9.毒殺
「う、うーん、うーん……」
『旦那ッ! イオタの旦那! しっかり!』
体がだるい。頭が痛い……記憶が覚醒した時に襲われた頭痛系の痛さでござる。それが全身に。そして気分が悪い。吐きそうで吐けない。
『センスアナライズ! うーん、これ、病名までは出てこないんですよね。でも命に別状はないと出ております。ご安心を! いや、安心できない!』
ミウラが、寝ておる某の周りをウロウロしておる。
「うーん。うーん……疲れが原因だと思うのだが……うーん……」
ミウラが命に別状無いと言っとるのだから、怖い病気ではないと思う。一昨日、昨日と色々あったから、気も体も疲れたのだと思いたい。
あと、神獣としてのミウラの気にも当てられたのかもしれぬ。
なにせ、某、前世と違ってなんにも特殊能力を持っておらぬ。加速も出来ぬし、心眼も、収納も使えぬ。
ネコ耳もネコ尻尾も生えておらぬ、ただの人でござる。母の体内より生まれた人にござる。
「お加減如何にございますか? 御屋形様も心配されております」
セナ様がお見舞いに来てくれたでござる。御屋形様に心配をお掛けする訳にはいかぬ!
「イネ殿! 頼まれてくれぬか?」
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「ご要望通り、御飯と白湯をご用意いたしました。お魚も付けておきました。毒見は済んでおります。ですが、大丈夫でございますか?」
イネの婆様が心配してくれておる。
「うむ、腹一杯メシ食って、温かくしておれば、大概の病気は治る。これまでそうして治してきたでござる」
某、風邪は引いておらぬが体調を崩したことは多々ある。下痢もした。その都度、メシを無理矢理食って、水を沢山飲んで、夏でも温かくして寝転がっておれば、一日で治っておった。
『下痢の時の暴飲暴食はいけません。あと、夏に温かくしておくのも脱水症状が怖いです』
あれで治っておったのでござる! せっかくミウラと出会えたのでござる。ここで死ぬわけにはいかぬ!
「モリモリとメシを食って……」
山盛り御飯をモリモリ食う……うえっ! 魚も腸ごと食って……苦い!
「水で無理に飲み込んで……ごくん! ……はぁはぁ、イネ婆様に心配かけとうない。すぐに良くなる故、安心めされよ」
「はぁ……」
イネ婆様が、眼を細め眉根を寄せておる。いかんいかん。心配かけてはいかん!
『医師が来るそうです。医学の基礎くらいは身につけてるでしょうから、診てもらうのもよろしいかと』
「心配かけて済まぬ」
『それは言わない約束でしょ。今日一日、側で看護いたします』
「医師殿が見えられました!」
「失礼仕る!」
頭を丸めた坊さん姿で武士のこしらえという鯰髭の親爺がやってきた。
して――
脈を取り、熱を測り(手で)、目を覗き込み、舌を出して、……首を捻られた。心配でござる。
「熱は高いですが、脈拍は正常範囲内。咳もなければ肺の音も正常。喉も赤くない。目も霞んでおらず、舌も綺麗。下痢もなければ吐瀉物もない。おまけに毒見も完璧。やはり、気疲れからくる熱でしょうかな?」
確かに症状は熱だけでござる。
「……イオタ様、寒くはありませぬか?」
医師殿の表情が能面の様になっておる。感情を隠しておられるか?
