3.東海道
大崩海岸越えは、人も通らぬような山手の道を抜けることと致した。
木の根がウネウネと大蛇のように蔓延る獣道でござるが、ミウラは当然のこと、某もヒョイヒョイと通り抜けた。ネコ耳獣人化しておるお蔭で、体力と身のこなしが人間離れしておるのでござる。
『昔はイオタの旦那の懐にゆられて旅してましたが、大きく! 強く! なったわたしはッ――』
そこで寝転んで男性器を見せるでない!
『――こうして、自分の足で旅が出来るようになった!』
「よかったでござるな。さ、峠は越えた。後は下りでござる」
『もうちょっと雰囲気出しましょうよ』
東海道を……もう東海道でよいでござるよな? この田舎道? 二人は並んで歩けるが、三人は無理でござるよ。
東海道をのんびり『人の感覚ですと走ってる速度です』西へ進んでいくと、お昼頃にトオツアワの海『浜名湖です』に着いた。
昼にもなるととても暑い。よく考えれば夏でござる。編み笠を被っておいてよかったでござる。
『暑いですねー。この暑い中、長距離移動してよく死ななかったなー。神獣じゃなきゃ死んでいたところです』
「神獣の巫女でなければ暑さにやられて死んでおったところでござる。湯あたりは普通にするが」
さて、松の木の根っこの日陰でお弁当を広げるとするか。
「ここ、見晴らしがよい。トオツアワの海の向こうで、微かに富士山が見える」
『フジのお山は高いですなー。お弁当は何ですか?』
「梅干しとおにぎりでござる。ミウラの分もござるよ」
あぜ道みたいな道でも東海道でござる。通行人は少なくない。
少し先で漁から帰ってきた漁師が居たので、魚を何匹か分けてもらった。
『ウナギ……の養殖はまだですよね……』
名前を知らぬ魚を串に刺して焼き、それをおかずに木陰でお弁当をパクつくネコミミ美少女と猫型神獣。
某らを目にし、ドゲザする者、目を見開いて腰を抜かす者、お供え物を供える者等、各種様々な対応をされるが、もう慣れた。うんうんとにこやかに頷いたり、「ミウラの主でござる」と説明したりして時を過ごす。
して――
トオツアワの海『浜名湖です』といえば有名なのが今切の渡船でござる。
『浜名湖が現在の形になる前は、湖の海岸部に広い平地が広がっておりまして、浜名川なる川が唯一、浜名湖からの出口でした、が! ミウラさんが生まれる数年前に、この辺りで大地震があったらしく、津波や地軸がねじ曲がり、海側の平野がことごとく引き裂かれ、海に沈んでしまった』
「後半、何処かで聞いた台詞でござるな? どこでだっけ?」
『とにかく! 今のよく知られる浜名湖の形になったのです。唯一渡れる場所は、海と湖が繋がる薄い境目に開いた口、決壊した場所、それが今切なのです』
「さすが賢者でござる。して、渡し船に乗るのでござるか? 神獣様が? 威厳という点で如何でござろう」
足を止め、今切の渡しを眺めておるだけで、人が集まってきた。足を止めるとこうなるのでござる。
『マグロの気持ちがよく分かりました。しかしご安心を!』
ミウラがノソリと前に出た。
『わたしは神獣。誰が何と言っても虎の神獣。神獣の特技、跳躍の力が秘められた力を発揮するとき。一度見た場所ならいつ如何なる場所からでも跳躍できる!』
「……なるほど。今切の対岸が見えておる」
対岸までざっと百間超『200メートルほどです』でござるかな?
『さあ、乗った乗った! 可愛いお尻をわたしの骨盤の上に乗せた乗せた!』
「よいしょ」
ミウラの物言いに若干、邪さを感じるが、まあよい。ミウラの背に跨る。
右手がトオツアワの海『浜名湖です』で、左手がエンシュウ灘でござる。とても見栄えがする景色にござる。
『では行きますよー!』
目の前に虹の輪が出現! うおぉおー、と観衆より唸り声。四十五日寿命が延びました、との声も聞こえる。デンスケがおる!
『ハイジャンプ魔球!』
飛び込むミウラ。暗かったのは瞬き一つの間も無し。文字通りあっという間もなく対岸へ出現した。
対岸でも吃驚している人がおる。なにせ、渡しの待合所に飛び出したからのう。
「騒ぐでない!」
一応、自己紹介とミウラを紹介して、『愚民共を』跪かせる。……某、愚民などとは口にしておらぬよ。
ここを越えれば、目の前がトヨハシのイナリでござる。が、寄ることなく前進でござる。見渡す限りの平野には見渡す限り緑の稲が植わっておる。で、遠くに緑の山が見える。季節柄、緑豊かでござる。
空は青、たまに顔を覗かせる海も青。田んぼは緑。山は濃い緑。美しい風景にござる!
