8.ヨシダ城
スンプのイマガワ館より、瞬き一つの時間で、タカテンジン城内へ出現。……タカテンジン城でござろうな?
『ミギャァー!』
ミウラが一鳴き! ネコなのでさほど迫力はない。
しかし、城詰めの兵達が大勢おる前でした一鳴きは、充分回りの目を集めるに至る。
「これは!」
「神獣様!」
「ミウラの主!」
「それと、ひょっとして神獣の巫女様?」
混乱と興奮のるつぼにござる!
「某、ミウラの主の巫女、イオタでござる! 聞けい! 御屋形様のお言葉である!」
ザザッと音を立て、男共が膝を付く。
「責任者に伝えよ! ミカワより複数の魔獣が入り、ヨシダ城を攻撃! タカテンジン城よりヨシダ城へ後詰めを致せ! イマガワ館からも兵が出る! これよりミウラの主と某が魔獣迎撃のためヨシダ城へ向かう! 以上でござる!」
「現在、タカテンジン城の城主、クシマ様がヨシダ城へ出向いております!」
雑多な集まりの中で、最も身分が高そうな男が代表して応えてくれた。
こちらはこちらで、早くから気配を感じ取っていたようでござるな。
『じゃ、本命へ行きますよ! リープ!』
ミウラと某は、虹の輪を潜った!
潜り終わると、そこは夕日も鮮やかなヨシダ城。周囲は土煙と、崩れた城壁。
そして、ミウラより一回り大きなネズミが3匹。
さらに、人の形をしたボロ布みたいな死体みたいなのが大勢動いておる。
「囲まれておるぞミウラ!」
『ど真ん中に出てしまいましたね!』
ど真ん中に出たことで、魔獣共の気を嫌と言うほど引いておる。
某、邪魔にならぬよう飛び降りた。
飛び降りざま、場内の兵達に向けて声の限り叫ぶ!
「ミウラの主が救援に来てくれたぞ! タカテンジン城からも、兵が出た! イマガワ館からも兵が出る! ここを堪えるだけで、我らの勝ちぞ!」
「おおー!」
力強い声が、四方より聞こえてくる。
と、ボロ布みたいな死体みたいなのが、そこそこの速さで襲いかかってきた。爪が長い!
抜刀! 抜きやすい! 反りの少ない刀でござる!
抜き打ちで斬りつける!
強い衝撃! 手が痺れる!
『そいつはナリソコナイと言って、魔獣の眷属です。雷撃ッ!』
「うひっ!」
紫色系白の激しい光りが辺り一面を染め上げた。鼓膜を破る大音が空気をふるわせる。
ミウラが放った特大の雷が、魔獣を一匹、黒焦げにした。
残り二匹の魔獣は怯んだが、ナリソコナイとやらは怯まぬ。こっちに向かってくる。
「このっ! このこの!」
某と、そこら辺の兵が刀と槍を振るうが、斬れない。木刀で松の木を殴りつけただけのような結果にござる。
「むうっ!」
攻撃が通じない。それよりも、ネズミ型の魔獣! あの巨体であの動き。すばしこいでござる。
目で捕らえられるが、体が反応しない。あれに襲われたら、今の某では対処しきれぬ。
と、そこに油断がござった。ナリソコナイの動きが速い!
ナリソコナイに、ヌルリと懐へ入り込まれてしもうた!
「ぬぉー!」
振り下ろされる爪。カチ上げる刀。飛び散る火花!
拝領した刀を盾として使用させていただいた。
受け止めた爪を弾こうとしたのだが、向こうのほうが上背がある。加えてバカみたいな力。
押し込まれる!
「ミウ……」
声に出そうとして飲み込んだ。あやつはあやつで魔獣を押さえ込むのに精一杯なはず。
そこへもう一体ナリソコナイが近づいてきた。
本格的にマズイ! 腕が二本と刀が一振り足りない!
デキソコナイが腕を振りかざしてぇー!
デキソコナイの腕をガッキと捕らえたのは太い柄の槍。
「うはは! 大丈夫でござるかな、巫女殿!」
背の高い男にござる! 髭を綺麗に剃り上げており、そこだけ爽やかな異世界風。お召し物は、お江戸の傾奇者に通じる派手さでござる!
「ちょいやー!」
かけ声一つ。ナリソコナイをはじき飛ばした。返す刀? 槍で某と組み打つナリソコナイの胴を払い、吹き飛ばす。
「某、タカテンジン城のクシマにござる。余計なことをしましたかな? うわはははは!」
「某、ミウラの主の巫女、イオタにござる。余計なことでござるな! しかし、助かった。礼を言う!」
そして阿吽の呼吸で背中と背中を合わせる。
「イオタ殿、できますな? 巴御前のようなお方でござる! 女にしておくには惜しい!」
「褒められても何も出ぬよ」
「では乳を揉ませてくだされ」
「お断りにござる」
「うははは! それ来た!」
先ほどのナリソコナイが二体とも二人に襲いかかってきた。
某が受けたり殴ったり避けたりして作った隙に、クシマ殿が槍で叩きのめし、転んだところを槍で串刺しにしおった!
うう! ナリソコナイが死んだ!
某の側のナリソコナイ。頭を狙うように思わせて、回り込みつつ、膝の裏を思い切り叩く。ひっくり返りおった!
「こちらもお譲り致す!」
「心得たぁー!」
ぶすり! 串刺しにござる!
『クシマさんって人間ですか? 前田慶次ですか? ナリソコナイは人の武器で殺せますけど、余程の腕利きが寄って集って突きまくらないと、殺せませんですけれどねー! 雷回廊ーッ!』
ドガガガガン! と連続で雷が落ちる音!
