11.クマノ川
『クマノの語源でございますが、わたし思うに、山に籠もる、コモルが変化してクマノになったのではと。また別の角度、わたしオリジナルの古代語から見るに、クマノのクですが、発音的に暮らすとか国とかの生活の場を示し、マは真のマ、或いは丸、つまり完全な物を指す言葉。ノは野原の野を指し平野部を現しているのか、または呪術的意味合いをもつ場所であると。紀伊の国は紀の国ですから、木の国。ヨシノは、葦の野その物を体現し――』
「おー! 朝でござるな! 夕べは疲れていたからか、遅くまで起きていたからか、よく眠れた! 伸びをしよう、うーん!」
ミウラが何か小難しいことを言っておるが、それはいつものことであり、無視していい事柄でござる。
昨晩はご飯を美味しくいただいた後、ハヤタマ大社の宮司様始め有力者の方々とヤマトの主を交え、座談会を執り行っておった。
神獣様は人の言葉を理解するが、人の言葉を使わない。特殊な念のような言葉で会話をしておられる。その特殊な会話を普通に聞き取れるのが某、神獣様の巫女でござる。
よって、ヤマトの主にいろいろとお伺いしたいことや、ハヤタマの神官達にいろいろと伝えたいことがあるので、某が仲介していたのでござる。
して、夕べ遅くまで起きていた時間だけ、遅く起きた朝でござる。
『今日は、まるっと一日休養日に当てております。クマノ観光とかしながらゆったりと過ごしましょう』
ということで、ゆっくり過ごすことにした。ネコ耳獣人化したお蔭で、さほど疲れは残っておらぬが、大事を取ることにした。
ミウラと一緒に、町へ出る。町の名はシングウと呼ばれておる。
クマノ川が作った大きな州でござる。
海を背にして西を見る。カミクラ山が左右に広がっておる。青い空を背景に、山の右端からクマノ川が顔を出している絵でござる。
『真西から流れてきたクマノ川が、カミクラ山にぶち当たり、北へ迂回して海に至る、でございますな。カミクラ山がクマノ川とクマノの町を分けておりますな』
カミクラ山を含むヨシノの山々が放つ、恐ろしいまでの質量感。
『質量は武器でございますから。武道のタツジンでも、倍の体重の格闘アマチュアには敵いませんし』
ミウラの世迷い事は置いておいて、海まで歩くことにした。
「ご案内いたします」
禰宜の身分の方が、道案内人を買って出てくれた。
『儂も一緒に歩こう。たまには人の町を見るのも良かろうて』
ヤマトの主も付いてこられた。
住民の皆様方の視線が痛いでござる。ヤマトの主とミウラの主を連れたネコ耳ネコ尻尾の美少女でござるからー。
ちなみに、某は神獣の巫女装束でござる。ミウラが言うには『身分証みたいなものです』だそうな。
田んぼの中に、ぽつんぽつんと家が建っておる。海岸まで出ると、船が多い。
漁船が多いのでござるが……漁に向かない船も多いのでござるよ。盾板で装甲してたり、たくさんの櫓や櫂で動かす船は漁船とは呼ばぬのでござるよ。
『あの大きいのは関船ですね。櫓が片側だけで30挺ばかりありますなぁ。小さい方は小早船の一種でしょうか?』
聞いたことのある名の船でござる。某の記憶が確かなら、戦のために用いる船でござる。
「あれらは水軍の船でございますな」
案内の人が、さも当然という口調でお話しをなされている。
「どうも大事なお客がいらっしゃるらしいとのことで、調達に出かけていた水軍のものです」
大事なお客とは某とミウラのことでござるか? 水軍が言うところの調達とは一体?
