10.クマノのハヤタマ大社
クマノは広い。ヤキの山を越えると、海岸に沿って広く開けた場所に出た。
今、山を下っておるところでござるが、高い場所から見えるクマノは広い。海岸に沿って長い。
『山の中にも少し開けたところがあれば小さな集落がありましたね』
平野部に降りたのち、海岸沿いに伸びる街道を歩く。まともな街道でござる。多少凸凹してても、クマノ古道を思えば完全な水平でござる。
『ヨシノ山系から流れ出る川が流れてるところが開けていて、そこに三角形の集落が出来てます。南海トラフが発生したら、津波が凄いんじゃないかなー』
山道で取られた時間を取り戻すため、平らな街道は素早く通り抜ける。
「海が綺麗でござる!」
『右手を見ると峻険な山。左手を見ると穏やかな海。潮の香りが、子供の頃の心を思い出させます』
緑にそよぐ田んぼと集落の中を抜けていく。
日は西の山に沈むが、あたりはまだ明るいので街道を進むのは苦にならない。
いよいよ、夜の帳が降りるんじゃないかな? まだまだぁ! な頃、どうやら有名な熊野川に辿りついた様でござる。めっちゃ川幅の広い川でござる。
して――
人を捕まえ、タマハヤ大社の場所を聞く。この川を少し上ったところ。大きく湾曲する手前の対岸がタマハヤ大社だと教えてもらった。
この者も、某らが北から歩いてきたと言ったら、酷く驚かれた。某らが邪か鬼かに見えたそぶりでござる。
『失敬ですねー!』
「クマノでは神獣信仰が普及しとらぬのではないか?」
かもしれませんねー、というミウラの言葉と共に、クマノ川を登っていく。
すぐにその場所に出た。
『対岸でヤマトの主がお待ちのようです。暗くなりきる前に、川を跳躍で渡りましょう』
「うむ!」
既に空は濃紺色に染まりつつある。対岸でヤマトの主が待っておられる。のんびりと川を歩いて渡っている時間はない。それに暗くなってからの渡河は危険が伴う。
『ささ、一気に渡りますよ。旦那の可愛いお尻をわたしの腰に乗せて、ゆるゆるおほう! 次元波動超弦跳躍!』
一気に虹の輪を潜ると、対岸で出迎えに来られたヤマトの主の眼前に飛び出した。
ヤマトの主。ヤマト一国を守護する神獣様。古い部類に属する神獣様でござる。
そのお姿は、大きな角を持つ、大きな男鹿。神獣様は一柱を除いて、みな小動物がお姿の元となっている。唯一、中大型動物を元とした神獣様。それがヤマトの主。
体高は某の頭より高い。角を除く頭部までの高さは某の身長の倍はあろう。巨鹿でござる。背中に散らばる白い斑点と、黒目がちで大きな目がかわいい大鹿でござる。
ヤマトの主が、クマノの神官方を後ろに配してお出迎えにござる。
礼儀作法に基づき、膝を地に付け頭を垂れる。
「ヤマトの主におかれましては、此度の件に関し骨を折っていただき、またご足労願えたこと、感謝の言葉もございません。ミウラの主、ミウラの主の巫女イオタ共々、心よりお礼申し上げ致します」
『あ、別にいっすよ。儂も暇な方だし。ヤマトの国って七割以上が山だから、魔獣の発生が少ないんだよねー。ミウラの主、元気してたー?』
ヤマトの主は、神獣様の中でも古い主でござる。
『全然元気ですよ! 相変わらず大きいですね!』
「お久しゅうございます。イズモの大社にて一別以来でございます」
頼むからさー! もうちょっと神獣としての威厳出してよねー! 某一人で取り繕うのって大変なのでござるよ! どいつもこいつも!
くっそぉー! と腐っていても仕方がない。ヤマトの主の後ろでワケ分からず控えておられるかたがたへの説明が先でござる。さっきから某のネコ耳とネコ尻尾を穴が空くほど見つめておられる。
「お初にお目にかかる。えー、某、ここに居られるミウラの主の巫女でイオタと申す者。クマノのハヤタマ大社の方とお見受けいたしました」
穴が空く前に挨拶でござる。
「はっ? はっ!私はハヤタマ大社の宮司で――」
以下略でござる。いつものやりとりでござる。
「イセ神宮からでございますか!? 神獣様は舟には乗られませぬ。ひょっとしてもしかして、イオタ様は、イセシマから陸路を辿られて!!!」
? 驚かれたでござる。
『なあイオタよ。ここクマノは陸の孤島とか、日の本の異国とか呼ばれている。そのわけは、海路でしか人は移動出来ぬからだ。しかもクマノ灘の沖は海賊がうようよ。ヨシノの山塊を従横断出来るのは、山岳移動に特化した特殊技能持ちだけと思ってほしい。だから皆、クマノ街道を制覇したイオタを見て驚くのだ』
ネコ耳獣人化して、ミウラの助けがあればこそ、踏破出来たという事でござるか……はぁー。
『四十里は軽くありましたからね。ところでヤマトの主、その山岳移動特化型ジョブって何者です? 修験者?』
『シュゲンジャ? 聞かない言葉だな。やつらは、禊祓の修練者と名乗っておる。山岳を歩く事で身を清め、罪穢れを祓い、神獣の奏者たる資格を得る。のが目的らしいな』
こうやって、まともなお話しをされると真面目で律儀で頼りがいのある大人な神獣様でござる。
「あの、イオタ様、ヤマトの主は何と仰せで?」
『おっぱいおっぱい』
「……宮司殿、ミイラの主とヤマトの主の間で、クマノの地の特徴についてお話しがありました。陸の孤島とか何とか。神獣様同士による、ただの世間話でござる」
取り繕う某の苦労を誰か労ってくれまいか?
