12.ご報告
サガミの国で……
部屋の中と濡れ縁とで会話が成されている。部屋の中で座っているのはシンクロウ翁。濡れ縁で膝を付いているのはフウマの頭領コタロウである。
内容は、コジロウが上げた報告の件である。
「……なるほどの。話してない嘘が幾ばくか混じっておりそうな……話してないから嘘とは言えぬが」
シンクロウが腕を組んでいた。
「どの部分が作り話か。あるいは、何をお隠しになられたか。それが問題にございます」
コタロウは頭を下げたままで応対している。忍と支配者の上下感だ。なにせ、フウマコタロウは無位無冠。フウマ忍軍の頭領であるが、所詮は忍びである。身分の低い者と、このような形でも話をしてくれるシンクロウが人徳者なのだろう。
「加えて、何故作り話をせねばならぬのか。さらに申し上げれば、嘘偽りが無く、単純に神獣様の使うお言葉が人に理解できない内容であった、という事も考えられます」
「嘘偽りがない、等と信じておるか?」
「一向に」
シンクロウは、片方の頬だけで笑った。
「肝心の場所に近寄ることが出来ませなんだ。ギリギリまで近づきましたが、生憎の雨で見通せませんでした。申し訳ございませぬ」
あのビームを見てないから軽々しく言えるのだ。
「フウマの落ち度であるな」
だから、至近距離でビームを発射されたコジロウの立場にもなれよ。
「されど、生きて帰らねばご注進もままならず……」
「理屈であるな。まあよいわ」
コジロウは、若いが副頭領各の男。次期フウマ頭領候補の一人である。……コタロウの血縁者でもある。
組を組んだ者どもも手練れ揃い。あの時期でこれ以上の人選はあり得ない。コタロウとしては、考えうる最高のエリート集団を向かわせたつもりである。
……まあ……神獣様が六柱も揃うとは想像すら出来なかった。
……六柱の神獣様が全力を出して戦った戦場に、人の身で介入できるはずもなし……。
「そこでですな、イオタ様の事でございますが、あのお方、ニンジャの足に楽々付いてこられるどころか、追い抜くほど。さらに神獣様方の戦いの中に飛び込んで、生還するどころか、刀を振り回していたご様子」
「うーむ……」
シンクロウは唸った。ちょっぴり心が躍ったのは内緒だ。
「コタロウ。イオタ殿は無理筋じゃ。スワの宮司を攻めよ」
「はっ! すでに人数を送っております」
「ふふふ、段取りがよいの」
向かわせたのはコジロウの組だ。もう少し功を立てさせないと仲間内で立場がなくなる。あれほどの男を失脚させたくはない。
当然、コジロウもそれを認識している。二つ返事でスワへ戻った。
して――
上スワの大社にて。
庭の手入れをしていた下働きの老人が、通りかかった宮司様に気がついた。
「おや、宮司様、お早うございます」
「相変わらず丁寧な仕事だのう」
庭の松の木が、さっぱりとして、それでいて凛と立っていた。下に草一本も生えてない。
この老人は宮司の先代の頃より勤めてくれている、腕利きの庭師だ。
「そりゃそうと宮司様。あれからしばらく経ちますが、スルガの巫女様は良いケツをしておりましたなぁ。もう一度会えませんかな? うひひひ」
「ははは、爺さんもまだ枯れておらんな……」
と、ここで宮司が何かに気づいたようだ。
「……もし、爺さんが誰かのために働いているなら、手伝えるやも知れぬ」
「はぁ? 俺はスワの大社のために働いておるのですがの?」
何のことかさっぱりだ。
「ミウラの主の巫女のイオタ様であるがな。あのお方はコジロウ殿をお気に入りになられておられる。それと、これは儂の勘だが、ミウラの主もコジロウ殿を気に入っておられるように見受けられた。正面から挨拶にお伺いすれば、会ってくれると思うのだがなぁ……」
庭師の爺様は、潜入の失敗に気付いた。
「気を落とすな爺さん。これはイオタ様の入れ知恵じゃ。あの件に関することを聞いてきた者、全員にこう言えと耳打ちされた。……耳打ちされてゾクゾクした」
宮司様の性癖は、この際、横へ置いておく。
「このように何人かに喋っておるが、こうまであからさまに反応したのは爺さんが初めてだ。……長い間、ご苦労だった。お前のこれまでの真摯な勤めに、心より感謝する。それでは」
宮司は爺様に背を向けた。
爺さんと爺さんの一家は、その日の内にスワから姿を消した。
――三ΦωΦ三――
イナバの主とカスガの主とムサシのヌシ、そしてギフの主の4柱は、一旦シオジリ峠の北へ上がり、そこで会合を持った。
イナバの主が小さな目を見開いて言った。
『ミウラの主は、何者だ?』
『神獣の力を逸脱しておる』
ムサシのヌシは目をしばたたかせていた。
雷を使うカスガの主は、もう一歩踏み込んでいた。
『同じ風の属性だから分かる。あれは器用なのだ。我にミウラの主並に力を繊細に扱う器用さがあれば、同じ技が使えるやもしれぬ。……いや、無理か?』
