14.秘密基地
場所は変わって――
ここ、イオタ家領地マタノ荘に怪しげな人物が現れた。
武人の拵えをした旅人であった。
腰に2本差された刀の造りも立派だ。しかも従者を二人連れている。ただの旅人ではない。
背も高いし、歩く姿勢からでも相当な腕前とわかる。年の頃は30少し手前であろう。精悍な顔つきである。
ここいらで、もっとも目立つ建屋であるマタノ神社へ向かっていた。
「何者ッ!」
さっそくマタノ荘守護部隊不良組の面々が、手に手に木刀等を持って、男を囲んだ。
「あ、いや、待たれよ。拙者は怪しい者ではござらぬ」
一瞬、シュルリと強い殺気を放った。不良組の若者達は、それだけで腰が引けてしまった。
腰が引けたのを見て、ニマリと笑ってから交渉を続けた。
「武者修行の途中、この村に、手練れの者がおられると耳にしたので立ち寄ったまで」
ここで刀の柄に手を乗せる。乗せるだけ。
「どなたか心当たりの方はござらぬか?」
「えーっと、……」
最強はイオタであるが、その名は、知らない人に出すなと厳命されているので、口ごもった。
イオタの名を口に出さないと言うことはみんなの共通認識である。
「えーっと、えーっと代官様じゃなくね?」
んだんだ! と小声で相談し合う不良達。ネコ耳は滅多に来ないはずなので、代官のコジロウがブッチギリで、おらが村最強である。
「ほほー! この地の代官様が使い手でござるか」
ニマリと笑う侍。
「今現在ここにいる村の関係者では、ね」
侍集団の左後ろから声がかかってきた。
身綺麗な狩衣姿の若者が、いつの間にか立っていた。全く気配が読めなかった。
できる!
「これはこれは! 拙者、カシマの住人ツカハラ シンエモン タカモトでござる。失礼ながら、御身のお名前は?」
「カザマ コジロウ。スルガ イオタ家領地マタノ荘の代官である。だが、ツカハラ殿とはやりあわぬぞ」
「ほほう、どうして? 代官の地位が邪魔されるか? それとも臆されたか?」
すでに決闘は始まっている。これは駆け引きだ。ツカハラは軽い挑発を入れた。
「臆したよ。私程度の腕ではツカハラ殿に太刀打ちできぬ。まだ日は高い。このままマタノ荘を抜けられたら、日が暮れるまで宿場のある町まで行けるはず。旅のご無事を陰ながらお祈りしております」
コジロウは軽く頭を下げた。実際、自分より強そうだ。こんなヤツ相手にチャンバラして怪我したら損なだけ。
「では、イオタ家代官カザマ殿を打ち負かした。と宿場町で吹聴してよかろうな?」
「かまいませんよ」
コジロウは即答した。平然とした態度が異質だ。
「領主よりお咎めはございませぬか?」
追撃である。
「まともな主ではございませんから。どうぞ、存分にご吹聴下さい」
不良共から不満の声が上がる。
「うるせぇ!」
一言で黙らせた。
「いやいや、今の一喝も天晴れ。なんでしたら木刀の寸止めでかまいませぬ。どうか、修行の者に一手ご教授を」
「食い下がられてもなぁ」
コジロウは困っていた。なんでこんな奴らの面倒まで見なければならぬのか? 血のションベンが出るほど忙しいし、これから実際血のションベンが出るように忙しくなるのに。
……全部、あの者が悪い。
コジロウはキレた。
「では、拙者より遙かに強いお方をご紹介いたしましょう。そのお方の名はイオタ様」
「イオタ、様? 聞いたことがないな」
コジロウの目はツカハラを見ていない。先ほどからずっと後ろに焦点が合っている。
「丁度良い。こちらに見えられたようです」
コジロウの視線の先に虹の輪が現れた。ぬうっと出てきたのはミウラの主。それに跨るイオタ。
「え? えっ?」
ツカハラは驚いている。度肝を抜かれたと言っていい。神獣様をこのような近くで見たのは初めてだ。
さらに――
ミウラの主の後ろから、別の神獣様が虹の輪をくぐって顕現された。大きなリスさん。ヒタチの主である。
「まさかマタノ荘であったとは!」
グチグチと何やら喋りながらイオタが歩いてくる。
「急な話でござるがコジロウ。今日と明日、それと明後日まで世話になる。変わりはないか?」
「変わりございます。そちらの御仁は諸国行脚の武芸者。試合を申し込まれて難儀しております」
「面倒くさいでござるなー。どれ、某がチャチャッと相手してしんぜよう。真剣の殺し合いで良いな?」
イオタは相手の返事も待たず、腰の刀をグリグリして刀ポジを整えている。お怒りのご様子。
「ん? なんでござるか? 人死にはマズイ? それもそうでござる」
誰と話している? 後ろのネコ型神獣様か? だとするとこのお方は? ネコ耳ネコ尻尾の獣人! 噂に聞く神獣の巫女様か!?
「では真剣の寸止めで良いな、そこの者、拙者はミウラの主の巫女でイオタと申す。名乗りを上げられよ」
ピッと音を立て、鯉口が切られた。
「せ、拙者は――」
バサバサと態とらしい音を立て、巨大なフクロウが舞い降りてきた。エチゴとエッチュウの守護神獣カスガの主だ。圧がしゅごい。
「――カシマの住人ツカハラシンエモンタカモトにござる。いざ尋常に勝負!」
狼狽えたとはいえ、名乗りを上げればそこは武芸者。神経がとぎすまされ、試合に集中する。
シャァー!
