13.奥駈道
して、出発の日。
『本日は本宮大社よりほぼ北へ一直進。ヨシノ古道、それも最大級の難所酷所を誇るオオミネ奥駈道でございます』
「うむ! 腕が鳴るでござる!」
『その事だがな、イオタよ……』
「何でござるかな、ヤマトの主?」
ヤマトの主は鹿の角を振る。この数日でヤマトの主の癖が幾つか分かった。この角の振り方は真面目な話をするときの癖でござる。
『儂も途中まで、――アスカの村あたりまで――同行するが、オオミネ奥駈道は、ネコ耳獣人化したイオタでも辛い場所がいくつかある。難所では意地を張らずミウラの主か儂の背に乗れ。下手打つと死ぬ。儂が同行するのは先達として道を導くためだ。素人が入るとポンと死ぬからな』
「え?」
どんな凄いところでござるかな?
『あ、甘く見てましたかな?』
『ミウラの主のカンは正しかろう。他のクマノ古道はまあよい――』
ヤマトの主の目が光った。
『――されどオオミネ奥駈道。あれはダメだ』
うひぃー!
してて――
本宮宮司殿と一方的な涙の別れを告げ、某とミウラ、そしてヤマトの主の一行は、山の街道を北上する。
しばし歩くと、小さな祠が安置された場所へ出る。祠の後ろに、山へ掻き入る小道が続いておる。
「ほーぅ……これが有名なヨシノ奥駈道でござるか……あー……」
丸い石を横に並べただけの石段が山の斜面に添って、乱雑に続いておる。これだけ乱雑に並んでいると、むしろ障害でござる。木の根並みでござる。しかも、道の両側から熊笹がバサバサに飛び出しておる。
「いきなりメキ峠の難所に似た光景が広がっておるが?」
『イオタよ、オオミネ奥駈ではこれを石畳の平地と呼ぶ。ゆくぞ!』
ドッと土を蹴ってヤマトの主が駆け上がっていく。
「くっ! 続けミウラ!」
『ガッテンで!』
ヤマトの主、ネコ耳、ミウラの順でオオミネ奥駈道へ突入した!
して――
木が生えてないところを道と呼ぶ。大岩と小岩の隙間を道と呼ぶ。絶対歩けない森の中、なぜか人の足跡があるところを道と呼ぶ。崖下側へ危険な角度でかしいでいる足場を道と呼ぶ。
他にも取りそろえておるが、このくらいで止めておこう。鬱になる。
そこをヤマトの主を先頭にして、走り抜けていく。走るといっても、人の早駆けではない。全力疾走時の速さでござる。
『よし、止まれ!』
尾根道が終わったところで先頭を走るヤマトの主が止まった。先ほどから霧か霞が立ちこめ、視界が悪くなっている。山の下からここを見上げると雲がかかって見えることでござろう。
『よく付いて来られたな、イオタ』
「そうでもござらぬ。いい感じで息が上がっておる。ヤマトの主が手加減して走ってくれたお蔭でござる」
ヤマトの主は、某の気配を感じながら走る速度を調節してくれていた。気遣いの上手な神獣様でござる。
『イオタ、今のうちに水を飲んでおけ。ここから先はミウラの主の背に乗れ。途中で儂の背と交代だ』
「それだけ厳しい道になるのでござるかな?」
竹水筒の水を飲む。乾いておらぬと思っていたが、結構な量を飲んでいた。
『明るいうちにオオミネの山上神社へ着きたいからな。さあ乗れ! そのお尻を乗せよ! ピスピス!』
「お断り申す!」
――三ΦωΦ三――
「大丈夫かーッ! ゴンスケぇー!」
「返事をしろー!」
「どこじゃー! 鈴を鳴らせー!」
駆けから滑り落ちたゴンスケの名を呼ぶ連れ。
「こ、ここじゃー! あ、足をやられた!」
仲間三人に引き上げてもらったが、ゴンスケはここまでだ。人生的にここまでだ。
足が洒落にならない角度に曲がっている。それも両足。複雑骨折だ。
とりあえず、足を無理矢理真っ直ぐにし、添え木を当てて応急手当をしたが、動かせぬ。
「ワシを置いていってくれ」
山の日はすぐ沈む。グズグズしていては真っ暗になる。
奥駈道といえど、最低限の安全を考えて各所に山小屋的な宿や水場が設営されている。ゴンスケが怪我をした場所は、宿と宿の中間地点、進むも引くも、宿から遠い。
平坦な道であればゴンスケを背負って運ぶことが出来よう。しかし、奥駈道でそれは叶わぬ。前も後ろも岩場でふさがれている。片手が塞がっただけでも進めぬ難所での怪我である。人を背負って進むなど、どう足掻いても無理。
「しかし、ゴンスケを置いて行くわけには……」
「置いていけ! このままだと四人死ぬ。死ぬのはワシ一人でよい。ワシの命運はここまでだということだ。山で死ねて本望。何の恐れもない」
清浄を以て先と為し、真信を以て旨と為す。神獣様のお力に添えるよう、共にこの世の静謐を求めるための修練。
山と森の力により、身と心を洗い清め、罪穢れを清浄する。そのための修練の一部がヨシノ古道の奥駈け。
オオミネの奥駈けの最中に事果てる。求めるは静謐。死をもって静謐とせん。
――そうか、これが答えか――。
ゴンスケの心は一片の曇りもなく澄み渡った。死など怖くない。死は必然だった!
