15.様々な人の思い
『米がないならマタノ領内へ酒を持ち込んで蒸留酒を造る。という方法もありましたね。幸い、山ん中なので燃料に事欠きません。いっそ、消毒用アルコールまでの濃度で作りましょうか? 化膿で死ぬ兵士の数が減ります』
「消毒用の蒸留酒は戦略物資でござる。領内で兵装を整えられる目処が付いてからでも遅くはあるまい。今現在は資金不足で手と首が回らぬ」
『そうですね。それに人死が少なくなる技を知っていても、神獣は人の世に介入してはいけませんから』
そういう事でござる。
見殺しにするのは辛いので、いざとなればこそっと作るが。
某が領主(領主代行)を務めておる間、兵を出さなくても良い。某が神獣の巫女であるからでござる。
神獣が人の政治に口や手を出さぬという決まり事は、人にも神獣の生活に手を出さぬという決まり事を強いるのでござるよ。
『あれ? ってことは? タケマル君が成人した暁には、出陣されるという事になりますよね? 今は戦国時代みたいだし』
「そうなるでござるな。されど戦は男の花舞台ともいう。名を上げ、世に武名を轟かすのは男の本懐にござる! うまいことフウマ衆を使ってタケマルの安全を図るように暗躍しよう!」
『暗躍ならお任せください!』
「頼もしいぞミウラ!」
『ならばご褒美ください!』
ミウラがのし掛かってきた。
「あっ!」
クルリと身体を入れ替え、ミウラの首根っこを摘む。こうするとミウラは動けなくなるのだ。
して――
ちよいと野暮用がござって、下級の使用人が働く場所へ出向くこととなった。
面倒くさいのでござるが、何処へ行くにも側付きの方が付いてくる。むしろ露払いとばかり、先に立って案内してくれる。
綺麗なお女中と出会い頭にぶつかって恋愛関係に発展する可能性が無くなるのが辛い。某とぶつかった女中は無礼討ちにされる?
野暮用を済まし、イマガワ館の使用人や出入りの者が使う通路を歩いておったときでござる。
某の耳がピクリと動いた。
側付きの方が足を止め、某を庇うかのように立ちふさがる。でもって、手は腰の刀に。
今日の側付きの方はホリタ殿でござる。若いが、ちゃんとした侍でござる。ツモト家の侍とは大違いにござる。
「あの者は、某の知り合いにござる」
その様に言ったのでござるが、ホリタ殿は警戒を解かぬ。道を開けては頂けたが、すぐに斬り殺せる位置までは外さないでおられた。
「ヒョウスケ様。久しぶりにございます」
ヨシダ家のヒョウスケ様。某より一つ上で、元許婚でござる。ミウラと出会わなければ、こやつに抱かれていたのでござる。お股がキュッとなって尻尾の毛がブワリと膨らむのでござる。
「や、やあ、マツ様」
あれ? こんな所で偶然! といった体で軽く片手を上げておられる。ずいぶん長い間待っておられたと思えるのでござるが。
「ヒョウスケ殿、お聞きいたしましたぞ。かなり上のお家から嫁をもらわれると。しかも相当の器量よしとか。うらやましい、もとい、おめでとうございます」
確実に某と結婚の目が消えた。まこと目出度い! ……男に抱かれなくて済む。ううっ……子供を産まなくて済む……やれ嬉しや!