「寒くはござらぬ。むしろ暑いくらい」
先ほどから体が焼ける……とまでは行かぬが、暑いのでござる。なんなら、全裸になって板の間に転がりたいくらいにござる。
「普通、暑いと感じられるときは、熱が下がるとき。汗を沢山かかれるのが常でございますが、イオタ様の皮膚はサラリとしております。ここが合点のいかぬ所。まるで熱を貯めておられるような? 熱冷ましを処方して良いかどうかの境目です。今しばらく様子を見てからの投薬と致しましょう」
あんまり長い台詞は頭に入ってこないでござる。熱のせいと思いたい。
『む?』
ミウラが頭を上げて、一方方向……北の方か? 北西の方を真剣な顔で見つめておる。
「如何致した?」
『こんな時に! カイとの国境方向で魔獣が侵入した気配がします。ってか、富士山の裾野で侵入しましたね、これは複数ですな』
「ならば行かねば。セナ様!」
「イオタ殿、如何した?」
ミウラとの会話に不穏な空気を察知したのであろう。セナ様の目が泳いでおる。
「ミウラの主のお告げにござる。カイの方向より、魔獣が侵入いたしたと。富士の裾野方向だと」
「なんと! カイのタケダがこの機に乗じて乱入してくるかも知れません。狙いはオオミヤ城か? おい! すぐ御屋形様にお知らせを!」
セナ様は、側付きの若いのを走らせた。
某も寝ておる場合ではない。魔獣を相手に、人では手も足も出ぬ。人の武器で魔獣に手傷を負わすことはできぬ。魔獣を倒すには、神獣の力が必要でござる。
起きあがろうとするが、ミウラの大きな前脚で押さえつけられた。
『イオタの旦那は寝ていてください』
つぶらな瞳が某を押しつける。
……元気なときでも、役に立てぬ。ただの小娘である某では、ミウラの背中を守ることは出来ぬ。ましてや、病に冒されたこの身体では……足手まといという文字面が目の前に浮かんでくる。
「解りもうした。されど……」
小声でミウラに命じる。
「……行け、ミウラ!」
ミウラ、そんな顔をするな。某はまだ死なぬ。
『それではチョチョイとやっつけてきます。夕方には戻りますので、しばしお待ちを。あ、水を沢山飲んでくださいね!』
言うなり、ミウラは部屋を飛び出していった。あっという間に見えなくなる。
「ミウラ……」
あれ? 意識が……
……周りが明るい。
して――、目が醒めた。
汗をびっしょりかいておる。
敷物が敷かれ、体の上に幾重にも着物が掛けられておる。
視界に、黄色と黒の縞々が入ってきた……
ミウラが覗き込んでおる。
「ミウラ……」
『魔獣はチョチョイのチョイでした。イマガワも兵を出し、タケダとコウフで戦っております。それよりお加減は如何ですか?』
優しげな目をしておる。
「某、寝ておったか?」
『はい。翌々日の朝でございますね。一日半、お休みでした』
一日半……よく寝た。頭もスッキリしておるし、体も軽い。熱も下がったようだ。
「ほら、死なぬと申したではないか」
されど体力を消耗したようでござる。体を動かすと重く感じる。
「その後、変わりはござらぬか?」
『結果オーライ、もとい、紆余曲折の危機一髪がございましたが、結果は良き方向で……』
魔獣撃退とカイの兵乱入。と言ったところでござろうかな?
『それを踏まえて、相当な変化がありました。お聞きくださいますか?』
それ以外にも何かあったか?
「……何がござった?」
ミウラはじっと某の顔を見つめておる。心なしか、生暖かい目をしておるように見受けられる。
『頭の頂きに、そっと手を』
「こうでござるか?」
腕を伸ばして頭の天辺に持っていく。
何やら目新しい手応えと、変な場所での触感が?
『ネコ耳が生えてきております』
「なにぃーっ!」
ガバリと飛び起きた。
『あと、ネコ尻尾も……』
お尻に手を回す。懐かしい感触がッ!
妙に抵抗する長い毛だらけのを手にして前に持ってくる。
「黒い尻尾にござる!」
意識すると、先っぽがウネウネと動く。某の意識でウネウネと動いてござる!
『まあ、これで元通りとなりましたか。ほっこりほっこり』
おおおお、人ではなくなってしもうた! でも、このお帰りなさい感はなんでござろうか?
「何故、このような体になってしもうた? いや、むしろ喜ばしく思うが!」
『イオタの旦那は、毒を盛られていたのですよ』
はぁ?