ヤマトの主も、真面目であればッ!
して、本殿にて。
ここはイザナギ、イザナミ両神が祭られておる。
この世界では、神に姿はない。男神、女神の区別があるだけで、絵姿すら描かれていない。魂のようなフワッとした存在なので絵姿が描けない、描いてはいけない、そうな。
代わりに、神獣がいる。神は、およそ、バクッと、アマテラスオオミカミ(絵姿はない)のお孫さん? ひ孫さん? あたりから、姿形を得られておられる。それが獣の姿。つまり神獣様。
最初の神獣様がこの地に降臨。先住民である人とまじわわれ、初代帝がお生まれになった。それが、フワッとしたこの国の神話体系でござる。
ちなみに、イセ神宮はアマテラス様が主神として祭られている。姿がないので、特殊な鏡が身代わりとして祭られている。……この言い方、合ってるでござるかな?
話戻して、ヤマトの主とミウラの談合が持たれた。中身はタキちゃんのこと。これまでの経緯とおよそ考えられる影響でござる。
ミウラの説明が終わった。
『それ、マズイっすね』
ヤマトの主の軽さもマズイっすね。
『イオタ、ミウラの主よ。儂もその時までに対処法を考えておきましょう。この時点で幾つか腹案がある。たぶん、フシミの主あたりも同じ事を考えていると思う。もう少し錬ってから議題に乗せよう』
「おお! さすがヤマトの主でござる。もう対処法をお考えでござるか! 頼もしいでござる!」
『はっはっはっ! それほどでもないよ。ご褒美におっぱい見せてくれる?』
神獣とはッ!
『イオタさんのおっぱいは、わたしの物です。許可のない開示は所有者として許しませんよ!』
『その目を盗んで見ることのすばらしさをミウラの主は分かってない』
『それを分かった上での否定です。なぜなら禁じられたことの下をかいくぐるのが浪漫だからです』
目と目を合わせるミウラとヤマトの主。
ガシィっと音を立て、前足と前足が合わさった。仲間の印でござるか? 刀抜いてよいでござるか?
「あのー、イオタ様。お風呂の用意が出来ております。どうぞ旅の汚れを落としてください」
ハヤタマ神宮の宮司殿でござる。
「おお、これはかたじけない。されど、神獣様の談合はまだ続くのでござる。某は巫女として付き合わねばならぬ」
『いいんじゃない? イオタさんがお風呂に入っても? わたしはヤマトの主と親交を深めておくから』
『うん。いいんじゃない? 儂とミウラの主は、神獣同士で巫女には言えない裏話なんかで、勝手に盛り上がってるから、その間に風呂を済ませばいいよ』
二柱とも、仲良くお喋りでござるか。
「あの、イオタ様、ヤマトの主とミウラの主は何と?」
「某に先に風呂に入っておけとのことでござる。ではお言葉に甘えて」
宮司殿に案内されるがまま、お風呂場へ向かった。
途中で、ヤマトの主の本当の好物と、ミウラの好物を聞かれた。ヤマトの主は鹿肉……はマズイから、猪肉。無ければ鶏でも魚でも良い、とにかく肉と答えておいた。ミウラは海鮮物、特に海老と蟹。もしくは肉類と答えておいた。
「ごゆっくりどうぞ」
案内は、途中で巫女様と交代でござる。さすがに湯殿まで男の宮司殿に案内されるのはアレでござる。巫女様は外で待ってるそうな。中へ一緒に入りましょう、背中を流してくだされ、とは勇気が無くて言えなかったでござる。
脱衣場へ入って戸を閉める。
「いち……、に……、さん」
ゆっくりと三つ数えてから、脱衣場の戸を開ける。
ドスンゴロン!
ミウラとヤマトの主が脱衣場へ倒れ込んできたでござる。
「……お主ら、晩飯はドングリの詰め合わせで良いか?」
クマノ初日は波乱しかないのでござるかな?