巨大な黒蛇が二人の間を駆け抜けていった。
落ち着け落ち着け……
サラリと音もなく二尺三寸刀を抜いて上段に構えた。
わんわんわん!
大きな犬が走っていく。
落ち着け落ち着け……
イオタさんは……爪先を立ててはいるが、正座で座っている。刀は腰に差したまま、鯉口だけを斬っただけの姿勢。
「あのー、イオタ様。座っておられては腰が回りません。まともに抜けませんよ?」
何処か間の抜けた口調のコジロウである。どうせ勝つんでしょ? と踏んでいる。
「圧倒的に勝って、こ奴の心を折る予定にござる。コジロウ、始めの合図を」
「はぁ、よろしいですねツカハラ殿」
ツカハラは怒りに顔を赤くしている。なめられた。
それも一呼吸で心落ち着かせた。武芸者の名は伊達じゃないぜ。
「フーッ。いつでもどうぞ」
回らぬ腰を使って、抜いて、突いてくる。速さに自信があるのだろう。そんなところだ。読める。どれだけ速くとも手は見える。見えれば対処もできる。……とツカハラは考えた。だから落ち着けた。
「では、はじめ」
ツカハラの喉元に切っ先が突きつけられている。しかもイオタは立っていた。
イオタは柄の尻に手を置き、トンと押した。切っ先がもう一分だけ前に出て、ツカハラの喉に触れた。
そして、納刀。手のひらでくるりと一回転させての納刀だ。
「もう一度、今一度お手合わせを!」
ツカハラは、言ってから見苦しさを感じた。しかし、兵法者がただで転んでどうする。見にくく足掻こうとも、最後に立っておればよいのだ!
イオタさんは何も言わず、突っ立ったまま。良いよ、の意味で軽く首肯した。
腰の刀は収められたまま。
ツカハラは、太刀を鞘に収め、代わりに脇差しを抜いて後ろに引くようにして構えた。刀での受けは考えてないのだろうか。
自分の体を囮にしているかのよう。また、短い脇差しで挑むのは、イオタの長い刀の高速斬撃に対応するためだろう。短い方が速く振れる。
イオタはスタスタと軽く歩いて間合いを詰めた。
イオタの長刀の間合いに入る。
ツカハラの左手が風圧を感じた。太刀の切っ先が袖の位置を高速で通過。通過中、さらに速度が上がる。
手のひらで刀を一回転させていたからだ。
スンっと納刀。
ツカハラは身動き一つ取れていない。
抜刀中に刀を回転させた? 余裕をブッこいてる?
また、抜きが見えなかった。これは……気を外されているのか?
隙のない内の隙を突かれた?
気の鍛錬も充分していた……つもりでござったか……
「満足なされたか? 立ち会いとは一の太刀で命運が別れる物。二つ目の太刀を望んだ時点で、ツカモト殿は――」
「ツカハラです」
「――ツカハラ殿は既に死に体でござる。三の太刀はござらぬ。故に某の勝ちとさせていただく。よろしいな?」
「拙者の負けです」
ツカハラは膝を付いて頭を垂れた。心が折れた模様。
「では、武装を解除させていただく。この村はこれより三日間、神獣様により封鎖される。ツカハラ殿に部屋を用意する故、三日間、温和しく過ごされよ。後に解放する。その後は、どこへ行こうと何を話そうとかまわぬ」
「解りました。従います」
「コジロウ、ツカモト殿を案内いたせ」
「ツカハラです」
こうしてツカハラシンエモンタカモトは連れられていった。
「……一之太刀……」
ツカハラの頭にあるのはその一言。
どんどん集まってくる神獣様方に踏まれないよう細心の注意を払いながら、隔離施設へ運ばれていくツカハラは、冷静になるにつれ、神獣様の集団にビビっていった。
……拙者、ひょっとして場違いなことをしていたのでは?
――三ΦωΦ三――
して――
あの剣術家は何でござったか?
『居合術を初めて見るような……たしか居合って江戸時代だったような? ええ、洗練されて曲芸の域に達したのは江戸道場ですよね? この時代は抜刀術というか、示現流に近いモノだったはず。鎧兜が標準装備ですからね。居合いって、お座敷とか、出会い頭とか、すれ違い様だとかに威力を発揮しますから。諸説有り』
「居合いが流行った時期は知らぬが、身体の動かし方を理解するため、柔術と共に習った記憶がござる。某の二天一神流は、抜刀術から教える流儀でござるからのう」
『なんにせよ、百年先の未来の技術ですからね。そりゃ太刀打ちできませんよ。で、だれです?』
「ツカモトとか言っておったが?」
『ツカハラなら塚原卜伝が有名ですが、惜しい! 二文字違い!』
「はっはっはっ、まさか卜伝様ほどの大剣豪が某に後れを取るはずなかろう?」
『それもそうですね』
「では、迷惑な大道芸人の枠で処理いたそう」
ツカモト殿もコジロウに任せ、横に置いておことにして、某は神獣様受け入れの準備をいたす事とした。




