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5.御台様

 して――

 御台(みだい)様のお部屋にござる。


 (それがし)がお部屋へ入ったとき、ただの木材へ帰ってしまったらしき文机を女官殿のお一人が片付けておられた。

 何があったのでござろうか? 御屋形様は何処へ?

 

「おほほほ! 巫女殿、ではなくイオタ殿でしたわね? 妾が御台じゃ」

 お綺麗な打ち掛けを纏われた御台所(みだいどころ)様、略して御台様でござる。お年も三十を超えておるはずでござるが、どう見ても二十代そこそこ。お肌の張りが艶めかしき女性にござる。


「御屋形様が迷惑を掛けて申し訳ありませなんだ。妾からお詫び申し上げます。許されよ」

「滅相もございません!」

 某は、下座で正座したまま、肩を恐怖に振るわせ、手を付いて頭を下げた。

「まあまあ、そんなに畏まらずともよい。お茶でも飲みながら、女同士のお喋りと参りましょうぞ」

 すでに女官のお一人が、お茶を入れておられる。なんとも段取りの良いお仕事でござる。


 して――

「と言うわけで、ツモトの親父殿からようやく逃げ出せたのでござるよ」

「おほほほほ!」

 御台様だけではなく、女官の方々までお笑いになる。これが有名な、袖で口元を隠す公家流でござるか!

 御台様に至っては、目尻に涙を浮かべてお笑いになる。お美しきお方にござる。上になってもらいたいでござる。


「ところで、イオタ殿……」

 お話が切り替わった模様。

「昨夜、ミウラの主とは、いかがお過ごしになったのでござりましょうや?」

「えーっと……」

 先ほど、考えを口にしていて赤っ恥を掻いたばかりにござるからなー。


「おほほほ。ここに居るのはおなごばかり。誰気兼ねなく、赤裸々なお喋りを致しましょうぞ。公家のおなごとはそういうものでございますよ」

 御台様は権大納言様の娘にござる。バリバリのお公家女子にござる。

 キョウではそんな話題が堂々と出来るのでござるか? 公家のおなごとは、そういうお話を影で堂々となさっておいでか! 

 公家の社会は開かれておるのな! 性的に。


「えー、では……二人して、うつ伏せに寝て――」

 夜の腕立て伏せにござる。筋肉鍛錬でござる。イセカイでミウラと毎日ヤッテいた習慣でござる。


「うつぶせ寝ッ?」

 御台様始め、女性が身を乗り出してきたでござる。餌に食いつく魚みたいでござる。公家のしきたり恐るべしでござる。


「どちらが先に音を上げるかの競争にござる。早すぎても遅すぎても具合が悪い。同じ調子で一の二の三のと、息も荒く……」

 腕立て伏せの競争でござる。胸筋がパンパンになったのを思いだして胸の合わせ目を気にして手を置いた。


「それからそれから?」

 御台様と女官達の上半身が危険な角度になっておるが、それを支える下半身は丈夫にござろうか?

「次は仰向けに寝転び、膝を曲げて、腹に力を入れて……こう……痛いぐらいに……うまく説明できませぬ」

 腹筋体操のことでござる。


「ほ、ほうー。あそこを転がされて、如何でした?」

「あそことは何処でござりましょうや? 腹の筋肉でござるよ」

「そんなのはいいの! 続きをお話しなさい!」

「御台様のご命令ですよ!」

 グイグイと食らいついてくる御台様と女官達。某はその分、背を反らせて距離を取る。


「えーっと、充分に運動した後、中腰で……こう、膝を曲げて……腰を上げたり降ろしたり……」

 すくわっと、なる足腰の鍛錬でござる。


「来ました!」

「来ましたわね!」

 女性方は、手にした扇子を広げ、パタパタと扇ぎ始めた。


「えーっと、ミウラの主の癖で、きつくなってくると、長い舌をチョコンと――」

 集中力がおかしくなると、猫は舌をチョコンと出すのでござる。


「ペロペロにございますわよ、御台様!」

「ええ、ペロペロですわ! イオタ殿ッ! して、そのご感想は? 主の舌はなんとおっしゃった?」

 扇子のパタパタが激しくなったでござる。そして日本語!


