4.アツタ神社
アツタ神社の宮司様より、込み入った話があると聞かされたでござる。
まったり旅の雲行きが怪しくなってきたでござる。
『さすが、イオタの旦那。期待を裏切らない』
ヤレヤレ顔のミウラでござる。
「某のせいではござらぬ!」
肩をすくめるミウラ。同じく肩をすくめるギフの主。ギフの主の肩がどこにあるかは知らぬが。
「イオタ様。少し前の出来事でございます。ギフのイナバ大社より、文がきました。中身は、大変、その、差し障りのあるお話しでした」
なんでござろう?
「アシムラ フミマサと名乗る者が、イナバ大社を訪れ、その、ギフの主のご尊顔を拝し奉りたいと、希望されたようでございます」
「アシムラ? フミマサ? 若い武士でござるか?」
名前はとっくに忘れたが、目玉の圧が狂気的にスゴイのいた!
『イオタさんを逆恨みする短慮浅慮な男でございますな』
『その話なら、わたしも後でしようと思っていた。丁度良い、ここで話そう』
ギフの主が話し始めた。宮司殿も神獣様と話してるのかなー、と、空気を読んで見守っていただいた。
『ひと月ほど前かな? 身なりの小汚い若武者がやってきて、わたしの前で堂々とアシムラと名乗りやがった。名前までは知らぬが、スルガでアシムラといえばイオタに毒を盛った犯罪者。族滅させたと聞いていたのにアシムラを名乗る者がやってきた。これは打ち漏らしかと思い、殺そうと思った、が、万が一の間違いを考えて追い払うだけにした。神社の方も、正体に気付いたようで、体よく追い払ったようだ。わたしが知っているのはそこまでだ』
「なるほど、かの者がミノウまで来ておったか。方向としては反対側で良かった。ほー……」
マタノ荘を狙っておらぬようなので安心した。
「あの、イオタ様?」
「おお、宮司殿。ほったらかしで申し訳ない。ギフの主より話をお聞きいたした。かの者は、なぜか某をつけねらう者。ホトホト困っておる。某は毒を盛られた側でござるよ? 毒のせいで死にかけて、生き延びたはいいが、お蔭で斯様な姿になってしもうた」
尻尾を前に持ってきて、グネグネと動かし、ネコ耳をピクピクと動かし、尻尾とネコ耳を強調させる。
「なんと! 可愛いゴホンゴホンげっほん! お可哀想な!」
「いや、この姿は今となっては気にしてなどおらぬが」
よく言われるのだ。可哀想だと。
「イオタ様、アシムラの小倅のその後の足取りですが――」
あまり聞きたくないでござる。
「――イセ神宮に顔を出したそうです」
「これから向かうところでござる! イセ神宮でイセの主と面談した後、クマノへ向かう旅でござる! 面倒くさいでござる! なんでこうなる? 某、何も悪いことしてないのに!」
無意識に尻尾がペシペシと床を叩く。泣きそうになってきた。
「ミウラの主と出会ったのは幸いでござるが、好きこのんでネコ耳ネコ尻尾になった覚えはないでござる! 某が抜けたイオタ家は、幼い弟と乳飲み子の弟、それと母上だけでござる! 心配なのでござるよ!」
いつツモトのオヤジ殿の魔手が伸びてくるかと思うと、夜も眠れないでござる!