「オカザキにござる! ミウラ、ここがオカザキにござる!」
『ほほう! すると、遙か南がミカワ湾でございますか? アツミ半島チタ半島、トコナメ焼きはもう始まってるのかな?』
「違う違う違う! 違うのだミウラ! ここは神君家康公の本拠地でござるよ! 岡崎のお城があった場所でござる!」
『おっとタイムパラドックス! 岡崎の城があったのではなく、岡崎の城が造られる予定の場所でございますよ!』
あー言えばこう言う。今宵、ミウラには東照大権現様のありがたいお話しをじっくり聞かせねばならぬ。
して、日が暮れる直前にアツタ神社へ到着した。
『アツタ神宮の主祭神は勇者の剣クサナギノツルギでございます』
確かに、勇者の剣には違いござらぬが、齟齬を感じるでござる。
「ここがアツタ神社でござるか?」
『あれ? 神宮じゃなかったっけ?』
「? 神社でござるよ?」
なんぞ知識の行き違いがござったか? 後で確かめたが、この世界だとアツタは神社が正解でござった。
『思ったより遅かったな?』
巨大な蛇、ギフの主でござる。鳥居を前にして、お出迎えしていただいておる。後ろには、何の事やら分らない顔をした神職の方々が大勢集まっておられる。
ギフの主にはお知らせしておいたが、ヤタガラスは実態がないので手紙を運ぶことが出来ぬ。アツタ神社の宮司様に連絡が付かなかった。
「遅れて申し訳ござらぬ。途中、風光明媚なところが多く、ついつい寄り道しておりもうした」
頭を下げる。待たせてしまったのは申し訳ない。
『そうかそうか、ミカワとオワリは景色がよいからな!』
お国自慢でござる。
「私、アツタの宮司でございます。お恐れながら……」
と出てこられたのは、この中で一番立派なお着物を召した白髪交じりの男。慌てて、上等な着物を着込んだらしく、やや着崩れておられる。
ギフの主にかまけて挨拶を後回しにしておったわ!
「初めてお目にかかる。ここにおられるのはスルガとサガミの国、ついでにイズとトウトウミを守護する神獣、ミウラの主でござる」
「「「へへーっ! かしこきもー!」」」
皆様、お膝を付かれてお祈りでござる。
「して、某はミウラの主の巫女、イオタでござる。今宵、ギフの主とミウラの主、そして某で一夜の宿を借りたい」
「あなた様が噂のイオタ様! イズモを焼いた……もとい! ははーっ! 願ってもないこと! どうぞごゆるりとお過ごし下され! おい!」
「はっ!」
部下が一礼し、走っていった。
『なかなか、キビキビした動きをしておるだろう? たまにしか来ないからか、来たときはいつも張り切っておるのだ。おもしろい』
「ハハハ! ギフの主は楽しそうでござるな」
「あの、申し、イオタ様……」
宮司殿が腰を曲げたまま上目遣いで某を見ておられる。その目には恐怖の色が浮かんでおる。
「何でござるかな?」
「ギフの主は何と? お言葉がお解りなのでございましょうか?」
「うむ、ギフの主は、その方らがキビキビと動いておられることに満足しておいでだ。よかったでござるな、アツタはお気に入りだそうでござるよ」
「もったいないお言葉ぁー! うげぇっ!」
「大丈夫でござるか宮司殿!?」
緊張からの感動に、えずいてしまった模様。
「だ、だいじょうぶでございます。ささ、どうぞこちらへ。オゲェッ! ご案内いたします」
宮司様の案内で、境内を歩く。広い境内でござる。
境内そのものが庭になっており、池や植木があちらこちらに作られておる。風情でござる! しらんけど。
古式ゆかしき社か建屋が、そんなんが、散在しておる。眼福にござる! マタノ神社とはエライ違いにござる。
そんなんを左右に見ながら参道のど真ん中を歩いていくと、一際立派な、大きな社が見えてきた。
「本殿でございます」
土を盛られ、一段高くなった土地に、立派な社が建てられておる。
ミウラとギフの主はちゃっちゃと上に上がる。
某は、用意された桶で足とか洗う。
自分で洗うのではござらぬよ。お綺麗な巫女様が寄って集って足を洗ってくれるのでござる。
俯いた背から覗くうなじとか、至高でござる!
濡れた、白魚のような手が、某の足を這うのでござる!
冷たい水で濡らした手ぬぐいで首筋とか拭くと、生き返った気持でござる。死んではおらぬが。
正面から階段を昇り、板張りの神殿へ上がる。
四方が開け放たれ、もちろん分厚い屋根で日陰になっておるゆえ、屋根の熱が下がってこぬ。涼しいでござる。
そこで、井戸の冷たい水を椀で頂く。
「甘露にござる!」
砂糖が溶かされているわけではない。こういうときの定型文でござる。
「それはようございました。どうぞ、ここを我が家と思い、ゆっくりしていって下さい。我らアツタの者一同、大歓迎いたします」
宮司様、並びに巫女様方がにっこりと笑われる。白髪交じりの宮司様は横に置いておいて、若い巫女様の笑顔が甘露にござる!
「ところでイオタ様。少々込み入ったお話しがございます」
な、なんでござるかな?