『無理とは?』
風地火水の外である毒を使うギフの主だ。自然現象の理に疎い。
カスガの主はその理由を説明しはじめた。
『知恵、着想、そういった物の考え方が我と違う。どうして空気を帯電させようなどと思いつく? 結果を知ってないと、その着想へは辿り着けぬ』
『そうかな? 色々と試験や試行錯誤をして辿り着いた結果ではないか? ミウラの主は好奇心が強い。我らにとって無駄に思えたり馬鹿なことと思うあれこれを色々と試しておる。特にミウラの主が使う語彙の数は、とんでもなく多い。そしてそれを組み立て使いこなしている』
『ミウラの主の武器は、頭の良さ、だということか?』
『だからモテるのか?』
『イオタちゃんも、ミウラの主のそこに惚れたか?』
全員の足が止まった。
『『『『そういうことか!』』』』
そういうことらしい。
『話を戻そう! ミウラの主は、我ら神獣を殺せる力を持っている』
『だけど、大技を使うには準備がいる。それは大きな隙だ』
『残念だが、イオタちゃんが前衛として機能している。あの子は強い。充分時間稼ぎが出来る』
『ミウラの主、恐るべし』
『……その恐るべしミウラの主をイオタちゃんが尻に敷いとるのだが?』
『髭掴んで引きずり回していたな』
『ひょっとして、イオタちゃんが一番?』
全員の足が止まった。
『『『『そういうことか!』』』』
そういうことらしい。
――三ΦωΦ三――
イマガワ館にて。
「御屋形様、この目で見て参りました。あれは凄まじき物でございます。ミウラの主のご忠告、素直に受け取るべきかと」
御屋形様の供回りの一人の男が、カイの国へ出向いた。腹水病を調べるためだ。腹水病とは、例の寄生虫による病のことだ。
「どの様な症状なのだ?」
「はっ! 詳しく申し上げますると……」
御屋形様のご質問に、男が丁寧に詳しく、写実的に答えていく。
「う、うん、もうよい。だいたい解った。被害者の者は何とも可哀想である。我が事のようにつまされる。何とかしてやりたいものだ」
御屋形様は眉間に皺を寄せ、一人の人間として心を痛められた……風に装った。政しにくい土地だと思ったのを誤魔化すために。
「原因が分かっているのなら、防ぐための対処もとれよう」
「仰せの通りで。イオタ様から提案がございました。現場を見てきた拙者にも幾つか案がございます」
「カイの国総目付と話を致せ。出来うる限り叶えよう。ご苦労であった」
男は下がった。
「ミウラの主のお知恵は凄まじいですな。それに彼の地の水害も想像以上に酷い。まさに川底の国」
セナが扇子を膝にグリグリと押し当てている。
「イオタが居てくれて初めて引き出せる知恵であるがな。神獣様は政に不加入という決まり事。いやはや、今になってようやく意味が分かった」
「政が大きく左右されますからなあ」
薬草は毒草でもある。誰かが言った言葉だ。誰かは知らないが。
「トウトウミ、スルガとイズ、サガミの四カ国に跨る神獣様。薬草が毒草に変わることもある」
「ですが御屋形様。ミウラの主はイマガワ館におります。イオタ殿はスルガの国に所属意識がございます。我らが欲をかかぬ限り、裏返ることはありますまい。ただし、これまでも注意と丁寧な扱いをしておりましたが、些か足りなかったかと……」
「ふぅーむ……」
御屋形様が沈黙なされた。いろんな事を考えておられるのだろう。
「シンクロウ殿の動きが変わった。いや、以前から動いていたのだろうが、イオタを絡め取られぬよう一層気をつけねばならなくなった」
何か考えよとの仰せである。
「左様でございます。しからば……何の変哲もない手でございますが、イオタ家に領地を与えてみては?」
御屋形様は、セナの提案に、しばし思考した。
「悪くないな。弟、嫡男は、たしか六つだったか? 元服したら二ヶ村ほど与える約束をしよう」
「でしたら、今すぐイオタ殿に領地を与えて恩を着せるのが宜しかろう。あの者は女ですが、何故か根っからの武士。お家再興を悲願としております。嫡男が元服すれば自動的に領主の座を渡す、とすれば、その時点でイオタ殿に領主という地位がなくなり、余計な権限は消失。さらに弟が領主となる事で、もう一度恩義を感じる事でございましょう。二兎どころか三兎を追えまするぞ」
セナの提案に、御屋形様は、俯いてしばし思考なされた。
そして上げた顔には、悪い笑みが浮かんでいた。
「お主も悪よのう、セナ!」
「いえいえ、御屋形様ほどでは!」
ウワッハッハッハッ!
大口を開けて笑いあう主従であった。
――カイの国編・完――
今回でカイの国編終了です。
急ぎ執筆して、次の章を投稿したいと思います。
次章「(仮)領地経営編」乞うご期待!