「おいたわしやイオタ様! アシムラの小倅め! こんな事なら、知らせを受けた後、追いかけて秘密裏に処しておけばよかった。アツタ神社宮司痛恨の極み! くぅーっ!」
宮司殿が歯を食いしばり、首の筋を浮かせ悔しがっておられる。
「かくなる上は、責任を取りアツタ神宮に火をかけ、一族郎党もろとも腹かっ捌いて果てるのみ! 誰かおらぬかー! 介錯ーッ!」
「やめるでござる! 早まってはいけないでござる! ミウラ、押さえるのを手伝え!」
『面白そう、いえ、何でもありません。落ち着きましょう宮司さん!』
「ぐえ!」
ミウラが前足を使ってのし掛かることで、宮司殿の暴走を押さえた。
して――
落ち着きを取り戻し、夕食を頂いておるところでござる。
綺麗な巫女様にご飯をよそっていただいておる! 熊笹茶を湯飲みに注いでいただいておる! 宮司殿が横でニコニコしておられる。
してて――
晩ゴハンも頂き、軽くお喋りをしながら寛いでおるところ。横に巫女様を侍らかして。
「ところでイオタ様。此度の旅は何か大事なお役目で? 先ほどの話から推測しますに、イセに寄り、神獣様と会合を持たれ、クマノに向かわれるご様子。クマノではヤマトの主と落ち合うご予定でございますか?」
アツタの宮司殿、なかなか頭の回るお方にござる。お名前をお聞きいたしたが、すぐ忘れてしもうたが。
「確かに大事なお役目でござる。知っておろうが、イズモの大社が謀反で焼けたでござる。今年の神無月でイズモは使えぬ。使いたくとも社はないし、人がアレでござる。帝もお怒りでござったからのう」
勅命でイズモが狩られたでござる故。某が一枚噛んでいたことがもっとも恐ろしい。
『一枚どころか、イオタさんが主原因でしょう?』
「言うてくれるな。なるべく考えないようにしているのでござる」
『あれは気持ちいいくらいに燃えたな!』
「ギフの主も! 冗談ではござらぬ。狙われたのは某だけではなく、神獣様方もでござるよ!」
「あのー、イオタ様。イズモでは一体何が? わたし共が聞かされておることと、なにやら細かいところが違うような?」
「根本はアシムラ家の一件と同じでござる。某の出現で権力に陰りが出ると思った一派が、某の命だけでなく、神獣様にまで殺意を抱き、自分ちの社を放火するという暴挙に出た。ということにござる。某、イズモの巫女殿には、巫女としての教えを請おうとしておっただけなのに!」
「かえすがえすもおいたわしやイオタ様」
宮司殿が涙ぐんでくれている。心配されて、嬉しく思うのは、某の心が弱っておるからにござる!
気分を変えて!
「そうそう、役目の話でござったな!」
二人目の神獣の巫女出現の話を、身分の辺りを誤魔化し、触りだけしておく。ネコ耳暗殺未遂事件のこともある。神獣様より正式に公表の許可が出るまで、内密にしておいて欲しいとの依頼をした。
「宮司殿とアツタ神宮に係わる方々を見込んでのお願いにござる。皆様が考えておられることより、はるかに重大な責が伴うのでござるよ!」
「なんと! 決して口外いたしませぬ! よいな、おぬしら?」
宮司殿は、控えの神官殿達と、巫女様方に念を押された。
『イオタよ、わたしの方からもアツタの者達に期待しておると伝えてくれ。アツタの忠誠心を期待しておると』
ギフの主からの伝言も伝えた。
この場にいるアツタの方々が額を床に打ち付けておられた。
ここまですればタキちゃんの秘密は守られるでござろう……でも何ヶ月保つかな? クマノの会合が終わるまで保てば良いが。
「して、話の続きでござるが、明日の早朝、イセ神宮に向かうつもりにござる。イセの主にご機嫌伺いを立てた後、クマノへ向かう。もちろん、今年の神無月でクマノ大社にて神獣様方が集う、という話を持ち込むためにござる」
一応、文にて知らせは入れておる。されど、クマノの大社の方々は面食らっておろう。心細いでござろう。
そこへ言葉を話せる某が、直接出向いて打ち合わせをする必要があろうというものでござる。
……と言うのを建前として、ミウラと遊びほうけるための旅でござる!
『ですが、いきなり逐電したアシムラなんたらの足取りが掴めました。ギフからアツタは遠いですけどね』
「うむ……ギフのすぐ西はセキガハラ。そしてオウミの海に続く。ギフからアツタまでの距離と、ギフからオウミの海までの距離はほぼ同じ。あいつ、キョウへ向かったのではないか?」
『妥当なところですね。キョウで何らかの活動をした後、イオタさんと敵対して燃やされたイズモへ向かうって筋書きは如何ですか?』
「イズモは某が燃やしたのではない。禰宜の方々が自ら火を付けたのでござるよ」
して――
「イセ神宮で、アシムラなにがしの話が出るでござろうな」
『イナバでもイセでも門前払いされてますから、たいしたことは出来ないと思いますよ』
「でござろうな」
あちこちで年中戦が起こっている物騒な時代でござる。アシムラなにがし程度、戦に比べればたいしたこと無かろう。
そういうことで嫌なことは忘れ、ミウラとの旅を楽しもう!
と、その時は呑気に身構えておったのでござる。




