15.オオミネ山上神社
『バカだろ、こいつら。なあ、そう思うだろう、イオタ? 踏みつぶして良いよな、イオタ?』
某に刀を振るってきた三人の男は、ヤマトの主の前足により簡単に制圧されていた。足で踏んづけられておる。
『神獣様が二柱もいるのに、どうするつもりだったのでしょうね? 雷を落として良いですよね、イオタさん?』
ミウラも首を捻っている。某も首を捻っている。
「おい、そこの男!」
最初に出会った、桶をひっくり返した男に声をかけた。この男、一切攻撃に係わっておらぬ。むしろ、飛びかかってきた三人を咎めようとしていた。
「ははーっ! 申し訳ございません。どうか、その者達の命ばかりはお助けを。そして、厚かましいお願いですが、我らの話を聞いてくだされ! どうか、この通り!」
桶の男は、ゲザーした。
「何か、訳がありそうでござるな。ヤマトの主、踏みつぶすのはやめて頂きたい」
して――
小屋の中で。……ヤマトの主も無理矢理、入ってきた。狭い。
桶の男はシロウと名乗った。とある武家の四男で、進んで修練者になって山ごもりをしていると言っていた。
「アシムラという男に出会いましてね。イオタ様のことを話しておられました。内容は――」
神獣をたぶらかす悪の化性とかの内容でござった。
一番聞きたくない男の話でござる。もういい加減にして欲しいでござる。
「おかしいと思ってたんですよ。神獣様が騙されるはず無いでしょう? ならば、悪意があるのはアシムラ殿の方。ですが、あまりにも自信たっぷりに話されるし、仲間達も話に引き込まれてるしで、口を挟めなくて」
『あいつは自分で自分を作ってますからね。破綻してるのに無意味に自信たっぷりなんですよ』
そのとおりでござるが、気が萎えるでござる。
「正直、少しは信じてました。ですが、今日、己の未熟さに気がつきました。断言できます! 嘘をついているのはアシムラです!」
おお、シロウ殿! 言い切ってくれた!
「うう、涙が出てきたでござる」
『イオタさんを泣かすなんて、わたしがぶち殺してくれる!』
ミウラが毛を逆立てた。尻尾がパンパンに膨れておる。ここまで怒ったミウラは二回目でござる。タネラでミウラのシュークリームを黙って食べたときが一回目でござる。
「しかし、シロウ。逆を言うが、……失礼ながら、イオタ様を信じるという根拠はあるのか?」
この男、名をカネツグという。カザン家の跡継ぎで十八の若者でござる。実家は、とある社の神職と言ってた。目の前の某に、一応気を使いながらでござるが、あからさまな敵意がござる。
「カネツグ殿。イオタ様のお召し物を見よ。奥駈けをしてきたのではないか? 汚れ方が酷い」
道無き道? 道か? を高速度で走ってきたのでござる。泥汚れは元より、草木の汁も付いておるし、藪で引っかけた傷もある。
「作り物で、こうは汚れぬ」
「今朝、クマノの本宮大社を出て、先ほどオオミネに到ったのでござる。確かに洒落にならんかったでござる。アレ、ほんとうに道でござるのかな?」
今朝ぁ? 本宮からぁ? などと声が上がる。
「まあ、確かに速いとは思うでござるが……、速いだけでござるよ」
皆様が姿勢を正された。
「イオタ様。奥駈け、それ自体が神事なのです。イオタ様は、神事を無事修めておられる。それも、ヤマトの主とミウラの主を前と後に記して」
『シロウさん……前記と後記って……』
ミウラ、それ以上言ってはいけない! 史実になってしまう!
「これは縁だ……」
カネツグ殿が譫言のように呟いたでござる。目が、遠いところを見ているようで、焦点が合っておらぬ。
「如何されたカネツグ殿?」
「私も驚きです。これは縁なのです!」
ちょっと意味が解りませんね。
急変更して、目がキラキラしておいでだ。
「ちょっと、カネツグ殿? カネツグ殿?」
カネツグ殿は、額に脂汗を浮かべ、地面の一点を睨んでおられる。如何致した?
