7.イセ神宮
四町ほど『4-500メートルですね』の川幅と、豊富な水量を誇るミヤ川。橋は掛かってござらぬが。
某はミヤ川の上を滑るように渡っていく一艘の渡し船に乗っていた。細かく言うと船先に立っておる。
イセ神宮の神官達は、舟に立つ事叶わず、座っておられる。ネコ耳化による平衡感覚の強化の賜でござる。
「渡し船も風情があって良いの」
川面を渡る風が髪の毛をくすぐる。涼しくて心地よい。
ミウラとイセの主はというと、跳躍を終え対岸でのんびり待っておる。
渡し船に神獣はおられぬ。ここを先途に大宮司殿が、色々と聞いてこられている。神獣が居ないので、かなり奥まで突っ込まれておる。時間は限られておるので、一つ一つ手早くかつ、丁寧に答えておく。
「さての、残りは間合いを計ってこちらから伺ったときにお答えしよう。時間はそれほどとれぬので、質問をまとめておいて頂くと助かる。……何ぞつまみながらでもお話し致しましょう」
こっそりと酒と肴を注文しておくでござる。
「承知致しました。イオタ様のお陰で、これまで謎だった部分がずいぶん解明されました。ありがとうございます」
……いつだったかミウラが言っておった。某の価値は計り知れぬと。その事により、より平和になる事もあり、諍いが起きる事もある。
「神獣御新書が大幅改訂になるでしょう」
変な書物を出版しておられるご様子。
して、舟は対岸へ接岸したのでござる。鳥居が目印にござる。
対岸は平野でござる。所々、ポコリと小山が盛り上がっておるが、ほぼ平らでござる。一面、美しい緑の稲が広がっておる、田舎の光景にござる。
ずっと先、目測で、えーっと一里ばかり先に連なる山々が見えるだけでござる。
「でもって、イセの主。イセ神宮のお社はどこに? まだ遠いのでござるかな?」
案内されるまま、川で分断されていた街道に作られた鳥居をくぐる。もう少し先にも鳥居がござる。田んぼの中にこんもりと茂る森の入り口にも鳥居が立っておる。さすがイセ。何処にでも鳥居がござる。
『あちらに山が見えるだろう? あの山間の谷になってるところだ』
イセの主が片方の羽根で指す先。もろに一里先でござる。
「イセ神宮は日の本最高位でござる。イズモ大社は森一つが丸々境内でござった。フシミ大社は山一つでござった。さぞやイセの境内は広かろう!」
『気をつけてないと知らない間に境内へ入ってしまいますよ』
「ふふふ、だいたい鳥居をくぐったら境内でござる。見落とす事はない」
『イオタよ、ミウラの主よ――』
イセの主がかわいそうな子を見る目をしておられる。
『――さっき鳥居をくぐったろう? あのミヤ川から先が全てイセ神宮なのだ』
『「え?」』
川からこっち?
「あの山裾までがイセ神宮でござるか?」
失礼な事ながら、指でさしてしもうた。
『どうだ、イセ神宮は良いだろう? 宮司共が丁寧に自慢たらしく教えてくれるさ』
「おや? イセの主とイセ神宮の広さのお話をしておいでですか? ミヤ川からこちら、およそここから目に映る範囲がイセ神宮の境内でございます」
大宮司様がしれっと自慢なされた。
「この広大な境内内の建屋は、百を越える社宮と神宮に勤める者の家屋敷のみでございます。神宮関係者以外、住んでおりません。もちろん、塩から米から木材、衣類まで全てこの境内で自給自足しております」
「桁が違うでござる」
『もはや一つの国ですね……あれ? 川と海と山に囲まれた地形?……攻めづらい?』
考えないようにしておこう。
して――
歩く事暫し。ほぼ一里。ようやくイスズ川に到着。
『さて、イオタ、ミウラの主。この川の向こうが内宮とされる場所。私の住居だな。使用人達はこの川を聖俗界を分ける境界とみなしておるようだ。綺麗な服を着た者共だけがこの中に入れるようだぞ。ククク!』
何がおかしいのでござろうか?
