言ったが、これより峠道を通る。上がったり下がったりウネウネしたりするが、今日中にアスカへ着くぞ。よいな?』
「結構でござる! 道、であるならば大丈夫でござる」
『道なんでしょうね? 道を歩くんでしょうね?』
して、リュウセン神社を出発でござる。
「お気を付けて!」
神社に勤める皆様と村人総出でお見送り頂いた。
ぷぅおーぉおお、オォオーオオ……どんどんどんちゃんちゃんちゃん。
お見送りの演奏を背にして、山道へ踏み込むのでござる。
川沿いに沿ってズンズンと……ウネウネと曲がりながら、山肌に添って進む。真夏のなのに涼しい。空気が冷たい。高い山の良きところにござる。反対に、冬は大変でござろうな。冬に来なくてよかったでござる。
幾つか峠を越え、幾つか谷を抜け、幾つかの小さな集落を抜け、やがて辻に出た。
『ここを右へ行く。北へ昇る。逆に左へ行くとテンカワという集落へ行く。道なりに南へ下っていくとクマノへ逆戻りだ』
「ほほー……頭の中の地図が変になってきておる。ミウラは大丈夫でござるか?」
『わたしも大変なことになっております。ただ、イオタさんと違って東西南北の方向だけはきっちりと把握しておりますがフフン!』
こ、こやつ……頭を取りにきおったわ!
「そ、某も方向感覚だけは保っておるでござるよヘヘン!」
『イオタにミウラの主。そろそろ休憩を切り上げて良いか? このままおヌシらを放置しておくと日が暮れるまで続けそうだ』
「何を仰る!」
『うさぎさん!』
『……そういうところだ。さて、行くぞ』
葛折りの道を突っ走ってると、昼頃にはヨシノ川に出た。
『途中、クロタキとか縁の修練者なる伝説の……役行者ですか?……人物による創建の神社だとか? ありましたね。ここも山岳宗教の基地の一つなんでしょうな。知らんけど』
して、ヨシノ川を……なぜか橋がないので……じゃぶじゃぶと歩いて渡ったのでござる。水が冷たいが、ドロガワの川ほどではない。例えるなら、氷水と冷水の違いでござるかな?
『鮎ですかな? なんか柳の葉っぱみたいなのがたくさん泳いでます。それ!』
ミウラが前脚を振るうと綺麗な魚が飛び出した。何処かで見た木彫りの熊が鮭をとっておる図に似ておるな。
してて、ヨシノの河原でミウラが取った魚を焼いた。やはり鮎でござった。串に刺し、塩を振りかけて焼いたのでござる。
「うまい! 新鮮な鮎は腹まで旨い! 苦みが旨いでござる!」
『死にたての魚は美味しいですね!』
『物は言い様だな、ミウラの主』
しててて、ヨシノ川を越えれば、アスカは目の前も同然。山を幾つか越え、最後の峠を越えたらいきなり目の前に広がる平原。
アスカでござる。
「その昔、ここに今の帝の祖が都を開いていたのでござるな。艱難辛苦を耐え……」
言葉に詰まったのでござる。
『はぁー、ここが昔の首都、都だったところですか……なんとも牧歌的な風景でございますなぁ……』
ここから見える範囲、全てが緑。見渡す限りの田でござる。緑一色でござる。緑の中に小道が流れ、思いだしたようにポツポツと粗末な家が建っておる。何処か懐かしい……。
そういう景色でござる。
段々畑の間を通る山道を下りていく。
いつものように人が集まり、いつものように説明と紹介をする。
『イオタよ。そこら辺の者に、アスカニイマス神社は何処かと聞いてくれ』
アスカニイマス神社とは、今日の宿でござる。
「ご存じないのでござるかな?」
『知っておるが、聞くと村の者が喜ぶだろう?』
「なるほど」
ヤマトの主も色々と考える様になったご様子。
して、適当な者を……やんちゃそうな子供の集団を捕まえて場所を聞いた。
声をかけた途端、大騒ぎでござる。「知ってる知ってる!」「案内する案内する!」「来て来て!」「こっち、こっち!」「すぐすぐ!」と煩いのなんの。みんな笑顔で案内してくれた。年嵩の女の子なぞ、某の手を引っ張っていくのでござる。
大人が子供を叱りつけるが、「かまわぬ。アスカ村の見学でござる」と某の意を通させていただいた。
目端の利きそうな大人達へ、「それに準備もいるでござろうから、観光しながらゆるりと向かう」と、遠回しな合図を送っておいたから、アスカニイマス神社へは先に知らせが入るでござろう。
して子供らは、すぐそこと言いながら、隣の村へ行く程の長い距離を歩かされたでござる。途中、子供達による名所案内が入るものだから、寄り道ばかりしておった。
『オティムコによく似た石だとか、田畑の真ん中にぽつんと佇む整備前の石舞台だとか、言い伝えではなんかの宮殿跡らしいところとか、名所巡りでございますなぁ。修学旅行で飛鳥に、いやいや!』
あっちふらふら、こっちふらふら、田んぼの中の亀石だとか、アマガシの丘にまで登らされた。見晴らしが良くて有り難かったでござるが。
して、ものすごい回り道をしてアスカニイマス神社へ到着にござる。
アスカニイマス神社は、ちょっとした丘の上に造られておる。
お出迎えされてる中、石段を登ると……キュウキュウ詰めに社が建っておる。
『あと、なんか、エッチな石製品が所狭しと並んでますな。道祖神的な?』
「うーむ。必ず視界の何処かに入ってくるでござるな」
『イオタ、ここは子宝に関係ある願いを叶えてくれるそうだ。いっちょ、祈ってみるか?』
「では、ここは一つ、女遊びが激しいと噂される、イマガワ館のお付きの方々に子が授かるよう祈願するとしよう。連中、まだ独身でござるが」
『それは止めてあげて、イオタの旦那!』
『魔獣か、キサマ!』
ようやく平野部の神社に泊まれたでござる。平野部の人々は穏やかな性格をしてござる。平穏無事が何よりでござる。
『ところがどっこいイオタさん。トオトウミで魔獣出現でございます!』
「くっそ! 拝領刀のサビにしてくれん! トウトウミに魔獣出現! これより退治に向かう。なに、すぐに帰る!」
ミウラの背に飛び乗ったのでござる!
『では行きます! の前にお約束でございます!』
バッシュッ!
おべべが弾け飛んだでござる! おっぱいポロリでござる!
「まだ子供が帰っておらぬのだぞ!」
『一生の思い出にございます!』
光の帯が身体にまとわりつき、一際激しく輝くと、いつもの戦闘服にござる。
出撃にござる。