「さあ、行け!」
「しかし――」
問答の最中。四人の傍らを風が通り抜けた。
ゴンスケは見た。巨大な鹿、虎? 巨大ネコ? の間に挟まれた少女。異様な者達。
異様な者達が立ち止まってこちらを見ている。
少女が歩いてくる。
少女も異様であった。頭頂にネコの耳、尻には黒くて長い尻尾。獣人か? 化性の者か?
「動けないのか?」
仲間達は初めて少女に気がついた。身構えるが、巨大鹿と巨大ネコと獣人の少女を見て、固まってしまった。
「足を怪我したのか?」
少女は、ゴンスケの足、添え木でガチガチに固定された足を見た。
ブォッ、ブフォォ!
巨大な鹿が、機嫌の悪そうな声で鳴いた。
「……たしかにヤマトの主の仰せの通りでござる。目に入らぬ者は助けられぬ。されど、目にはいる者は助けたい。駄目でござるか?」
ヤマトの主? この娘、今、ヤマトの主と言ったか?!
仲間も気付いた。あの巨鹿は、まごう事なきヤマトの主だ!
「縁が合えば、オオミネの奥駈で会うことができると言われているヤマトの主!」
「戦っておられないヤマトの主と、生きている間に会えるとは!」
「ヤマトの主と出会うことが奥駈の意味の一つ!」
奥駈道で、ヤマトの主と出会えた。奇跡か神獣様のお導きか?
それにしても、あの化性の美しい少女は?
神獣様と話をしているように見受けられるが、伝説は本当だったか! 神獣の巫女様は神獣様と会話ができる! 会話ができるから巫女となる!
「あのお方は、まさか! 伝説の! 神獣様の巫女様!」
まさか! なんと! ビックリ系の声が上がる。
「いかにも。某はこちらにおわすミウラの主の巫女でイオタと申す者。そこの怪我人、そのままじっとしておれ! ミウラの主!」
ミウラの主は神獣の巫女様の顔を見て、なにやら鼻をピスピスさせておいでだ。
お二方の脇を通られ、ヤマトの主がこちらに来られた。何と大きい!
「……なるほど。ではヤマトの主、お願いいたす」
ヤマトの主の黒い鼻先がゴンスケの足に近づく。
「うっ! あっ!」
ゴンスケの足に痒みとも熱さともとれぬ、不思議な感触が生まれた。
痛みが引いていく……
「奇蹟だ!」
「ヤマトの主におかれましては、完全には治さないと仰せでござる。近くの山小屋までなら、一人で歩けるであろうと仰せだ。そこで足を癒すがよい。神獣は人に不干渉が決まり。この程度しか見てやれぬ。許されよ」
足が動く! 痛みは、我慢できるほどには和らいだ。
「巫女様! ヤマトの主様! ありがとう御座います!」
ゴンスケは起きあがった。まだ痛みの残る足で立ち上がった。さすがに正座は不可能だったので、お辞儀をして礼とした。
仲間の三人は、頭を地に付け拝んでいた。
「この事、他言無用。ただ、出会っただけ、にしていただく」
「ははー!」
ゴンスケ達が頭を上げると、神獣様方も、巫女様もおられなかった。ただ、遠くの笹が揺れていただけだった。