「うひぃー!」
暴力的な音と光で体硬直する! 残りの魔獣を纏めて仕留めたようだ。
『まだまだわたしのターン! 雷精召喚!』
ブワリと現れたいくつもの光の塊。バチバチ言っておる。髪の毛とか、顔の産毛が引っ張られる。
『いけ雷精達よ!』
自由な軌道を描いて、光の塊が飛ぶ。ナリソコナイに向けて。
あちらこちらでドッシン、バッチンとぶつかる度、ナリソコナイが四散していく。残りのナリソコナイを追いかけていくミウラ。
終わりにござる。
「ふぅー!」
疲れてしゃがみ込んだ。足に力が入らぬ。前世だったら……
「ほぉ? もうお疲れで? 勇ましい鎧は見かけ倒しでござるかな? 情けないですなぁー」
クシマ殿がニヤニヤ笑ろうておられる。
「某、女々しき女ゆえ、情けのうて結構! あー、女に生まれて良かった!」
物はついでなので、ゴロリと横になった。
「あー楽! 楽でござる! 男は辛いでござるなぁー」
「寝転ぶとは! 肝が太いのか情けないのか分からぬおなごじゃのう?」
「女は寝て、男は立つ。自然の摂理にござる」
「違いない。うははは! では乳を揉ませてくだされ」
「神獣様と御館様とイマガワ軍を同時に相手になされるなら」
「くわばらくわばら。うははは!」
日が落ち、紫色になった西空に向かい、がらがら声で笑い飛ばす。
『帰りますよ、旦那!』
「おお、片付いたか?」
よっこらしょ、と立ち上がる。まだ、体の芯に力が入りきらぬ。
クシマ殿は片膝を付け、神獣様に礼の姿勢を取る。お見送りにござる。バンカラなだけの男ではござらぬのな。
「ミウラの主。まだミカワ者の攻めは終わっておらぬ。ここまま帰って良いものでござるかな?」
「お恐れながら、神獣の巫女様」
クシマ殿でござるかな? 声色が先ほどまでと全く違う。わきまえた感たっぷりの落ち着いた中年の声にござる。
「神獣様は、人の争いに荷担いたしませぬ。それが神獣様の決まりでございます。我らも重々承知のこと。神獣様の決まりをお守り下され」
心地の良い侍にござる。
「ならば、もう一度伝える。ここに来る直前、タカテンジン城へ寄って、援軍を出せと言う御屋形様のお言葉を伝えた。イマガワ館からも軍が出る。ただ、それがし、戦の素人ゆえ、いつ如何なる方法でどれくらいの人数が出るか、からきしでござる」
「がはははっ! そちらは戦の玄人にお任せください。そのお言葉だけで数と到着日時が推測できます」
すごいでござる! さすが戦国時代の武将でござる!
「結果をスンプへお知らせできるだけで、これまでとは全然違います。お気をつけて」
ということで、ミウラに跨って某は、完全に暗くなる前にイマガワ館へ戻ったのでござる。
……なんか、まだ体がだるいのでござる。
して――
御屋形様に報告も済んだ。
後は任せられよと、胸を叩いておられた。妙にスッキリしたお顔で。
ちなみに、刀はそのまま拝領いたした、ひゃっほーでござる!
某らも部屋へ引っ込んだ。
『お疲れのご様子ですね。イオタの旦那にネコ耳があったら萎れているところです』
「うむ……」
疲れもある。そんなことより、ミウラの役に立たなかったことが心に重くのし掛かる。
これまで、某の剣とミウラの魔法で様々な困難を乗り越えてきた。乗り越えてきたのでござるが……。
某、ミウラのお荷物にしかならなんだ。
この世界で神獣に生まれ落ちたミウラが強いのは良い。当然だ。
されど、某は、ただの人間に生まれ落ちた。……役立つのはミウラの通詞だけでござる。もちろん、ミウラを好いておる。一緒にいられるだけで贅沢でござるがな……。
やはり、某、根っこは男にござる。
「お勤めご苦労様にございます」
イネ婆様が出迎えてくれた。相変わらずちんまりとお座りになる。
『出迎えご苦労』
「出迎えご苦労。と仰せでござる」
イネ婆様に用意してもらった湯を使い、汗をかいた体を拭く。特にお股を丁寧に。
『汗にまみれたイオタの旦那も大好物にございますが、何か?』
「特に何もござらぬ!」
においを嗅ごうと近づけてきた鼻先を手で押しやる。
「白湯をご用意いたしました」
「よく気がつくお婆にござる。頂こう。ごくん!」
日はとうに暮れておる。お婆も控えに引っ込んだ。
バタンバタンバタン!
いきなり戸板が降りてきた。四方を囲まれ、部屋は暗くなる。
ボヤーっと天井の一角に明かりが灯る。ミウラの神通力という名の魔法でござる。「らいと」とか名の付けられた生活魔法でござるな。
部屋が、昼の太陽色に包まれる。
『でもって、降りよ、暗黒大結界! さあ、さあ、これでもう、この部屋で何をしても叫んでも、お外へ漏れる事はございません。さあさあ、イオタの旦那、さあさあ!』
「某、疲れたので寝る」
『何でぇー!?』
こうして夜が更けていく。
朝、戸板を開けて日の光が瞼を白く照らして……クラクラする。
「なんか、調子悪い、でござる。頭が痛い……体中が痛い……目が回る……」
体調を崩したでござる。




