2.祟り
「ああ、思い出した。その方、アシムラの分家であったな。そして、若造、お主、アシムラ本家からニシグチ家に養子に入った者だったな」
御館様の回想で背景を全て理解出来た某はお利口でござる。
「処罰したのはアシムラ本家のみであった。手から零れた者であったか」
「少々気分が優れぬ。先に下がらせてもらいますぞ」
寒月様が立ち上がり、案内も乞わず足早に部屋を出て行った。
皆様頭を下げてお見送りにござる。約一名を除いて。
「見苦しいところを見せてしまったな、神獣の巫女様」
御館様の目がとても冷たい。口調も平坦となられておる。
「今からでもお考え直しください!」
「これフミマサ! 黙れ!」
「アシムラ家の血こそ神獣様のお側にあるべき! あのような妖怪に心を許してはいけませぬ!」
『おいおいおい! こいつ死んだわ!』
どこからかネコの鳴き声が。
「お目をお醒ましくだされ御館様!」
大広間の空気が大変重くなった。御館様はあえて口を閉ざしておいでなのでござろうか?
「止めよフミマサ! それ以上口にするな!」
アシムラ様がフミマサ殿を押さえつけておいでござるが。体格差もあって簡単にふりほどかれておる。
周りの方々もアシムラ様に加勢しようとされたが、御館様が手を振って止められた。
アシムラ様に任せよとの事でござるかな?
「皆様、あの化生に騙されておられる! 早く目を覚ましてくだされ! あのような者が人で有るはずがない! 一言、このフミマサに任せると仰せになられてくだされ!」
フミマサ殿……もうフミマサと呼び捨てで良いよね? 刀の柄に手を置いて……
某、思いだしたでござる。
「そなた、先日スンプの町で魔獣が暴れたとき、立ち向かっておられたお方!」
魔獣相手に斬りかかっておられる武士がいた。人の力や武器では魔獣の皮を通さぬと言うのに。
『むっちゃ邪魔! どいてどいて! どかないとまとめて黒焦げにすっぞコラァ!』
と、ミウラがオラついていた侍に苛ついておった。
「その通りよ! あのような魔獣、拙者に任せておけばすぐに退治できたものを! 余計な手出ししおってェ!」
目ン玉が零れる程大きく目を剥いて怒鳴っておられるが、それはどうかな?
「ただの人間が魔獣を殺せるとでも思うておるか!」
アシムラ様が怒鳴りながら押さえつけに掛かる。
「アシムラの血は神なる血じゃ! 神獣様のお側に使えていたのだ!」
「ちょっと訳が分からんぞ!」
フミマサが本気を出せば小柄なアシムラ様を叩き臥せることが出来ようが、そこは遠慮が入っている。フミマサに残された唯一の理性でござろう。結果として両者決定打を放てず、醜い程ドッタンバッタンしておられる。
「おのれネコ耳ぃー! イマガワ家に徒なす化生め-!」
とうとうフミマサが刀を抜いた。握り拳一個分程。某は腰を浮かせて身構える。これはいけない!
「制圧せよ!」
御館様の一言で、騒動の近くで構えていた御家中の方々が飛びかかった。
「離せ! みんな目を覚ませ! あの魔物に騙されておるのだ!」
のし掛かられ、刀を取り上げられて尚、暴れるフミマサ。顔を真っ赤にしている。
「フミマサよ」
御館様が暴れまくるフミマサを冷たい目で見られて……いや、見ておらぬ。
「沙汰を言い渡す。以後、イマガワ館へ上がること許さず。全ての職を解く。直ちに禄を召し上げる。閉門蟄居を命じる」
「御館様! 騙されてはいけません! 御館様! 話を聞いてくだされ! 聞けば必ず分かります! 簡単なことなのです!」
「アシムラ!」
「はっ!」
殴られたのでござろうか、アシムラ様から鼻血が出ておる。
「分家であるから見逃したが間違いであったか? 何故、あ奴の暴挙を許した? 隣に居たということは、前兆を掴んでおったのであろう?」
「申し訳なく!」
ドゲザされた。
「守りに出たな。守りに出て取り返しが付かなくなった。判断の誤りだ。ふむ」
御屋形様は顎に手を当て、考え込まれた。
「アシムラという家名がいかぬな。今日この時よりササムラと名乗るがよい」
「ははっ! ササムラの家名、ありがたく頂戴致します!」
「血縁の情けだ。フミマサはササムラが責任をもって監視せよ。下がってよし」
「ははっ!」
こうして、スルガからアシムラという家名が消えたのでござった。
若い連中につまみ出されるまで、フミマサはしつこく喚いていた。
「さて、イオタ。気分を害されただろうが、きつく処分致すゆえ、許されよ」
「ははっ! 許されます!」
日本語、間違ってないよね?
