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6.イネ婆様

 ミウラが寝床にしておる離れ。

 本館とは、渡り廊下で繋がっておる。渡り廊下は幅が広いので、大人が並んで歩けるし、屋根があるので雨が降っても濡れない。至れり尽くせりでござる。


 ミウラの寝床は寒いくらいに広いが、一間(ひとま)である。三方は開け放たれており、蔀の戸板で囲える作りになっている。人の手でも戸板は下ろせるが、ミウラは不思議な力で……どうせ魔法でござろう……自在に開け閉めを行っておる。

 残り北側の一方は、用人の控えの間となっておる。

 でもって寝床の周囲をぐるりと幅広の縁側が回っておる。ミウラが出入りしやすいよう、手すりなどは付けられておらぬ。

 イマガワ館がキョウ風の公家作りなっておるのに、ここだけは武家造りとなっておる理由にござる。

 

 でもって、渡り廊下の終着地点の、控えの間側で、イネ婆様がちんまりと座って頭を垂れていた。イネ婆様の後ろには老域の男と壮年の男の二人が、同じく頭を下げて控えておった。

 某のイオタ家は下っ端の家なので、人に頭を下げられるより下げる方が多い。なので、頭を下げられると股間がむず痒くなる。


「後ろの者共は、このお婆の一族、アシムラ家の当主と、嫡男にございます。お見知りおきを」

「イオタにござる。よろしくお願い致します」

 なんで、一族の責任者が?

『アシムラさんは、わたしがミウラ半島にいたときからお世話になってた一家です。イマガワの遠い親戚筋にアシムラ家がありまして、そこと婚姻関係を結んで、いまではイマガワ家の神獣専門重鎮ですよ』

 それは御奇特な事で。有り難いことでござる。


「何かご用でござるかな?」

「イオタ様。お時間を少々頂いてよろしいでしょうか?」

「うむ、なんなりと。あ、御台様の所で茶をおよばれしたので飲み物は結構にござる」

 飲み物を用意しようとしたイネ婆様を手で制し、部屋に入り、ちょこんと座る。

『おぅっ! イオタさーん!』

 さっそくミウラがじゃれついて来おった。人の邪魔をする生物、ネコでござる。

「で、お話とは何でござるかな?」

『イオタの旦那ーっ! あっそびましょー! ベロベロベロ!』

「ミウラ、の主、ちょっと、話が済んでから――」

『クンカクンカ! ああ、女の子の匂い、イオタさんの匂いだ!

 ガシッとどこかを握った。


「おとなしくしておれ」

『はい』

 イオタは背を丸め、どんよりと転がりおった。

「よーし、最初からそうやって温和しくしておれば話がサクサク進むのでござる。して、イネ婆様よ、話とは?」


 イネ婆様に振り向くと、なっかすっごく恐縮しておられた。

「荒御魂でおなじみのミウラの主をこうも簡単に(ぎょ)するとは……恐れ入りましてござりまする」

 ミウラが荒御霊だとぉ! 荒れる神だと? 何をしておったぁー!?

 視線に思念を込めて睨み付けると、小さくなりおった。

 いや、そうではなく!

「それは置いておいて。話が進まぬでござる!」

 

 して――


 イネ婆様の話とは……

「そもそも、このお婆は神獣様のお世話をする係。若い(おなご)は恐がり、さりとて男ではミウラの主が機嫌を損ねられる。そこでお婆の出番でございました」

 うん、分かる。男もいけめん、でござれば問題無かろうも、ここの男共はほとんどが髭を蓄えてござる。ミウラはお髭男子が苦手なのでござる。

 

「我が家は代々、代々の神獣様のお世話諸々を家伝として受け継いできております。その為、様々な事柄が伝わっております……」

 婆様は言いにくそうにして、言葉を句切った。


 後ろの男衆から突かれて、口を再び開いた。

「……話は逸れますが、キョウにおかれまする帝の始祖は神獣様でございます。初代の帝は、神獣様と人との間に出来た子。さすれば……」

 またお婆は口を閉ざされた。

 だが、此度は、何が言えなくて口を閉じたのかが分かった。なにを言いたかったのか、理解に及ぶ。


「某が、ミウラの主、つまり神獣様の子を産むかも、というお話でござるな?」

「ま、真お恐れ多い事ながら、そうなれば、あの、その――」

「お婆の言いたいことは分かった。皆まで言わずとも良い。なあミウラの主……」

『お話お聞きいたしました。確かにマズイっすね』

 某がミウラの子を宿し、産んでしまった場合。その子は帝と同列となる。産むつもりはないが!

