3.ヤタガラス
アタ川の温泉に浸かりながらも、魔獣出没を感知すればすぐさま出撃をしておった。
「今気付いたのでござるが、ここでまったりしながら魔獣退治ができるのでござるよ。イマガワ館で住まいする必要があったかな?」
『イマガワ館にいたからこそ、マタノ荘を賜ったのでは?』
「したり!」
『ですが、夏の湯治をしてから旦那の顔色がめきめきと良くなってきました。温泉旅行は正解だったのですよ』
「うーむ、御屋形様に休暇の願い出をしたとき、某は酷い顔をしておったのだろうな」
なんとかというアシムラ家由来の若者が行方をくらました。
行方をくらましたの報を聞くまでは何ともなかったのでござる。ちょっとだけ嫌な気分になっていただけでござる。
ところが翌日、なんとかが出奔、行方知れず。御屋形様直命により、イオタ家の警護が強化された。
メンツを潰され、激怒した御屋形様はなんとかの家、ニシグチ家の者を即日処された。なんとかに改名された元アシムラの分家は当主を強制隠居させた上、出家させた。そして、領地は半分お取り上げ。
マタノ荘の領主となっていたから分かる。武士は一所懸命にござる。大事な領地を半分取り上げられることの無力感、憤り感は我が身を焦がすよう。元アシムラ家の方々の無念さが痛いほど理解できる。
どれもこれも何とかという若侍一人のせい。
某は被害者であるというのに加害者扱い。被害者が拡大してしもうた。誰も彼もが後ろから荷車でひき殺されたような、あるいは空から落ちてきた星が頭に当たってしまったかのような歯がゆい思いでござろう。
御屋形様の処し方は行きすぎでござったが、お気持ちも分かる。某と某の後ろに控えるミウラを畏れてのこと。某への誠意を示されたのである。
家臣として、御屋形様の誠意は受け取らねばならぬ。例えどんなに重くとも。
斯様な重たい思いを引きづりながら、アタ川温泉への湯治休暇を願い出たのでござる。
当日の某の顔は酷かったのでござろうな。御屋形様は済まなさそうなお顔で許しを出してくれた。
して、五日ものんびりと湯でふやけておると、気も楽になってきた。アタ川温泉の効能は抜群でござる。
『万が一、なんとかという若侍に襲われても良いように、わたし達の周囲に警戒用の感知結界張ってますから。引っかかったら即熱雷砲ぶちかましますんで。ええ。むしろ探し出してぶちかましてやりたいくらいなんで。ロ号艦本イ式次元波動缶搭載の大戦闘艦2番艦に乗ったつもりでいて下さい』
それを聞いて安心いたした。
ミウラ神社の効能は抜群でござる。
『それにざっと見たところ、フウマとおぼしき人間が相当数イズに入り込んでますね。旦那の護衛と思われます』
フウマ神社の効果は、以下同文でござる。
「しかし、あやつ、目に力があったでござるよ。自信に溢れておった。間違ってないと信じておる目でござった。されど、脆そうな目つきでもござった」
あの目。ドロドロとした憎しみとギラギラとした殺意を隠そうとしない目。同時に、壊れやすそうな気配が出ておった。少し突けば粉々になってしまいそうな? 突いてみたくなる要求が心の中からあふれ出そうな、そんな男であった。もし戦えば、一撃で粉々でござろうな。
マタノ荘のゴロツキ共の方が怖いと思うのは何故か?
『短気、浅はか、無能の努力家。ホルモンバランスが崩れているのでしょう。食べ物の好き嫌いが激しいのかな? あるいは――』
なんとかが出奔してから二日後にイマガワ館を出発。アタ川で五日経つ。道中を足すと八日経つが、何とかという若侍の気配はここにない。きっと違う方向へ向かったに違いなかろう。
木陰に筵を敷きゴロリと横になっておる。
『気分は南の国ですね!』
松の木が風に揺れる。青い空に白い雲。サツマの気分でござるか? 某は遠慮したいが。
今日も旨い物を食って……と思っていたら、空を大きな影が横切った。
「むっ!」
『おっ!』
ガバリと跳ね上がる。
大きな影は……鳥か? 黒い鳥。一見カラス?
何度も上空を旋回する。よくよく見れば、カラスというより、カラスの影? ペタンコ?
『アレはヤタガラス!?』
ヤタガラス? 八咫烏でござるか?
『神獣が使う、近距離用連絡ディバイスです。えーっと、神獣の伝言? お手紙? 専門のお使いですかな?』
「……そんなのあったのでござるか?」
『あったんです!』
「初耳にござるが?」
『設定はちゃんとありました!』
「お、おう!」
凄く強い圧に押されてしもうた。
『隣近所に使えるお使いでございます』
バササと羽音を立ててヤタガラスが降りてきた。間近で見て思うのでござるが、こやつ厚みがない。黒い紙で出来た凧のような?
