16.ドロガワの宿
カネツグ殿は尾根づたいに北上していくのでござろう。……山脈が連なるヨシノオオミネ山系では、谷越え山越えするより、尾根を選んで歩く方が楽なのかもしれぬ。
某らは、川底のような形状の道を下っていく。
狭い葛折りの道でござるが、奥駈けの道、道?に比べれば、綺麗な道でござる。
山肌に添ってどんどんと、ゆっくりと降りていく。
鳥の鳴き声が聞こえたり、某が聞こえぬ音に反応した二柱が、同じ方向を睨んだり、向かい側の山に向かい、やっほぅ! と叫んで山彦を楽しんだりと、のんびり下っていく。
『確かこの辺だったんだがな?』
ヤマトの主が、何かを探しておられるご様子。
して、何度か山肌を曲がった所にそれはあった。
山の斜面、その途中から懇々と湧き出すお水。水量は多い。
『お助けの水。だ。この辺りに水場はない。山を下りるまで無い。あるのはここだけだ』
なるほど。故にお助けの水でござるか。
「どれどれ……」
流れ出る水を手ですくう。
「おお、そこそこお冷たいでござる。どれ一口、ごっくん! うむうむ、甘露甘露! 飲めば甘露の味がする!」
『私も一口。ペチャペチャ。ほほー、露天のわりに綺麗な水だ。至福至福!』
しばし休憩の後、再出発でござる。
人の足ならば二刻はかかるであろうが、某らの足では、物見遊山でゆっくり歩いても半刻ほど。山の景色が変わった。
剥き出しの山から、森と言って良い鬱蒼と茂る大木の中へ。天を突くような木の背丈。
濃密な木々の中を下っていく。盛りの匂いが濃い。この道はたぶん、雨の時に川になる場所でござる。
して森を抜けると……川が道を遮っていた。
さほど広くはないが、川の流れは激しく、川を削るような流れ。見るからに清浄でござる。
『川の水が青いですね』
「宝石のような青さでござる」
『湧き水が多く混じっておるから、痺れるほど冷たいぞ』
丸太の一本橋が架かっておるので、そこを渡る。なかなかに年季の入った丸太でござる。ヤマトの主が渡ると、ギシギシと怖い音が立ったでござるよ。
して、川沿いの山道をポクポクと歩いておると、集落が見えてきた。細い紫煙が上がっておる家もある。
川沿いに作られた集落にはいると人だかりでござる。某らを見に集まったのでござろう。
まずは自己紹介と神獣様の紹介でござる。ご多分に漏れず驚きと畏れの連続でござる。ヤレヤレでござる。
『普通、人の身ならば優越感に浸るものだが、イオタはどうも勝手が違うな』
「ヤマトの主。某の人徳や経歴が人々の頭を下げさせているのではなく、神獣様のご威光が人に頭を垂れさせるのでござる。某は腐っても武士。人のフンドシで相撲を取るつもりは一切ござらぬ!」
『そういうものか? まあそちらの方が儂にとっても気分がよい』
『イズモの巫女様が締めていた褌だったら?』
「喜んで締めるわ!」
『あと、旦那は面倒くさがりでございますから、何度も同じシチュエーション、場面に飽きたんでしょう』
そうともいう。
して、ここからが神獣の巫女の仕事でござる。
「さて皆の衆。神獣様お二柱の休めるような静かな場所はないか? 出来れば屋根付きで。そこの者!」
「へぇ! それならリュウセンの神社が良いかと思います」
一番賢そうな顔をした男……なぜかデンスケに似ておる……を指名したら、早速答えが返ってきた。
「では、案内を頼んでよいでござるか?」
「うへぇ! 案内いたします!」
ここにもデンスケがおったか。
もう一回、川を渡ってオオミネ寄りの対岸へ。今度はちゃんとした橋でござる。丸太が5本並んでおるし、広くなった川幅でござるが、真ん中に突き出た岩が柱になっておる。ヤマトの主が歩いても軋むことはない。
して、対岸の、そこそこ広い境内を持つ神社へ案内された。
「ここがリュウセン神社です」
気の利いた者が先に走ったらしく、宮司殿らしき方と、何か楽器持った人達がいっぱい出てこられて、お迎えされたでござる。
宮司らしきお年を召した方が手に勺を持って進み出た。白髪頭で、顎に白くて長いお髭を蓄えておられる。
「たけまくもかしこき、ヤマトの主、ミウラの主、神獣の巫女イオタ様をお迎えできて、リュウセン神社一同、心より感謝の程、かしこみかしこみ申うすぅー」
ぷぅおーぉおお、オォオーオオ……どんどんどんちゃんちゃんちゃん。
楽器が演奏された。キョウへ行ったとき、禁裏で聞こえてきた音楽でござる。
『ドリフで、神様役の加トちゃんと志村が降臨するときの音楽ですね!』
どりふ、が何なのか知らぬが、神の役を演じるくらいだから神聖な言霊であることだけは某にも分かるでござるよ。
神聖な音楽を挿入歌にして、神社へ案内されたのでござる。
塀をぐるりと張り巡らせた、頑丈な作りにござる。狭い門をくぐると、池でござるかな?