 それ即ち、一国に二つの帝を崇めること。混乱必至にござる! 産むつもりはないが!


『うーんうーん、……まずは徹底的に調べましょう。アナライズ!』

 ミウラの目がピカリと光り、某の体を照らす。

『ぬううううん……ほうほう? 続いてわたしの体をアナライズ!』

 何か引っかかることがあったのか、ミウラは自分の体にもピカリを当てておる。片足上げて、何か、凄い体勢でござる。ネコは液体というが、それでも、もつれそうにござる。


『うーん、分かりました。結論、様々な問題が発生しますが、結果から言うと、やはりわたし達二人に子供は出来ません。となると――』

「なんと!」

『まだ喋らないで! これから日の本の根幹を揺るがす恐るべき大事なことをお話しいたしますから!』

 何が分かったのでござるか? 秘密が漏れると日の本中で大乱が起きるとか? 国土が火の海に沈むとか?


『遺伝子と申しまして……、体を作る設計図が、人と神獣では違っているのです。鳥と猫がエッチしても子供が出来ないようにね。それどころか、神獣には子を成すための遺伝子がありません。それがどういう事か……』

「うん、よく理解できた」

 理解できたぞ。うん。難しい話でござるが、理解できた。うん。


『あ、その顔、理解してませんね? まあいいです。わたしと旦那は、妊娠を考えずにエッチし放題なんですが、神獣に子供を作る機能がないとすれば……大問題が一つあるでしょう?』

 う、うむ。子供が出来ない……、


「あっ!」

『それ、口にしちゃダメですよ!』


 絶対口に出来ぬ!

 神獣と人の間に子が出来ぬ。それ即ち……、

 言えぬ! 死んでも言えぬ。あの世でも言えぬ!


『そう言うことですから、その辺を加味してイネ婆様に説明をお願いします。失言しそうになったら、後ろから刺しますからね。アレをアソコに』

 刃物を心臓に刺される、ということでござるな。

 ううむ、万が一の時は口封じを頼むぞミウラ!


「ミウラの主は何とおっしゃっておりますかのう?」

 お婆め、痺れを切らしおったか!

「えー、コホン! えー……」

 何と切り出せば良い?

 ここは大事な場面。適当に言って茶を濁すわけには参らぬ。

 神獣様と人の間に子は出来ぬ。ミウラが言う、せいぶつがくてき理由、でござる。

 しかし、それを強く言ってしまうとと、帝の起源を疑うことになる。日の本の支配体型を揺るがす事件に発展するでござる。初代の帝は、原初の神獣様を父とし、人である母が産んだ子でござる。

 それを神獣様が否定してしまうと……。


「ミウラの主よ。解説お願いいたす」

『ええー!?』

 返球にござる。丸投げにござる。ミウラは賢者(ニート)故、難しいことはミウラが考える! 今までこうして生き抜いてきたのでござる。実績があるのでござる。


『えーっと、そもそも、神獣って半分精霊で半分動物で、いわば精霊が受肉した超生物であり、そもそもDNAが違ってまして、もし子を成すとしたらそれ自体が希有なスキルというか……』

 ミウラも狼狽えておる。某も意味が解らず狼狽えておる。

「イオタ様、ミウラの主は何とおおせで?」

 グイグイ来るイネ婆様。

「ミウラの主は解説してくれておられるが、中身や使っている言葉が難しすぎて、某では説明できぬ。なんらかの理由があるようではござるが……はて?」

 お婆の一族が小首をかしげた。すでに某も小首をかしげておるぞ。おまけに腕まで組んでおる。


『ええーい! 仕方ない、噛み砕いてカタに嵌めますから、イオタの旦那は、わたしの台詞を一言一句間違えないよう、正確に伝えてください!』

「お、おう。お婆殿、これよりミウラの主からお言葉がござる。某、通訳致す故、聞き漏らさぬ用、しかと(うけたまわ)れ。あと、複雑なので最後まで黙って聞くように、とのお達しもある」

「へへー!」

 土下座するお婆一族。


 ミウラは、ゆっくりと立ち上がり、香箱座りに座り直す。これ、主の座り方作法でござるのかな?