『ふんふんふん! 何ですって? 分かりました。こちらにおいで下さいとお伝え下さい』
バササ! と羽ばたいてヤタガラスは飛んでいった。
「ミウラ、何か言ってた様でござるが?」
『大変ですよイオタの旦那! シモフサ周辺を受け持つヒタチの主が、境界線まで来てるんですが! 大変です。こりゃ大変だ!』
興奮激しいミウラでござる。肉フクロが膨らみ、髭が前に出て、耳が後ろへ寝そべっている。尻尾が膨れてうねうねと踊っておる。
「だから何が大変なのでござるか? 言わねば分からんて!」
『ヒタチの主が神獣の巫女様を連れてきたって』
「はぁ?!」
――三ΦωΦ三――
一方、出奔したフミマサはというと……イズとは反対の方向、ミノウにいた。
ミノウでも北の地方だ。イナバ城を天辺に抱くイナバ山という標高300メートル強の山……の麓。
そこに何があるのかというと……ギフの主が蜷局を巻いているギフの社という立派な建物があった。
ギフの主は神社に住まいしていない。ミウラがイマガワ館という武家屋敷に住んでいるように、ギフの主もイナバ城という武家関係施設に住んでいた。
フミマサは、そこの世話役奉行の元を訪れていた。
「ほほー! 神獣様に仕えたくて武士をおやめになった? それはそれは。感心ですな!」
「はっ! 神獣様にお仕えしたい一心でまかりこしました」
おおむね、フミマサに対する奉行の印象はよい。キリリとした若侍であったからだ。
「出来ますれば、遠くの方からでもご挨拶させていただければこれに敵う幸せはございません」
「ギフの主におかれましては、普段はお城におられるが、今日はずっとここにおいでだ。ご機嫌もすこぶるよろしいご様子。直接ご挨拶をしてみては如何?」
「有り難き幸せ。では遠慮無く」
フミマサは、幸運にもギフの主の間近まで迫ることが出来た。
「おおー、何とも神々しい! さすがミノウとその周辺を治める大神獣様」
『シャーッ』
神獣は人の言葉が分かる。特にギフの主は煽てられるのが好きだ。ご機嫌のシャーを返してくれた。
「拙者、ひとえにギフの主にお仕えしたく、まかりこしました……」
跪き、頭を下げる。
「スルガの元住人、アシムラ・フミマサと申す――」
『ギシャァーッ!』
いきなりギフの主が鎌首を持ち上げ威嚇した。毒の牙から滴る黄色い液体が、体に悪そうな色をした気体となって立ち上がる! 辺り一帯が殺気にまみれた神獣の覇気に包まれる!
「なんだ? なにが!」
何が気に障ったのか分からんが、ギフの主が激怒しておられる。長い尻尾をバタンバタンしておられる。
「お静まりくださりませ! おしずまりー! アシムラ殿、ここは一旦下がりましょうぞ!」
そうして、世話役奉行所へ一旦下がった。
「いやはや、何がお気に召さなかったか?」
「武家の作りが不味かったのでしょうか? 刀差してましたし」
奉行とフミマサが頭を捻っている。
そこへ、旅の埃に汚れた下男が顔を出した。チラリとフミマサの顔を見てから声をかけた。
「お奉行様、ちよっとこちらへ。ご相談したいことが……」
なにかな? と、奉行は部屋を出て行った。
話の相手は、用事でスルガまで出かけていた下働きの男だ。先ほど帰ってきたばかり。旅装束を解いてない。
「あの男はアシムラの姓を持つ者。アシムラと言えば――」
下男は、毒殺未遂事件の一件を話した。スルガの神社で、遅まきながら聞き及んだのだ。
「儂らのような、神官でもない家の者が神獣様に仕えていたというのがアシムラ家だったな?」
「しかも、あの者、確か名をフミマサと。フミマサという者は――」
本日ただ今、スルガのとある神社より帰ってきたのだ。先日のニシグチフミマサの事件は耳に入っている。
「あの小せがれがニシグチの! 堂々とアシムラを名乗りおって! なるほど、神獣様をバカにしようとしておるのだな! 神をも恐れぬ逆賊めが!」
「お奉行様! ギフの主はイズモで巫女様とお話をなされております。その際アシムラ家がしでかしたことを聞き及んでおられてもおかしくありません。その事をお奉行様に気付かせるため、お怒りを表現なされた。今は形だけのお怒りでしょうが、このまま放置されますと、本気でお怒りになられますぞ!」
「よくぞ知らせてくれた!」
そして、奉行は戻ってきた。にこやかさを取り繕って。
「アシムラ殿。ギフの主とアシムラ殿は相性が悪いご様子。ここは諦め、他の神獣様にお仕えされては如何でしょう?」
「それもそうですね」
等と話を誘導され、その日の内に体よく追い出されたのであった。
「皆の者聞け! 神獣様を崇め奉る各地の神社に急ぎ文を送るぞ! 儂も、今からご領主様と相談の後、イマガワ館と話をするために出る!」
翌日早朝。イナバ城より、文を携えた者達が、急ぎ足で四方へ旅立った。




