11.神獣の巫女一級免許
神獣の巫女一級とは――、
二級の巫女が、お仕えする神獣様と、ゲフンゲフンの関係を何度もゲフンす。つまり、神獣様のゲフンをゲフンに何度もゲフン。
すると、いつの日か、お仕えする神獣様の特徴が身体に現れる、事もある。例えば獣耳とか、尻尾とか。
そうなると少しであるが神獣様に纏わる神通力が使える、事もある。
そうなれば神獣の巫女一級とされる。
見た目は獣耳獣尻尾、もしくはそれに類する見た目の変化が身体に現れるのを一つの目安とする。
二級と一級の間には、峻険な岩山が立ちふさがっておるのでござる。
つまるところ、一級になるには獣の姿をした神獣と……後はもうお解りでござろう。
はたして、普通の少女にその行為が、精神的に耐えられるか?
獣の顔が側に迫る。牙(または歯)が並び耳元まで避けた口が! 長い舌がゲフンゲフン。
本来なら、人間の夫となる者の子を宿し、子を産み、育て、成長を見守る、普通の暮らしが待っていたはず。
神獣の巫女に選ばれると言うことは、人としての幸せを手放すこと。一度手放すと、もう二度と戻らない。
……横から見ている分には、獣と少女の絡みでござる。至高でござるが、果たして!?
『過去、神獣の巫女が何人も現れたが、全ての巫女は不幸な結末を迎えている。……ただ一つの例を除いて』
『二級までは勤まるのである。一級に昇格した巫女がいけない。勤まらない。……ただ一つの例を除いて』
『なぜ巫女は神獣に身体を許すのか? それは巫女の忖度である。人として、人類の一員として、神獣の希望を叶えなければならない。その脅迫概念による。神獣は神と同義。神の要求を断れる人がいるはずない。……ただ一つの例を除いて』
『巫女を悲劇に追いやってしまった神獣は心を閉ざすことが多い。よって、神獣は神獣の巫女に対し、壊れ物を扱うようにして接するのである。……ただ一つの例を除いて』
以上、ヒタチの主とミウラの解説でござる。
「ただ一つの例が何なのか、それを探り当てれば問題解決に繋がるのでは?」
『ならば、すでに問題解決済みなはずですが?』
ミウラが何を言ってるのかさっぱり分からない。
「そういうことになるのでござるよ、タキちゃん。もう一度よく考えられよ」
「はぁ……でも、あのままだったら、あたし、死んでたし。このまま神獣様に就職したら、一生食べていけるかなーって思って。飢え死にするくらいなら、耳や尻尾が生える方が良いし。あのままだったら、遅かれ早かれ人売りに買われるだろうし、まともなところへ嫁に行けるはずないし」
『うーん、悲壮なのか要領良いのか、よくわかんないっすね? 如何です? ヒタチの主?』
『神獣の巫女たる悲壮感はねぇな……別の意味の悲壮感はあるけど。どっちにしろ、最初に俺が言ったように実験だ。幸い、もう一人の実績ある巫女が居てるんだ。嫁入り先くらい、世話できンだろ』
実績ある巫女とは某のことでござるかな?
「身分やお家柄を選ばぬのなら、嫁の先はなんとかなるかも? 今現在、まったく伝手がござらぬが……」
身分をどうこう言っておいて何でござるが、相手の身分が低くなければならない。高いとタキちゃんが不幸になる。
裕福なお百姓さんか、端役の神官か、……上昇志向の強いツモトのオヤジ殿のところか……いやいや、ツモトのオヤジ殿はやめよう。あまりにもタキちゃんが可哀想でござる。
嫁に行かせるとしても、ヒタチの主の縄張り内でなければならぬ。
『タキ。二級巫女のまま、美味しいモノ食えて、お腹いっぱい食えて、汚れてない着物を着て、そこそこの男とくっついて、子供産んで育てる生活は嫌か?』
「でも、子供が巫女の力を持ってなかったら?」
『別にかまわん。そのまま暮らせばいい』
『ヒタチの主、隔世遺伝……孫やひ孫が覚醒する可能性もあります。追跡調査が必要ですよ』
『そうなの? じゃ、そうするわ。タキちゃんの子供が巫女でなくてもいいや。ずっと保護してやるぜ』
「よろしくお願いいたします」
即ドゲザでお願いされたでござる。
「フシミの主とか、その他大勢の神獣様に話を通しておかなくて良いのでござるか?」
『通すけど、今でなくもいい。次の集会でいいんじゃないかな? あ、イズモ大社は焼失してたんだっけ!』
『次はクマノ大社となってましたが、わたし、行ったことないんで、最初は歩きなんです』
それはそれとして、ミウラと旅ができるので楽しみにござる。……クマノだったら、地方的にイガ忍者とお近づきになれるのでござろうか?