「ミウラの主の舌の事でござるか? 意外にござるが、ネコの舌というか、ミウラの主の舌は器用でござる。それこそ、人の指並み以上に器用かつ柔軟に動かされる。まるでタコの足にござる」

 皿に置かれた炒り豆を舌だけで器用に巻き上げて食べるからな、あやつ。


「タコの足でございますわよ、御台様!」

「ええ、タコの足でございますわ!」

「明石のタコかしら!?」

 扇子のパタパタ音がババババに変わったでござる。手首の負担が心配にござる。


「イオタ殿、はよう続きを! ミウラの主の舌はッ!」

 舌に拘られるでござる。肉体鍛錬のお話なのに舌でござるか? 御台様のご命令とあらば、ミウラの舌を説明せねばならぬ。


「えー、しかも、柔らかく、先っぽが尖っていて、濡れておりまする」

「ちなみに、イオタ殿は? ……これまで男性経験とか?」

「ござらぬ! 某、、未通女(処女)でござる!」

 きっしょ! 男とアレってきっしょ!


未通女(おぼこ)と聖『獣』の組み合わせでございますわ、御台様!」

「ええ、未通女(おぼこ)と聖『獣』の組み合わせでございますわ! 誰ぞ絵に! 薄い綴りでかまわぬ! それからそれから!?」

 バババ音がボボボ音に変わっている。

 すでに扇子の紙が、空気抵抗で破れはじめておるが、大丈夫でござろうな、それ、お高そうな扇子にござるよ。


「あとは……まあ、その……なんで人前で夜の鍛錬談を話さねばならぬのでございましょうか?」

 襟首をポリポリと掻く。よく考えれば、(おなご)らしい事をしておらぬ。

「ここにいるのは女ばかりぞ? 何を恥ずかしがることがある。続きを早う申せ!」

 御台様、すっげー圧をかけてくる。公家圧でござる。


「これイオタ殿!」

 なおもぐずっていると、女官殿がすげー冷たい目で某を見下してきた。

「御台様のご要望じゃ。ご要望とは命令に等しい。イマガワ家御屋形様の御正室の命とあらば、御屋形様の命と同じ。その方、御屋形様に逆らうか? 強いてはイマガワ家に弓引くか? 下克上か?」

「滅相もございませぬ!」

 一族郎党根絶やしは困る。母者や幼い弟に害が及んでは一大事!


「その、あの、……その、あの……」

 説明しにくいし、他は何もしてないのでネタに詰まってしもうた。

 女官殿がキレた。

「えーい何をちんたらやっておる! 何回ヤッタ?」


 鍛錬の回数でござるか?

「ミウラの主が一回ヘバる間に、某が三回ヘバる調子でござったか? 人と神獣の体力差を鑑みていただければ、某の勝ちではござらぬかな?」

 ま、某の勝ちは揺るがぬでござるがな!


「男は初めてであろう? 痛かったか? そこんとこ詳しく」

 痛い?

 筋肉痛の事でござるかな?

「はっ、(いと)うございました。翌日の今朝が特に痛うございました」

「ほうほう!」

「「「ほうほう!」」」

 扇子のボボボがピタリと途絶えた。ズタズタになった扇子の紙が、ユラユラしておる。


「で、続けて聞くが、イオタ殿の痛みは? 主はイオタ殿の痛みを無視か?」

「さにあらず。ミウラの主は、不思議な神通力を用い、某の痛みを緩和して下された」

 にゆうさんきん除去、とやらを憶えたと言って、よくかけてくれた。だるさは取れぬが、痛みは緩和されたのでござる。


「ミウラの主は、優しいお方にござる」

 その言葉を聞いた御台様は、キッ! という音を出して首をねじ曲げられ、奥の屏風を睨み付けられた。あの屏風の裏に何かござるのかな?


「ならば……ならば、イオタ殿のお気持ちは? 女のお気持ちは?」

 グイグイと来た。顔が近いでござる。そして女官達に包囲されたでござる。

 某、中身は男故、女のお気持ちは、はっきりいって分からぬ。あ、巫女としての気持ちでござるか? イマガワにミウラをつなぎ止めておきたいという御台様のお心でござるな?