「それで、その、マツ様に、その、ちょっと話があって……」
その様にほほを赤らめられても。某に話はないでござるよ。
……悪いお方ではないのだ。人よりスケベなだけでござる。優しいお方でござる。欠点はスケベ以外見あたらない。
「マツ様が仰るとおり、私は他の女と結婚いたします」
「なんぞ祝いの品をと思うてみたが、先様のお家に障りましょう。申し訳ござらぬ」
「そんなのはいいのです。もう一度、マツ様とお話をしたくて」
「何でござるかな?」
ヒョウスケ殿は某をことのほか気に入っておられた。未練があるのでござろう。
「私は……マツ様を……マツ様が嫁になると思って……」
言葉を句切りながら、というか、考えながらでござろうかな。ヒョウスケ殿はポツポツと語り始めた。
「こんな綺麗な人が、私の嫁になるんだって夢みたいで。嬉しくて。友達に虐められても、おまえら、こんな美少女を嫁に出来ないだろう? と心を強く持って生きてきました」
「え? 虐められてたの?」
「マツ様以外に嫁は考えられません。……す、好いておるのです」
申し訳ないが、またもや尻尾の毛がブワリと膨らんだ。……某、男は駄目なのでござる。
「元服して、マツ様を娶り、オッパイを愛でることを夢見て生きてきました!」
「それくらいに致せ、ヒョウスケ殿!」
「マツ様のオッパイを揉みしだき舐めまくり吸いまくることだけを夢に見て!」
「もういいでしょうヒョウスケ殿! それ以上言ってはなりませぬ!」
二つの意味で言ってはなりませぬ! お立場的なのと性的表現なのと!
「某はミウラの主の巫女。心は人なれど、すでにこの身は人であらず。ネコ耳とネコ尻尾が生えておる。まっとうな生活は送れぬのでござる! ヒョウスケ殿も早く諦めらるが肝心!」
「ネコ耳とネコ尻尾だから、なお良――」
「加速!」
加速を使い、ヒョウスケ殿に、遠慮無く当て身を入れた。思い切り。
これ以上はマズイ。某の立ち位置は力づくで何とかなるが、ヒョウスケ殿は身の破滅に繋がる。
一瞬で意識を狩られ、崩れ落ちるヒョウスケ殿の身を……支えることは出来ぬ。女の某が、元婚約者の体を支えてはいけぬ。
さりとて、お側付きの者はホリタ殿お一人。この者がヒョウスケ殿を処理しても困る。某が一人きりになることと、ヒョウスケ殿のことが公になる事の二つが困る。
どうしようと思っていたところ、どこからともなく下働きの格好をした男女が現れた。男は何も言わずにヒョウスケ殿を抱え、あっという間に姿を消した。ホントに目の前から消えた。フッって感じで。
女も何も言わず、乱れた土を箒で清め、一礼して姿を消した。まさに消えた。ほんと、スーって消えた。
残されたのは某と側付きのホリタ殿の二人。現場で争った跡もない。
「誰にも会わなかった」
「はい。誰にも会いませんでした」
若いのに世慣れた男でござる。
「ホリタ殿の意見を聞きたい」
「なんなりと」
「あの男と女の子。人間か?」
ホリタは腕を組み、首をかしげた。
――三ΦωΦ三――
私の名はヒョウスケ。
イオタ家長女、おマツ様の許婚だ。……許婚だった男だ。
おマツ様を初めて見たのは今から3年前。
とても綺麗な人だった。釣り気味の目。柔らかそうなほほ。肉感的な唇。白い肌。括れた腰。丸い尻。
そして、オッパイ。
顔合わせの日こそ綺麗なお着物姿であったが、普段見るおマツ様は小袖に袴姿。一見美男子。でも女の子。その、中身と外見の差がたまらなく魅力的だった。主に下半身に直撃する魅力だった。
不肖、ヒョウスケは股間を硬くしてしまいました。
告白いたします!
あの日から、私は毎日、日夜、おマツ様の後を付けていたのです。
ヒョイヒョイと揺れる黒髪。細い腰、左右に揺れる丸いお尻。
何度至高致したことか!
毎日の観察で分かった。おマツ様は男を嫌っている。女が好きなのだと。衝撃を受けました。私も男なのですから!
……でも至高れる。
おマツ様とお団子屋の看板娘との絡み。至高でござる!
金貸しの年増美女との絡み。至高でござる!
その美しいお姿を、襖の隙間から覗き、至高する私。
一生おかず無しで米が食える! 米だけで生きていける!
明るい百合色の未来を思い描いていたのに! 心ときめかせていたのに!
今の許婚殿は至って普通の性癖をお持ちだ。女同士など考えられぬ。良きお子を産みまする! だと!
嫌だ! 地獄だ! 私は百合色の未来がいいッ!
