8.イセのオババ
「――とまあ、こんなところでごじゃりますかなー。短慮浅慮を通り越して、自分の殻に閉じこもっちょりますな。己を守るために作り上げた自説でごじゃりましょうな。自説に都合の良いものだけを見、自説に都合の悪いものは見ようとしない。殺しても自説を信じたまま、死ぬでごじゃりましょう。死んでもバカは治らない。まさかこの年になってあのような馬鹿を見られるとは。長生きするものでごじゃりましゅなー。フェフェフェフェ!」
オババ様の話が終わった。
『壮絶な進化を遂げておりますなー……暑い日が続いたからでしょうか?』
ミウラの諦めボケは置いておいて。
某は諦め半分、どうしたらよい?が半分で、まあ、結局呆れ果てたでござる。
「救う気などござらぬが、それ以前に救済方法が思いつかぬでござる」
「死ですら救えませぬわ!」
お婆様の一言は、名工の手で研がれた切っ先のような鋭さがあった。
齢を重ねた者だけが醸し出す、年輪的な重さがあった。
『情報の入出力をしない者は強い!』
「無敵にござるな。人の話を聞かぬから」
アシムラなにがし殿が、魔獣に思えてきた。
「全国の神社に回状を回しておる最中じゃ。日が経てば経つほど、あやつの行き場はなくなるじゃろう。受け入れるところはなくなるじゃろうて。このお婆にも、あやつをどうにかして改心させたい欲はあるが、それは叶わぬ思いじゃ。……あやつには人知れず、野垂れ死にが相応しかろう」
この話は、それでお終いとなった。
して――
「イオタ様、海の幸で、ミウラの主の好物は何でございましょうや?」
「ミウラの主が好きな海のものと言えば海老、蟹でござるが。如何かなミウラの主?」
『海老ッ! イセ海老っ! イセ海老焼いたの! この旅行で楽しみにしてました!』
「……だそうでござる。楽しみにしていたそうでござるよ」
興奮の余り、ミウラは、やんのか足捌きでぴょんぴょん撥ねておる。
「ははは! それはようございました。上手い具合に大振りのイセの海老がたくさん献上されております。それを調理いたしましょう。ところで、アワビは如何ですかな?」
『「アワビ!?」』
ダンと足を踏みならした。ミウラも!
『是非に! 酒蒸しが食べたいです!』
「酒蒸しという料理はござるかな? ミウラの主たっての願いでござる! 某もそれに味噌汁とご飯が付いておれば文句なしの大好物でござる!」
「ほほう、さすがミウラの主。アワビの美味しい食べ方をよくご存じで。酒蒸しを初め、色々と取りそろえておきましょう。……ところで、イオタ様」
なんでござろう? アシムラなんとかの話が出てすぐにござる。身構えるでござるよ。
「あの、その、イセの主の好物は何でございましょうや? 聞き出していただけませぬか?」
「え?」
イセの大宮司なのに知らないのでござるか? との言葉は飲み込んだ。会話が成立しないので、知らなくて当たり前でござる。
たしか、イセの主の好物は鶏を焼いて塩を振ったものでござったな?
『イオタ、イオタ! 鶏の肉はマズイ! いや、美味しくないとの意味ではなく。見た目姿形立場上、鶏肉が好物なのはマズイ。アワビと答えておいてくれ。アワビ料理一般と! 干しアワビを戻した系の料理も好きだと言っておいて! それと、たまに動物の肉!』
「えー……イセの主が仰せには、アワビでござる。アワビ料理一般と――」
伝えておいた。
大宮司殿は嬉しそうにして下がっていった。晩ご飯を楽しみにしていて欲しいとの言葉を残して。
『ちょっと運動してお腹減らしてきます!』
ミウラが外へ飛び出していこうとするのを必死で押さえ込んだのでござった。
してて――
伊勢エビの刺身。伊勢エビの焼き物。
「こちらではシマ海老とか磯海老などと称します」
大宮司殿の解説が入る。
アワビの酒蒸し、アワビの焼き物、アワビの刺身。
干しアワビの煮貝、干しアワビの煮込み。
その他諸々。
某には、そこへ白米と、なんと海草が入った味噌汁でござる。
「イセ神宮の料理番が腕によりを掛けて作った料理です。どうぞお召し上がり下さい」
「『『いただきます!』』」
某とミウラとイセの主が声を合わせて唱和でござる。
『うンっま! イセ海老のお造り、うっンま! 次は焼いたの。香ばしい! 甘い! ウマウマ!』
『ハハハハ! ミウラの主は子供のようだな。うっま! アワビの酒蒸しうっま! ウマウマ!』
「二柱とも、名物の前では子供でござるな。どれ、アワビの煮貝を一口ぱくり。うっま! アワビの煮貝うっま! アワビの刺身ウマウマ! アワビの焼いたんウマウマ!」
某含め、みな喜んで料理を口に運んでいた。
「おお、大宮司殿! ミウラの主もイセの主も、料理を褒めておられるぞ!」
「有り難き幸せでございます!」
大宮司殿も、後ろで控えておられるかたがたも、顔を見合わせ喜んでおられる。
神獣様の料理はあっという間になくなった。
「某の分は、量が多すぎでござる、お残しはもったいないでござる」
『でしたら、わたしが頂きましょう。あーん』
「あーん」
『うひょう!』
パクリパクリと、箸で摘んで片っ端からミウラの口へ放り込んでいく。たちまちの内に膳は綺麗になった。
『くっそやってらんねえ!』
「如何致した、イセの主?」
イセの主のお機嫌が悪くなった。どうしたことでござるか?
しててて――
勧められるままにお風呂でござる。
戸を開けると――。
「おお! 湯船がある風呂にござる!」
『警備は任せてください。アシムラなんとかが襲ってきても安心です』
『わたしが張り付いたからには、蟻一匹も通さぬ、あ、これ、鍵を掛けては脱衣場に入れぬではないか! これと申すに!』
『イオタの旦那! 中へ入らないと完璧な警備が出来ませんよ!』
「イセの主はともかく。ミウラはいつも一緒に風呂にはいっとるだろうが!」
『一緒に風呂へ入るのと、覗きとじゃ全然違うんです! あー、分かんないかなー!』
ざぶざぶとお湯を掛けて、チョコチョコと一部を軽く洗ってから湯船に足を入れる。
『一部ってどこですか?』
『まて、ミウラの主。聞かない方がよい。答えを知らない方が想像の翼を広げられる!』
外で変質者がうるさい。ってか、某の心を読むな!
温もったので、洗い場に出る。
手ぬぐいに石鹸を付けてゴシゴシ!
『神通力を聴覚に集中! 音が聞こえる!』
『視覚を遮断すると、これまで見えてこなかったものが見えてくる。ふふふ、丸見えだぞイオタ!』
「髪の毛を洗っておるのでござる」
『ああーっ! 言っちゃ駄目ぇー!』
『キサマ、人の心は持っておらんのか!』
「もう出たでござる。着物を着ている最中でござる」
『男の子の夢をーッ!』
『速い! 速すぎるぞイオタ! もうちょっと想像する時間をくれてもいいんじゃないか?』
スラーっと戸を開けて――ゴロゴロゴロと転がりながら入れ替わりに脱衣場へ入っていく二柱。
後ろ手で戸を閉めて、寝所へ向かう。
『匂いが! イオタさんの移り香が石鹸の匂いと共に!』
『くんくん! くんくん! くけっ、コケーッ! コケコケーッ!』
神獣は完全無欠の全知全能だと誰が言った?
この後、宮司殿達と酒を飲みながらのお勉強会でござる。