『水が流れ出てますね。そういや、門の横手から大量の水が流れ出ていましたっけ』
かけ流しの池を横目に、しずしずと進んでいく。本殿はすぐそこにあった。大人の背丈ほどの高さに盛り土されておる。まるで、攻め手から防ぐのを目的としたような作りにござる。
して、石段を登り本殿へ。
「どうぞ、遠慮無くお上がり下され」
お年の割に闊達な口回りにござる。
「失礼いたす」
『おっじゃましまーす!』
『おっぱいしまーす』
中へはいるとひんやりしておる。静かでござる。……今誰か、どさくさで何か言わなかったか?
神社の方々による神獣様をお迎えする儀式が滞りなく過ぎ、ようやく某を相手にしていただける順番が回ってきたでござる。
まずは椀で冷たい水を頂いた。うまい! 体に染み入る夏の水、でござる! ここまで待たされた甲斐がござった!
「これはありがたい! 何よりのご馳走でござる!」
「岩の割れ目より清水が湧き出ている場所に造られたのがこの神社なのです。庭の池を水が流れていたでしょう? あの水は境内の大岩より湧き出た水なのです」
「ちょっとした川のような流れでござった。さぞや湧水量が多いのでござろうな?」
「あとで湧水口をご覧に入れましょう。本殿のすぐ脇でございますよ。木陰になっていて大変涼しいですし、夏でも手が痺れるほど冷たい水でございます」
自慢の湧水でござるな! 楽しみでござる!
『五行陰陽で金生水というのがありまして。この「金」とは金属を示したのではなく、概念である事から「固い物・個体」を指し示すもので金属はその一部に過ぎません。金気、つまり硬いのでメジャーなのは「岩」。山の水、つまり源泉は岩の割れ目から湧くことを指しています。わたし独自の解釈ですが。昔の人がスプーンで湯気を水滴にするなんて事、メジャーな知識であるわけないじゃん! だいいち、金属製スプーンなんか当時ありましたっけ?』
ま、難しいことはさておいて、いつもの如く、宮司様より質問攻めでござる。
あらかた聞きたいことも終わったご様子。皆で一息ついていた。
「して、宮司殿。某の悪い噂を耳にしておられませぬか?」
アシムラなんとかの件でござる。山の修練者の間に噂が広がっておるのだ。山岳宗教地元のリュウセン神社の宮司の耳に入ってない、なんてことはない。
「ははは、又聞きですが耳に入ってきておりますよ。ですが、どうせデマでしょう」
一刀両断で言い切られたでござる!
「なぜそれを?」
「ははは……イオタ様に会うまではあの噂を信じておりました。ですが会ってみると噂が嘘と見抜けました」
「またそれはどうしてでござるかな?」
宮司殿はハハハと眉をハの字にして笑ってから、口を開かれた。
「当人とお話しをすれば分かります。あなた様は嘘偽りを嫌われる。神獣様に対し、真摯でございます。それに第一……」
「それに第一?」
またいい感じに間を開けられる。
「それに第一、邪な心を持つ者に、ヤマトの主が付き合われるはずがございませぬ。ましてや、ヤマトの主が、クマノからオオミネの奥駈けを先達された。邪な者には有り得ぬ話。むしろ、アシムラ殿が神獣様と共にない事、それが、かの者が邪である証拠。違いますかな?」
『神獣絶対主義者でございますね。良い方向へ動き出したんじゃございませんこと?』
「う、うむ、……安心いたした……安心しても良いのでござろうかな?」
我ながら心弱気発言にござる。
「ヨシノ、オオミネ、そしてクマノ山系におる者は、そう遠くないうちにイオタ様のことを正しく理解されましょう。不肖、私めが静謐清浄に勤めましょう」
「……ありがたく……」
頭を下げる。人の縁とは……、ありがたく……。
して、本殿真横に件の湧水口がござった!