ああ、今宵も許婚殿とおマツ様の致しを思考して至高する! これが現実なら! だっておマツ様は女の子がいいって……。
……有りでござるな。
……私の許婚とおマツ様の絡み。
ほとぼりが冷めた頃、許婚殿とおマツ様を百合合わせる。私は影からこっそりのぞき見る。
イケルのでは!
考えただけで至高ってきた! 想像するだけで至高なのだ。話せばミウラの主様も賛同されること間違いなし! ミウラの主様は話せば解る! そんな気がする! 同志になれる気がする!
おマツ様もきっと気に入っていただける。いや必ず気に入る! 完璧な計画! どこにも穴は見あたらないッ!
この世でおマツ様を幸せにできるのは私だけなのだ! 私以外にいない! 私だけがッ!
うふ、うふ、うふふふふふ! 待っていてくだされおマツ様。あなたを救うのはこの世で私一人だけ。
あは……あはあはあは……アハハハハ!
おマツ様のために結婚を急がねばならない!
――三ΦωΦ三――
私は神獣の巫女イオタ様の側使をしている者の一人、ホリタ。
同僚は四人いるが、皆私と同年代だ。若者の集まりだ。
以前、イオタ様が毒殺されかかった。犯人は側使えの者。この事件により側仕えの者が総入れ替えとなった。
主任務が身辺警護なので、品行方正で腕に自信があり、体力に自慢の者が集められた。
癒着や増長を防ぐため、お家が異なる赤の他人同士が選ばれた。それが私たち四人だ。
神獣様のお住まいと、神獣の巫女様の警護。名誉な仕事だ。
赴任してしばしの間、緊張して外側にばかり目を配っていたため、気付くのが遅れたが……。
戸板を閉めた中でヤってるよね?
音や振動、それに気配が外へ伝わらないため……いわば中で何やってるか外部の者に分からないようするために……結界を張られておられるのですが、結界を張る、つまりナニをする事! バレバレだよね?
神通力で雨戸が降ろされて、中から音が聞こえなくなったらヤッてるという合図。夜中途中で降ろされることがあるが、それはこれから急にヤリたくなたっからヤルよの合図に他ならない。
降ろされなかったら、普通に寝ると言うこと。なのだが、雨戸が頻繁に降ろされる。月の半分以上は降ろされる。来月から暦に印を付けようと思う。
そして、我ら側仕衆は若い男ばかり。全員、嫁をもらってない。
雨戸を降ろされた夜は、文字通り寝ずの番となる!
翌朝交代を終えると、急いで一人になれるところへ走ったり、いかがわしい店へ飛び込んだりする。
雨戸を開けてイオタ様が出てこられると、ああ、ヤった後のお姿かと、それだけで至高する事に凝り固まった仲間が一人おる。
何ともない普通な表情をされていることがまた至高でござる。と、全力で走り去ってっていく仲間もいる。私も走り去る一人だ。
たまに胸元が緩くなってて、後ろからのぞき込めたりする。偶然でござる! お給金でござる!
今日と明日は、イオタ様とミウラの主が出張の日。仕事終わりに同僚とメシを食いながら話をした。意見交換という寄り合いだ。仕事だ!
「普通、女子には女子がつくだろう? なんで若い男がつくんだ?」
「当初は分かるよ。命の危険だから腕の覚えのある者が付くって。でも、もうさすがにいいんじゃない?」
イオタ様は女であるからして、早い内に女中を入れてくれと申し出ると思っていた。色々あるだろう? 女には女じゃないと分からない、話せない事があるって。
「じゃぁ、お前、上に言うか?」
「え? 普通に嫌だけど」
「それじゃお前は?」
「人に言わせるなよ! 自分で上に言ってこいよ! 言いたいのなら!」
「え? 嫌だけど」
とても居心地の良いやりがいのある職場だから、誰の口からも交代の話は出てこない。だから、当初のまま男ばかりが固めている。
「イオタ様付じゃ戦場へ出られないよ! 戦で手柄を上げられないよ!」
「……別にいいんじゃない?」
「……いいか……」
「じゃ、今日はこれで」
「俺もちょと用事を思いだした」
して、この話は進展することなく終わりになった。
次話にて、領地経営編が最終回となります。