「楽しかったので良いのではと。お互い、積もる話も沢山ござったから……」

「それは、まあ! ……仲睦ましいというか、なんというか……」

 その言葉を聞いた御台所様と女官達は仰け反られた。


「な、ならば、目出度い……」

 御台所様は、扇子を優雅な仕草で煽られる。扇子は骨だけになっておるが、貴人の仕草は優雅にござる。まるで扇子に紙が貼られておるようでござる。


「……で、それでミウラの主の方は? いやッ! イオタ殿。初めての夜は、そのまま朝を迎えたということですね?」

「いえ。それから立て続けに三回」

 腕立て伏せと腹筋と足の曲げ伸ばしを一組として三回ヤッた。

「三回ッ!」

 引きつったような声を出された御台所様は、下唇を噛みしめ、屏風を睨まれる。屏風の裏から、なにやらゴソゴソと音が聞こえてくるのでござる。

 だから、屏風に何かござるのか? その向こうに何かござるのか?


「さ、三回も致せば、例えミウラの主と言えど、さぞやお疲れになられた事でしょう」

「最後は体力尽きて寝てしまいましたので、その後は記憶にございませぬが……。某が、一休みした後、さらに続けて二回。計五回連続でござる。某は、同数以上ヘバりましたが、何とか勝ったとおもいます」

 某の勝ちは譲らぬ。言った者勝ちでござる。歴史は勝者が作る物。


「ご、ごご、五回? ギリリッ! キシェエーッ!」

 御台所様の奥歯から歯ぎしり音が聞こえたかと思えば、骨だけになった扇子を投げつけられた。扇子は、分厚い屏風に見事突き刺さったでござる。まるで鋭い刃物でござる!


「御台様! 屏風の奥から、ガタガタと震えるような音が聞こえておるでござる! くせ者でござる!」

 某、膝立ちとなり、いつでも飛びかかれるような体勢を取る。


「おほほほほ! ネズミでございましょう! 縛られ転がされたネズミでございますわ! そうそう、イオタ殿もお疲れでございましょ? 五回も、五回も、情けを頂いたのですから」

 大事なところは二回言うという、日本人の習性がござるが、この繰り返しは、……情けってなんでござるかな? 

 ちょっと御台様、ゆで卵を狙う蛇のような眼で屏風を見つめて何を成される気でござるかな?


「お疲れでしょうが、……おなごたる者、よもや神獣様より後に起きられたのではありませんね?」

 いつの間にか、御台様の手に新しい扇子が握られておる。

「不肖、後でござった。目が醒めたらミウラの主が某の顔を覗き込んでおったので、びっくりいたしました」

「それはいけませんね! お叱りを受けたのでは?」

 御台様の眉が吊り上がる。


「それが、なんでも、ミウラの主は、『イオタさんの寝顔を見ていたかったので先に起きていた。もっと寝顔を見ていたかったのに』とおっしゃって――」

「キイィエヤァー!」

 御台様が扇子を真っ二つにへし折ったでござる。骨の破片が宙を舞っている。某、勘気をこうたでござる!


「申し訳ございませぬ!」

「はぁはぁはぁ! いえ、違いますのよ。イオタ殿を叱ったのではありませんのよ。ネズミを叱っただけでございます事よ。お優しいミウラの主とは大違いにございますわねぇ、あのネズミは。おーほほほほ!」

 御台様は手の甲を口元に当てるお嬢様笑いをなされた。いつか、某も取得したい技能でござる。


「おほほほ! 妾も今宵、御屋形様と大事なお話がございます。だれぞ御屋形様に伝えてくれぬか?」

 誰もいない屏風へ御台所様は声を掛けられておる。

「おほほほ……一笑いしたら疲れました。イオタ殿もお疲れでしょう。今日はゆっくりと体を休めなさいな。さがってよい」

「お心遣いありがとう御座います」

 一礼して、シュッと立ち上がる。心なしか、からだが軽いような?


「あ、そうそう。イオタ殿」

「はっ」

 御台様は、菩薩のようなお優しいお顔をなされた。

「神獣様は、……ミウラの主は怖くありませんか?」

「ハハハッ! 優しくて賢い方でござる」

「妾達は申し訳なく思うておるのです。イオタ殿に春をひさぐような真似をさせてしまって……」

「その事なら心配無用に願います。ミウラの主は面白きお方。某、一度で気に入りました。連れ合いに致すなら、あのようなお方が一番と思うておりまする」

 御台様は、にっこりと笑われた。大変お美しいお方にござる。年上というのが特によろしい。


「イマガワ館のこと、御屋形様のこと、よろしくお願いいたしますよ」

「お任せ下さい。この身に変えて!」

 緊張しまくった女子会は、こうして終わった。

 

 で、ミウラの元へ戻ったわけだか、イネ婆様が待っておられた。

 何でござろうかの?


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