「おお! 綺麗な砂浜でござる! しかも長い!」
深く考えない様、話を変えた。
「イオタ様、浜はクマノの集落からシングウまで、ずっと続いておりますよ」
「ほほーう!」
素足に草鞋履きでござるので、脱いで波打ち際へ向かう。波が足を洗っておる。ちょっとばかり波が激しい。
『白い砂浜で、波と戯れるネコミミ美少女。穢れた心が洗われます』
『儂も知らぬ間に魂が穢れていたようだ。神を祭るの礼は、清浄を以て先と為し、真信を以て旨と為す。ああ、忘れていた少年の頃の記憶が蘇る。浄化されそう……』
気のせいか、ミウラとヤマトの主の姿が霞んでおるような?
『はっ! これ以上はいけません! 浄化されて消滅してしまいそうです!』
『うっ、はっ! 葦が一面に生えた平原は何処へ? 危ないところだった!』
神獣と魔獣の違いが分からなくなってきたでござる。ヤマトの主はもう、でかい鹿で良いよな?
『わたしも波打ち際でネコミミ美少女と戯れますよー!』
『儂も共に歩もうぞ』
しばしの間、ミウラと、でかい鹿とで戯れておった。
して――
日が暮れて、ご飯食べて、風呂入って、覗き魔の両目に指を突っ込んだり、宮司様方とお話をしたりして、翌朝を迎えた。もちろん、充分な睡眠をとったでござるよ。
山の奥深くにあるとされるクマノ本宮へ向かい、旅を続けるのでござる。
『本宮は幻でも伝説の場所でもないですし』
旅の準備を終え、宮司殿方と別れの挨拶でござる。
「宮司殿、その他皆様、世話になりました」
「お気遣いなさらずにイオタ様。イオタ様のお蔭で、これまでの謎や疑問が氷解いたしました。誤解も数多くございました。全てを訂正することが出来たのも、新たな気持でヤマトの主にお仕えできるのも、これ全部イオタ様のお蔭でございます」
逆に恐縮でござる。
「昨日のうちに、本宮へ使いを出しております。手違いなくお迎えできることと思います」
「なにかと便宜を計っていただき、かたじけのうござる。では、おさらばでござる!」
「イオタ様、このご恩、一生忘れません。いざとなれば一声お掛け下さい。クマノ水軍が全力出動いたします。海際の集落でしたらどの様な場所でも勝利を進呈いたしましょうぞ!」
「それは止めていただきとうござる!」
この時代の生物は人を含め乱暴で困る。
してて――
『ヨシノは儂の庭じゃ。直々に案内してくれよう』
贅沢にも、ヤマトの主の案内でクマノ川を遡っていくという旅でござる。何度も申すが贅沢でござる!
しててて――
一旦、クマノ川の、上流に向かって右手に渡り『クマノ川北岸でござますね。川端街道と呼ばれております』、ヤマトの主の白い尻を見上げながら進んでいく。対岸は遙か向こう。
シングウよりクマノ川を船で遡上する移動手段もあるとか。勧められたが、公家様などの高貴な方の通常移動手段だと聞き及び、遠慮した次第。
「雄大なクマノ川を帆掛け船で登っていくのも風情があって楽しそうでござるが、遠慮しておこう」
『ですが、見ることは出来ます。そら、あれでしょう?』
ミウラが前足で指す方向。白い帆にいっぱいの風をはらみ、静かな川面を滑っていく船が一艘。
川の青。山の緑。帆の白。美しい……。
「旅に出て……ここに来てよかったでござる」
『美しい光景ですね』
ミウラは、某と同じ事を感じていてくれた。
「フフフ、嬉しいことよなぁ」
しばし佇み、船を見送ってから、歩き出した。
道は狭くなり、山は迫る。
長い筏が流れてくる。船頭? 筏師? に手を振る。筏師も手を振りつつ、最敬礼でござる。こっちは神獣を二柱も連れているのでござるから、当然の対応でござる。
それでも慌ててないところを見ると、某らがここにいること、本宮へ向かうことを大勢の人が知っていることでござろう。
ちょいとばかり、思っていたよりも大げさな旅行になってきたでござる。