『わたしがイマガワ館に住んでるのと同じで、人のおもしろ営みを視聴してイイネ出してるんですよ』
趣味が悪いでござる。
してて――
この川に掛かる橋『ウジ橋ですね』は先月に流されたばかりでござる。橋は無いのでござる。
『こういう事もあろうかと、渡りやすいよう石を並べておいた』
用意万端でござる。
裸足になって裾をまくって川に入る。ちゃぽん。
「冷たくて気持ちよいぞ!」
『あーホントですね。こりゃいいや!』
きゃっきゃうふふと水遊び半分で、イスズ川をミウラと一緒に渡った。
『ここから社のデザインが他のと違ってますね。高床式住居ですか? ここだけ弥生時代なんですね。すげー』
またミウラが何か言っておる。賢者の知識でござろう。
ミウラがすげーすげーと言うだけあって、社の作りが違う。全部腰高で素朴な装飾しか施されておらぬ。洗練されておらぬが、原初の社という感じで、なんか、こう……なんかでござる!
充分に手入れされた木々の間を歩いて行く。石段を登りきると、そこが正殿でござった。正殿も高床式でござる。ただし、とんでもなく大きい社でござるが。
『わたしの知ってる伊勢神宮とちょっと違う』
「イセ神宮を前にして、何を言ってるのかな?」
ミウラは時々おかしな事を言う。
『まあ上がれ』
イセの主の後を付いて、正殿の階段を上る。中は、広い。天井も、まあまあ高い。
『他とは違う社も、また面白いだろう? 楽にしろ』
『ではお言葉に甘えまして。ふー』
早速寝転ぶミウラ。某は茣蓙の上に座る。
イセ神宮の巫女様にもってきてもらった冷たい水を飲みながら、まずはイセの主と会談でござる。
社入り口付近に各宮司様方が、行儀良く控えておられるので、神獣同士で話をしてもらうことにした。
内容はタキちゃんの事でござる故、人に聞かせたくないのでござる。
大宮司殿が聞きたそうにしておられるので、「神獣様同士の大事なお話でござる。暫し控えられよ」と釘を刺しておいた。
ミウラとイセの主の話は早いうちに終わった。イセの主の理解力が高いでござる。
鳥の顔でござるが「うーむ」と唸られたまま、目をつぶり考え込まれておられる。タキちゃんの出が、お百姓さんであったことでござる。
この時代、人という種類の生き物が、修羅の世界で生きていく為の仕組みとして、編み出したのが身分制であり名家制でござる。それを覆そうとすれば、日の本を武力で統一出来るだけの力が必要でござる。その者に、人の社会概念を砕いて再構築してもらわねばならない。
考えが纏まったのか、イセの主様は目を開かれた。
『問題点は多く深い。そして破壊力は無視出来ぬ。神無月まで考えておこう』
『「『ふー……』」』
みんなの口から、長い溜息が漏れた。
沈黙が続く。
「あの、イオタ様……」
口火を切ったのは大宮司殿でござった。
「会議は終わりましたか?」
「うむ、終了したでござる。中身と結果はお伝えする事が出来ぬ。気を悪くしないで頂きたい」
「それはよろしいのですが……」
何でござるかな、この間は?
「……おりいってイオタ様にお話しがございます」
『キター! アシムラナントカ氏、キター!』
『話がいきなり確信に触れたな』
観客は黙ってていてもらおう!
「アシムラなにがし殿でござるかな?」
うんざりでござる。
「はい。よろしければ、対応に出た者をお呼びいたしますので――」
悪い支配者の見本みたいでござるが、聞きとうない、でござるよ、本音は。若い巫女様の話でござれば、一晩中でもお聞きいたそう。
「うちの巫女頭が対応してまして――」
巫女頭様ッ!
「すぐに呼んで参れ!」
して――
「巫女頭でごじゃりましゅる。ふぇふぇふぇふぇ!」
『アシのタカさん村の占いお婆さまが百歳になられたような美女ですな!』
某は、どうすればよい!?