「ミウラの主に丁寧な説明を願う。あやつは殺さぬと」
しかし、御館様もずいぶんと冷たい。某が死という処刑を嫌っておるのを知っておられる。
時には生き恥が死より辛いこともある。
御館様は、フミマサに生き恥を掻かせることで、某への詫びとされた。
しかもミウラ好みの処し方でござった。
「御館様。某のことはお気になされずに。この姿を蔑まれるのも、これまた粋というものでござる」
「粋か?」
御館様がフッと笑われた。
前世でね、ずいぶんとネコ耳族という事で差別されたからね。慣れっこでござる。
――三ΦωΦ三――
フミマサの家、ニシグチ家にて――
「フミマサぁーッ! いい加減にせんかぁー!」
アシムラ転じてササムラがフミマサを足蹴にした。
「何をなされます!」
「何がございました!?」
ニシグチ家の家人がフミマサをかばった。
「その馬鹿者に触れるなぁー! ニシグチ家は領地召し上げの上、お役ご免となったぁッ! スンプには住めぬぞぉー!」
「アシムラ様!」
「アシムラではない! 御屋形様よりササムラの姓を賜った!」
「タダマサの叔父上は良いではないか! 御屋形様より新たな姓を賜ったではないですか!」
「だから己はタワケだと申すのだぁー! この馬鹿者がっ!」
またキックが入った。タダマサは部屋の奥へ転がった。
「アシムラの葦は屋根を葺いたり、その他諸々役に立つわ! 金になるアシじゃーっ! 笹はどうじゃー! 藪ではないか! 笹団子の皮以外、何の役にも立たぬわー! 御屋形様より役立たずと罵られたのじゃー! キサマ、ぶち殺してくれよう!」
ササムラは刀の柄に手をかけたが、抜くことはなかった、寸前に思いとどまった。御屋形様が殺さずの刑を処されたのだ。ここで私誅すると御屋形様の意に背くこととなる。
「何が、何があったのですか!」
フミマサの義母がササムラの腰にしがみついた。ニシグチ家前当主の義父も、腰にしがみついている。義父は病気持ちだったし、男子に恵まれなかったので、アシムラ本家の三男フミマサを養子に迎えたのだ。
「こやつはなぁー! ――」
イマガワ館であったことを全て喋った。
「愚か者めがぁー!」
ニシグチ家前当主が叱りとばした。
「何を仰せですか! 悪いのは化生の物です! お父上も目をおさまし下さい!」
フミマサが、何を言ってるのやら、の表情で普通に反論した。
「フミマサ。ニシグチ家を潰すつもりか?」
「滅相もございません! ニシグチ家は正義を重んじる家系! 正義を貫き通すまでにございます!」
「ぐぎぎぎ……」
前当主は気持を言葉に出来なかった。ただ血圧が異常なまでに上昇し、顔が真っ赤になっただけだ。
「アシムラの叔父上も! そんなことなら堂々とアシムラをお名乗りなされ!」
フミマサは全然悪びれていない。御屋形様に叱りつけられた理由すら理解してない。
「こ、この男は……短慮にして浅慮、知恵も回らぬ愚か者であったか……」
「こんな男を婿に迎えたとは……一生の不覚……」
蟄居を命じられていたフミマサであったが、その夜の内にニシグチ家を逐電した。
御屋形様の命に背いたニシグチ家はお取りつぶし。病弱の義父も義母も、妻も子も揃って処刑された。
ササムラ家は、責任を持って監視せよとの命令を守れなかった咎で、禄を半分に減らされた上、当主タダマサは隠居の上出家を命ぜられた。年若い嫡男が急遽元服し、家を継げたことは暁光であったのだろうか?
「しかしですな、御屋形様。フミマサめ、どうして悪い方悪い方と選んで転がっていくのか? 儂にはフミマサの頭の中が分からりませぬ」
「セナよ。あやつ、責められれば責められるほど快感を覚える性癖を持っておらぬか?」
腕を組んで頭を捻りながら、うーんと唸る二人であった。
――三ΦωΦ三――
して――
経緯を聞いたイオタさんが嫌気がさして駄々をこねた。具体的には床を転がった。
「某はなにも悪くない! 疲れた! 休みが欲しい! スワへ行って、マタノ荘へ行って、働きづめにござる!」
などと言いながら転がりまくる。
『あーもう! 仕方ないなぁ。話を聞くと仕方ないなあとしか言いようがありませんね。じゃあ、暑い季節ですがアタ川の温泉にでも行きましょうか?』
「何故それをもっと早くに言わん!」
『あれ? 逆ギレっすか?』
そして、冒頭へ戻る。