「えー、始まるでござるよ。えー、まず、話の大前提として、先ほども申し上げたとおり普通、神獣様と人の間に子は出来ぬ」

 ミウラの言ってる事をそのまま伝える。某は通詞の小役人でござるよー。


「次は小前提でござるが、神通力についてでござる。

 取るも取らぬ小さき神通力は、置いておいて、大きな神通力のことをまずは話そう。

 えー。各神獣様は、固有のすきる? 固有の神通力を持っておるのでござる。

 ミウラの主が、雷を中核とする神通力を持っているように、炎であったり、水であったり破壊力の大きな神通力を持つのである。

 さて、話は変わるが、始祖の神獣様の大神通力の秘められた正体でござるが……」


 言葉を切って、お婆達の眼を順に覗き込んで行ってくださいと、ミウラが申すとおりにした。

 お婆一族は、そろってごくりと喉を鳴らしおった。


「……始祖の神獣様の神通力。それは、ミウラの主を含めた全ての神獣様が持たざるお力。人と子を成す、というお力でござる。

 故に、始祖の神獣様と人の間にお子が生まれ、そのお方が帝の始まりとなったのでござる。

 さらに、始祖の神獣様の凄いところは、大神通力をもう一つ持っておられたこと。そう、お婆達ご存じの天変地異の神通力にござる。

 よって、始祖の神獣様が別格で天辺なのはこの事例によるモノでござる。

 あだや疎かにする事なかれ。努々疑う事なかれ」


 しーんと静まりかえった。


『何か質問は?』

「何か質問はござるかな?」

 お婆一族三人は、互いに顔を見合わせ探りながら最終的に頷いた。

「何もございません」

 それが、代表してお婆による答えであった。


「ならば、この話はこれでお終いとする。情報を主だった方々と共有しておくように、とのお達しでござる」

 一同、またもや土下座。

 一件落着にござる。

 ヨタ話は疲れるでござる。


『案外、この話の通りかもしれませんよ』

 神話とは……


 そして、日も西に傾きかけると、晩ゴハンでござる。日が沈むと灯りが無くなるので、みなは日のある内に晩ご飯を頂くのでござる。

 ミウラの膳には鳥が付いておった。

 某の膳は川魚にござる。某のだけ冷えておる。


「巫女であるイオタ様のお膳は毒見済みでございます。どうぞお召し上がれ」

 お婆は腰を低くして、下がっていった。

『鳥。イオタの旦那も食べますか?』

 ミウラが小声で聞いてきおった。某に気を使っておるのでござろう。()いやつ。

 某も小声で応える。

「いや、遠慮しておこう。お婆殿の目もあるし……」

 お婆は外で控えておるが、そっとこちらを伺っておる。


「それに某、魚は好物でござるよ」

『ならいいんですがね。欲しい物があったら、わたしの名を使って注文しておいてくださいね』

 川魚は苦みが美味いのでござるよ。

 ミウラは既に鳥肉を食べ終えたおり。某は魚の半身を頂いたところ。

 残り半身に箸を付けたところにであった!


『む?』

 ミウラが急に立ち上がった。

「如何致した? パクッ」

 ほぐした魚の身を口へ放り込む。


 ミウラはとある方角……西にござるな……を睨んでいる。

『これからイオタの旦那とイチャコラの予定なのに! ミカワとの国境あたりで魔獣が侵入した気配がする! これは入ってきましたね! しかも複数!』

「なんと!」

 イマガワ家はミカワとタケダ家と二方面に戦線を作っておる。

 その一方、ミカワよりの魔獣襲来。ぜったい怪しい!


 イマガワ家の危機にござる!



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