10.決着
『水球ごと蒸発しろッ!』
カスガの放った雷が、スワの主の籠もる水球へ落ちた!
落雷のエネルギーは平均900MJとされている。カロリーに換算すると2億1千510万カロリー。これは2トン強の水を0℃から100℃に上昇させる量のエネルギーだ。その膨大なエネルギーが、たった1/千秒で叩き込まれるのだ。加えて、スワの主を守る水は伝導物質。
カスガの電撃が通らない訳がないッ! スワの主は伝導物質の中に閉じこもっているのだから!
『どうだ!』
スワの主を守る水球から余剰の稲妻が飛び散った!
青白い光が水球を包み……下部の枝を通して、スワの海へ雷が流れていった。
いわゆる避雷針? スワ湖の水が、雷のエネルギーを受け取り、拡散させた。
スワの主は無傷だった。水球を保持し、渦巻きの3つの竜も健在。
『あっれぇー? おっかしいいぞーぉ?』
バカみたいな顔してくちばしを開いているカスガの主である。
『ウルルル』
スワの主が唸る。水と空気を伝播して、辺り一面に音波が広がる。
たちまち渦巻きの竜が、四柱の神獣達にのびる!
カスガの主が風の防壁を出し、ムサシの主が土の防壁を出した!
水龍が二つの壁に直撃! 二つを貫通! 神獣達を直撃した!
水による破壊と質量の暴力。
水が引いた丘には、打ちのめされ、泥の中でのびた姿の神獣達。
『お、同じ神獣なのに……こ、この差は何だ?』
ダメージにより身動き一つ取れないでいるカスガの主が震える声を出す。
スワの主の周囲に、四匹の水龍の姿が。渦を巻いて、神獣を睨んでいる。
『ちょっと……次ぎはないな……』
ムサシのヌシは腹を見せたまま、動こうとしない。
『さすが。水君の二つ名は伊達じゃないか……』
イナバの主が守りに入った。
さらに――、スワの海の水位が下がった。四つの水龍がスワの主を守る水球と合体。一匹の巨大な龍に変わる!
スワの主は頭部に鎮座している!
さらにさらに――、ぶちまけられた水と泥を媒体として、無数のナリソコナイが起きあがってきた。いつも魔獣が作り出すナリソコナイの倍は大きい!
水面がうねり、水龍が体を伸ばす。真上から、神獣達の真上から、巨大な頭部が落下していく!
逃げ道はない。
『あ』
ナリソコナイ達が、一斉に飛びかかってきた!
あろう事か、神獣達は死を意識した。
『熱雷砲ッ!』
それは、野太い光の柱であった。
横倒しになった光の柱は、巨大となった水龍の首を軽々と貫き、水蒸気と化し、それを落とした。
湖に残された水龍の体はバラバラの雨粒になって崩壊。切り落とされた頭部から、黒く変色したスワの主が放り出された! 放物線を描いて落下する!
ポンポポン!
神獣に襲いかかってきたナリソコナイ達の首が、次々と飛んでいく!
「神獣ミウラの主の巫女、イオタ参上! 儀により助太刀いたぁす!」
イオタさんだ!
イオタさんが名乗りを上げている間にも、ナリソコナイ達が襲ってくる。
「小賢しいわ!」
武装型イオタさんが、抜き身の刀を振り回す都度、ナリソコナイ共の首がポンポン飛んでいく!
ナリソコナイが時間を稼いでいる間に、スワの主は水を集めて守りを固めた。
『皆さん! ご無事ですかぁー――』
ミウラも高速度で山から駆け下りてくる。
『――からのー集約電影弾ッ!』
プラズマ化、高熱化した青白い光の弾丸が無数に出現。スワの主を守る水の障壁を、雪だるまを削るが如く削っていく(文字通り)!
