7.出撃
魔獣、ミカワ方面よりイマガワ家領土に侵入! それも複数! 人為的な匂いがするでござる! どうやってかは知らぬが!
某も箸を置いて、立ち上がる。西の方を見るが、館の屋根を越えて西日が差し込む以外何も見えない。
『トヨ川を渡ってきました。ヨシダ城あたりで活発に動いています。これまたどうしてこうなった? いや、そんな事より、わたし、一発、ヨシダ城まで飛んでみます!』
「あそこは遠淡海『浜名湖ですね』の向こう側。今から走っても3日はかかるはず! それをどうやって?」
『ジャンプ……えーっと、空間を跳躍する魔法を持ってましてですね、縄張り内、もとい、領内でしたら、隣の部屋へ行く感覚で移動できます。ただし長所短所有り』
……便利なのな……。某、ネコ耳やネコ尻尾が無いせいか、加速も収納も使えぬ、体力も人並みでござるし、風邪はひいたことないが。普通の人間でござる。
普通の人間であるからして、普通でない者が見落とす点も見えることがある。
「ミウラ、の主。そこまで急げるなら、しばし待て。御屋形様にご報告差し上げねばならぬ」
『ほれんそう、でございますね! では、わたしの背に乗ってください。わたしが駆けつける方が話が早い』
「うむ」
イネ婆様が何事かとウロウロしておられる。ここは、ミウラが言うところの「ほうれん草」でござる。
「ちなみに……ほうれん草、って何でござるか?」
『放置、連休、早退の3つの頭文字です』
流石でござる! 知識力でミウラに勝つ者はこの世におらぬ!
「イネ婆様! ミカワより魔獣が侵入いたした! ヨシダ城が襲われてるようだ! ミウラの主がすぐに出立なされる! この事をこれより御屋形様にお伝えする! その方らは何もせんで良い。留守を頼む!」
「ええー! ははぁ! 承りました!」
イネ婆様がペタンと体を折りたたむように頭を下げた。
『はい、背中に上って。そう、首に手を回しオホゥ! オッパイが! イオタさんの息づかいが! 足を胴に回して、ホホゥ! 旦那の股間が密着してオボーッ! 走りますよ!』
某の息が首筋にかかったり、体が密着したりは仕方のないこと。しっかり掴まないと振り落とされるし。
ミウラは風のように屋敷を直線で走り、警護の者を吹き飛ばして御屋形様の個室へと踏み込んだ。
「なッ! ミラの主でしたか! イオタ殿も! いかがされた?」
セナ様始め、数人の御重臣の方、それと御台様を交えて何やら相談されておったご様子。
「申し上げます! ミウラの主によれば、ヨシダ城周辺に魔獣が複数出現。すでにヨシダ城に取り付いておる様子。これよりミウラの主が現地へ飛び、魔獣を蹴散らす!」
『そうそう旦那、ミカワの兵が絡んでいるかは不明。たとえ魔獣に関係あっても我知らず。魔獣のみ対処する。そう伝えてください』
その様に伝えた。
「なにっ! ヨシダ城はトウトウミを支配する要の城!」
「どうやってかは知らぬが、ミカワ者も連んでおるに違いない!」
「あそこを落とされると辛い!」
「出陣の用意じゃ!」
騒然となった。
「ミウラの主。某も行くぞ」
『何をおっしゃる。ただの人間であるイオタの旦那にとって危ないところですよ。わたしは旦那を危険な目に合わせたくありません!』
「そういうな。某、イマガワ家の家臣にござる。ヨシダ城の方々に此度のこと、告げる義務がござる。また、顛末を御屋形様にご報告申し上げる義務がござる!」
某、美少女であり、十五の小娘であり、ただの人でござるが、武士でござる!
『うーん、なら仕方有りません! 連れていきましょう。ですが、そのお召し物ではダメです。わたしが魔法で具足を装着させましょう。急ぎですので、不格好かもしれませんが、よろしいですな?』
「承知いたした。この際どの様な格好でも構わぬ!」
また……勇者の鎧みたいな? この世界観にそぐわぬ意匠の鎧を出されるのでござろうな……かっこわるい。
『それでは! 神獣神鎧武装!』
ボン!
弾ける音と共に、某の着物が煙になる!
「「「……ッ!」」」」
騒然となっておった部屋が一気に静かになった。
煙が、昇り龍のように細い縄状に纏まり、某の体を……ちょっとまて! 某、すっ裸でござるよ?
縄状の煙が某の体にグネグネとまとわりつき……まるで縛り上げられておるようでござるな? 特にオッパイの絞るようなまとわりつきと、お股に通った一本の筋が気になる。
「「「おおおー!」」」
男共から感嘆の声が上がる!