「イオタ様。今夜はここで泊まられますよね? 明日は?」
「アッチから戻ってこられたかカネツグ殿。ご期待に添えぬようで申し訳ないが、某らは一度山を下りる。ゆるりと山を下り、麓のドロガワで一日休息の後、ナラを経由してスルガに戻る予定にござる。以後の時間は、見聞を広めるためだけに使おうと思うておる」
またまたじっと考えられておるカネツグ殿。
「分かりました。後はお任せを。シロウ殿、私も山を下りる。明日、吉野まで駈ける」
「カネツグ殿……。なるほど、縁でございますな」
「何でござるかな? 縁って何でござるかな?」
シロウ殿とカネツグ殿は一瞬互いの目を見つめられた。残り二人の目を見つめてから、某に向かう。
「縁は縁でございます。遠い過去、縁の修練者という者もおりました。偉大なる先達様でございます。さて、明日は早いぞー!」
「カネツグ殿! 話になっておらぬ。カネツグ殿!」
「そうとなれば先に寝る。失礼つかまつる。ごろん。ぐうぐうぐう……」
寝てしまわれた。寝付きの良い人でござる。
他の三人はウンウンと訳知り顔で頷かれておる。
『うん、まあ。イオタの旦那、こうなった以上、全部任せて寝てしまいましょう。わたしたちもいつスルガで魔獣が暴れるか分かりません。寝られるときに寝て、体力を回復しましょう』
うむ、ミウラ程の実力者が言うのなら、正しいのでござろう。
して、ミウラを壁に仕立て上げ、皆でごろ寝でござる。夏真っ盛りとはいえ、高い山の上は初冬のように冷える。夜半過ぎ、モゾモゾとミウラの毛皮を求めた。
『目が醒めましたか、旦那?』
「……うむ……身体は疲れておるのだが……眠りが浅いようでござるな……ちょっくら外へ出てみるか?」
『いいですね。夏の高原の夜。いいですね!』
して、こっそりと小屋から外へ出る。
月すら出てない夜。ネコ耳の目をもってしても夜の山は暗い。暗黒でござる。
して、空を見上げる。
「ミウラ……一面の星空……」
銀の粉を黒い紙の上に撒いたかのような……いや、満天の星空。例えようがない。
『綺麗……』
空を縦に横切る白い……乳を零したような帯。
「天の川でござるな」
『ええ。面で光ってるように見えますが、あれ、星の塊です。砂浜のように、幾千億の星と幾万億の星が重なり、……無数の星々が重なって光の帯に見えるんです』
あの光の一粒一粒が、お日様より大きなお日様であることは知っておる。ミウラには、前に一度ならずとも星空の説明を聞いたが、何度聞いても信じられぬ。
「広い世界で、……よくもまあ、迷うことなく出会えたものよ」
『まったくです。縁とはよく言ったものですね……』
草むらに潜む虫の声が聞こえてきたでござるよ。
して、翌朝。
手持ちの米に手持ちの味噌をぶち込んで、近場の湧き水により炊きあげたおじやでござる。
山の上で食う味噌おじやは、ことのほか旨い!
みんなで分けて食ったのも味の一つでござる!
してて――
日の出と共に宿舎を出発。
ドロ辻までカネツグ殿とご一緒した。
カネツグ殿はヤマトの主と同道出来たことをことのほか緊張、もとい、感激しておられた。「聖なる気が!」とか「罪穢れが洗浄されていく!」とか「心神を傷ることなかれ」とか「人は乃ち天下の神物なり!」とか、とにかく煩い煩い。
ドロ辻にて。
「では、私はここよりヨシノを目指します」
「某らは、下りでござるな。お気をつけて」
別れはあっさりと。それぞれ、最初は同じ方角へ進んでおったが道は違う。徐々に道は離れ、やがて草木に阻まれ、見えなくなった。