大きな杉の木が二本生えていて、その間から下へ降りるようになっている。降りると言っても高低差は、腰の高さほどでござるが。
某と鹿とネコが降りる。
ぷぅおーぉおお、オォオーオオ……どんどんどんちゃんちゃんちゃん。
後ろで演奏されたでござる。力技で厳かな雰囲気を醸し出そうとしておられる模様。
そこは洗い場のようになっておった。平たい一枚岩が据えられ、その岩と同じ高さで水が流れておる。
『湧き水の水嵩が年中通して変わらないって事ですね。オオミネ山系の山々が造って漉した清らかな水なのでしょう』
したりでござる。
山肌が岩で出来ておる。その岩にポッカリと、横になった戸板程の口が開いておる。そこから、勢いよく水が湧いておるのでござるよ。
水量は音を立てて流れるほど。ちょっとした小川など恥ずかしくなるほどの水量でござる。
「さて、湧き水の冷たさを……痛い! 冷たい! 痛いほど冷たい氷水でござる!」
流れは速い。流れに付けた手が氷りそうなほど冷たい。
『どれどれ? チャポン。冷たい! へーほー!』
ミウラも喜んで前足をチャポチャポさせておる。
『イオタとミウラの主。魚が泳いでおるぞ』
「え?」
ヤマトの主の視線を追うと、マスでござるか?
『冷たい水に生息する陸封の鮭ですかな? こんな所で珍しいですね……なんか腹に赤色の模様が……ニジマス? まさかね、ははは』
大きいマスでござる。まるまると太っておる。
湧水は神社の境内を横断するように流れておる。先端部が人口の池に繋がっており、そのまま塀の下をくぐって外へ流れ出ておる。ドロガワの町を流れる川に続いておるのでござろうな。
してて――
晩ゴハンでござる。
厳かに膳が運ばれてきた。
ぷぅおーぉおお、オォオーオオ……どんどんどんちゃんちゃんちゃん。
それはもうよい。
おかずは……マスの焼いたものでござった。
――三ΦωΦ三――
ヨシノ山まで出たカネツグは、休憩もせずにヨシノ神社へやってきた。
「あれ? 若! お早いお帰りで!」
カネツグを見かけた神社の下人が、早速挨拶している。
「父上、いや、宮司はどちらにおられる!」
「今なら社務所で――」
皆まで聞かず、社務所へ向かう。
「宮司! お話しがございます!」
「……カネツグか? なにやっとんじゃ? 修練は? 旅の汚れを落とさぬか!」
頭の禿げ上がった男。ヨシノ神社の宮司だ。左手に紙束を持って、右手に筆を持っている。
「オオミネでヤマトの主と邂逅いたしました!」
「……なんじゃと!?」
バサバサと紙束が撒き散らかされ、落とした筆が墨を撒き散らしながら撥ねる。
「ヤマトの主、ミウラの主の二柱。そしてミウラの主の巫女様が、クマノよりオオミネの奥駈を一日で走破オオミネ山上神社へ到着。宿舎で、一緒に、一晩を過ごしましたよぉー!」
「こ、か、え? えええー!?」
宮司の顎がガクンと落ちた。
「緊急のお話しがございます! 天をも畏れぬ狂人による穢れを阻止するために、父上の、いやヨシノ神社宮司のお力をお貸し下さい!」
「な、えええー!?」
「神獣様直接のご下命、じゃなくて、お告げにございます! ヨシノ神社次期宮司として、修練を中断して帰って参りましたぁー!」
カネツグは、オオミネ山上神社での出来事を話した。
「父上ッ! 縁でございます!」
「カネツグの言うとおり。縁じゃ! よし任せろ! アシムラなにがしの邪なる陰謀を未然に防いでくれん!」
修練道の有力な神社であり、とりまとめの基地であるヨシノ神社が動いた。
修練道の構成員たる修練者に回状が回る。伝言が回る。
アシムラ・フミマサの言、邪に付き信じるなかれ。
それは一月のうちに、デワ・ハグロ山にまで届いた。