煙が薄く体に広がり……縄状にする意味がござらぬかったな、ミウラよ?……胴体だけにまといついて現実化した。
「「「おおおー!」」」
男共から感嘆の声が上がる!
白い布地が体にぴったり張り付いて、身体の線が浮き彫りにござる……。
……これは? 真っ白な? あの時の、わんぴぃす型水着でござるな? いや、生地がより薄い?
「ちょっと小一時間くれるかな? 話し合おう」
『後で後で!』
水に濡れると透けそうな白い水着の上から、鎧下を着せられ……水着の意味がござらぬ。
どこからともなく出現した、鎧っぽい部品が周囲を無意味にクルクル回り、ガシンと音を立て、装着部が七色の光を放ち、そんなんが連続で? 某の体にくっついてきおる。
『完成! イオタさん、神獣神鎧武装!』
……額に金はちまき。肩に大袖。皮の腹巻き。腰に……何でござるかな?
『ガーターベルト型武器懸架です』
そして、籠手とか脛当てとか、もろもろ装備して完成にござる。
『さあ、さあ、イオタの旦那! のってのって! 背中に乗って! 騎乗の位で!』
「今ひとつ釈然とせぬ! 白い水着の意味がござらぬ! あと、なんで裸にした?」
ミウラの頭をガシリと掴んでこっち向かせた。そっちには何もない。視線を合わせよ、ミウラ!
「まあまあ! イオタ殿。事態が事態である。それは仕方なかろう?」
御屋形様でござる。不自然までの前傾姿勢でござる。御屋形様が仲裁に入って頂いたのでござらば、矛を収めねばならぬ。
「ミウラの主と共に行かれるなら、一旦タカテンジン城へ行かれ、此度のことを説明してほしい。すぐにイマガワ館より兵を出すので、タカテンジン城から後詰めの兵を出せ、と! その後、ヨシダ城へ。お願いできますかミウラの主?」
ネコに頭を下げる御屋形様でござる。
『委細承知とお伝え下さい。ただし、タカテンジン城滞在は、ホンの一瞬ですよ。既に出遅れておりますから』
その事を御屋形様に伝えると、おもむろに後ろに置かれている太刀を手に取られ、某に突きだされる。
「身分の証しでもある。イオタ殿を守るであろう。持っていけ!」
家紋の入った、もの凄くすごく斬れそうな刀にござる。
「有り難き……」
両手でかしいだいた。
がーたーべべ?『ガーターベルト。つり下げ機能付き帯でございます』型のアレに刀を装着。取り付け機能が付いた帯は便利にござる。
そして、ミウラに跨って……というか、しがみつく。ミウラの身長は10尺余り『約3メートルですね』。大きいとは言え、馬より小さい。乗りにくいのでしがみつくしかないのでござる。
『そのため、お胸とお股に装甲はございません!』
「おいミウラ――」
『いっきまーす! ワープ!』
「ぬぉー!」
ミウラと某の目の前に虹の輪が現れた。某を乗せたミウラは、そこへ一足飛びに飛び込んだのでござる!
―― イマガワ館に残された者達は ――
「これまで、ミウラの主の様子がおかしくとも、魔獣が出現したのか、何かその辺解らなかった。どこが襲われたのかもミウラの主は伝えてくれぬ。方角だけは解るよう気を使っていただけたが」
「御屋形様」
御台様が、静かにお声を掛けられている。
御館様は無視して話を続けられる。
「イオタ殿がいてくれたお蔭で、場所も数も解り、伝言も伝えられる。これは大きい!」
「御屋形様」
御台様が静かに呼びかけられた。
「此度はセキグチが指揮を執れ! 兵は2千! タケダも動くだろう。儂はタケダを睨む」
御屋形様は御台様を無視して、指示を矢継ぎ早に飛ばす。
「御屋形様?」
御台様は、なおも静かに問いかけられる。
「出陣じゃー!」
セキグチが立ち上がり、大声を張り上げる。早くこの場を逃れようとしているかのように。
「「「おおー!」」」
この場に集まっていた男達は、いそいそと部屋を出て行った。逃げるように。
「御屋形様。もう誰もおりませぬなぁ」
御台様が、なんか笑ってる。静かに微笑んでおられる。
「な、なんじゃ、御台?」
頬を引きつらせて笑い顔の御屋形様
「イオタ殿のお体を見て、元気になられたご様子」
「いや、あの、これから戦がじゃな――」
「そう。戦にございます。その前に、この御台と一戦所望いたします。さ、さ、遠慮なさらず、こちらへ」
手をがっしり握りしめ、御屋形様を引きずっていく御台様。
「あの、御台?」
「すぐ済みます。だれかある! 御屋形様がお疲れじゃ。寝具の用意を!」
ミカワ戦の前哨戦が始まったのである!