『クマノの修験者相当の者が出てきそうな気がします』
仏教のない世界で、クマノはどの様な扱いになっておるのでござろうか? 宗教的な意味で。
「某が思うに、タキちゃんの件は重要な話ではなかろうかと。なるべく早くに集まれる者達だけでも複数集まった上で周知しておくべきと愚考いたす。幾つか問題がござるよ」
『それは重大な問題か? イオタは何か心当たりでも?』
神獣は人を越えた存在でござるから、人の営みについて無関心でござるから知識が足りぬ。ぱっと思いつくだけで、たとえば――
「身分でござるかな? これまで、神獣様の巫女は武士や身分の高いモノから出ておらなんだのでは? タキちゃんはお百姓さんの娘でござる」
身分が低いのだ。
「武家の身分である某が現れただけでアシムラ家が謀反を起こしたのでござるよ。ましてやタキちゃんは庶民の出。同じような事が起きぬかな? 短慮浅慮の者がそこいら辺に散らばっておるのが人の世でござる」
そういえば、あの、ほら……イマガワ館で怒り狂っておった、何とかという名の若侍。あれ、どこで何しておるのかな? 反神獣戦線とか、神獣原理主義団体とか、危ない組織に身を投じて利用されるだけ利用されたあげく、全然違う場所で全然違う戦いに狩り出されてはおらぬかな。
イズに来れば、フウマの方々に刈り取られてイチコロでござるが……。
――三ΦωΦ三――
ニシグチ フミマサことアシムラ フミマサは、キョウ近辺にまできていた。
都の南、フシミにいる。
イナリ大社を尋ね、宮司を前に挨拶していた。
「拙者、もとスルガの住人アシムラ フミマサと申す者。武士を捨て、神獣様にお仕えいたしたく、はるばるまかりこしてきた。こちらのお山にフシミの主がおられるとお聞きした。何卒、フシミの主との面会をお願い申し上げまする」
フミマサの格好はお世辞にも身綺麗とは言えぬ。旅の埃や垢を差し引いてもだ。
イナリ大社の宮司はため息をつきそうになっていた。
ミノウのイナバ大社より文が来ている。それ以前に、アシムラ家がイオタに対してやっちまった犯罪を知っている。
イナバ大社の文には、この者、短慮にして浅慮。思いこみが激しく気性が荒いと書かれていた。
思いこみが激しい……、か。宮司はまたため息をつきそうになった。
想像できる。イオタを悪者と思いこんだ浅慮な男は、フシミの主を説得できると思いこんでいる。
神獣を説得、ねぇ……。
フシミの主とイオタ、ミウラの主の仲を知らぬとは思えぬのだが。どこをどう考えればイナリ大社へ足を向けられたのか。逆に感心する。
「なにとぞ!」
姿勢は真摯である。でも、中身は暗黒の粒子が渦巻く、おどろおどろしい男だ。
「お帰りください。あなたのことは知っている。イオタ様に徒成す狼藉者として」
「騙されておるのです! イオタという人外の者に!」
今度こそ、宮司は溜息をついた。誰憚ることなく。
「では、お答えください。フシミの主がイナリ大社を離れ百と数十年。イオタ様と共にフシミの主がお帰りになりました。我々の悲願がここに叶ったのです。さて、イオタ様が騙したと仰せですが、何を騙したのでしょう? 誰が騙されたのでしょう? 私どもだけが益を得て、イオタ様はなにも得ておりませんが?」
「それを元にして、誑かそうと画策しておるのです! おそらく金でしょう。そして権力です!」
「あれ以来、文一つ頂いておりませんで。寂しい限りです。……おやおや、準備が出来たようですな」
バタバタぞろぞろと肩を怒らせた男達が部屋に踏み込んできた。宮司は既に部屋に居ない。
「なにを!」
屈強な男に両腕を取られたフミマサは自由を封じられた。
「イオタ様を悪く言うやつばらは、俺たちが許さねぇ! 簀巻きにしてカモ川に放り込んでやる。覚悟しろ!」
「やめよ! 皆目を覚ませ!」
「てめぇがカモ川の水で目を覚ましな!」
猿ぐつわを噛まされ、筵にくるまれた上、荒縄をグルグルに捲かれたフミマサをエッホエッホと男共が御輿のように担いでいく。大変威勢が良い。
ご丁寧に「この男、フシミの主に徒成す大罪人に付き」と墨痕鮮やかに書かれた木札を掲げていた。参拝者や道行く者達が何事かと見物している。
「そーれ!」
ドボン!
鴨川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。