相性がよいと一方的な蹂躙戦になる、という良い見本だ。
『丸裸になったところでぇー雷撃!』
雷が、スワの主の脳天に落ちた。
――三ΦωΦ三――
スワの主は悲しい主でござる。
スワ大社の宮司様が語られたお話は、スワの主に纏わる悲劇にござった。
とはいえ、またもやでござる。
フシミの主と似た内容にござる。
「スワの主にも巫女様がおられたそうな。……ずいぶんと昔話にござる」
ズタボロになった神獣様方を前に、某が宮司様から聞いたお話をかいつまんで伝えることになった。
スワの主は……ミウラの前足の下で伸びておられる。口を開けて舌を出して。ぐったりしておられるが死んではおられぬ。
「フシミの主と違ったのは、巫女殿の体を求めなかったところにござる。巫女殿は愛してもらっておったのだろうな。体に触れることで嫌われるのを恐れたのでござろうな」
巫女殿と致しておられぬのだそうな。その証拠に、巫女殿は獣人化しなかった。
「その代わり、寿命が早く尽きた。巫女殿は病気で亡くなられた。なくなられる前に、巫女との会話を当時の宮司様が盗み聞きしたそうな。スワの主は主をやめる、と仰せでござった」
主をやめる。代々の宮司様が申し送りしてきた秘密だったらしい。それを、某に話してくれた。
神獣様の巫女である某ならなんとかできるかも、という希みからでござろう。
「さりとて、魔獣は出てくる。巫女殿の一族が住まうスワの国、カイの国で、魔獣をのさばらせるのも業腹だったのでござろう。魔獣だけは退治しまくったらしい。それも、獅子が鼠を仕留めるが如く。全力で」
『鼠じゃなくて兎です』
……スルガでは、そうとも言うらしい。スルガ国分法的にどちらでも良いとされておる。
それはともかくッ!
退治の仕方が乱暴すぎたそうな。
この国の者はスワの主を荒神と見なし、魔獣であるが如く恐れているという。
「されど、なぜ魔獣のごとき気配と風貌を身に付けたのか。その理由は解らん。神獣に攻撃を仕掛けた、その理由も解らぬ。スワの主に聞くしかあるまい」
みんなの目がスワの主に集まった。濡れ鼠で、泥にまみれ、地に伏し、ミウラのようなネコにまで足蹴にされた。
『女々しいやつ』
カスガの主でござる。
「それは酷いお言葉ではござらぬか? 一撃で落とされたうえ、格好よく再登場し、勝利を確信し上から目線で必殺の雷撃を撃ったのに、倍返しされたカスガの主のお言葉とは思えぬ!」
『グハァ!』
心臓に衝撃が走ったらしい。カスガの主は羽で胸を押さえた。
「……カッコ悪ぅ」
追撃でござる。
『無念』
カスガの主は、飛沫を上げて泥の中に突っ伏した。泥まみれ二号にござる。
して――、スワの主にござる。
「想像は付く。お気持ちも理解できる」
『……何が解るというか。いいや、答えんでよい』
スワの主が目を開けられた。ミウラは、押さえていた足をよけ、二歩三歩と下がった。
『そこのネコ。なぜ、もう一度、最初のを撃たなかった? 撃てば殺せた』
『うーん、そこなんですがね……』
ちらりと某を見る。
『イオタさんと相談してね。話を聞こうかって』
『甘いことを言う』
スワの主は、まだ泥の中で寝そべったままだった。
某らはスワの主に情けをかけたわけではない。本当の狙いは……
……スワの主を殺そうと思えば今すぐにでも殺せる。それをしないのは、ひとえに面倒事が降りかかってくるからに他ならぬ。
面倒な事とは、カイとシナノの防衛問題にござる。責任をとってミウラの主が面倒を見よ、などと言われかねない。それでなくとも大小合わせ四カ国を守護しているのでござる。ここへもう二カ国の守護? 手が回らぬわ!
のんびり生活ができぬ故に、生かしていたまで。
されど、某もミウラも、この場の真面目な空気を読んで、言葉にはしない。先ほどの、目による合図は、それ言う空気じゃないよね? の確認でござった。
『儂に教えよ、ネコの巫女!』
「そこの自称虎であるネコは、ミウラの主。某の名はイオタ。人の身である某が、神獣様に何を教えよと仰せか?」
ネコの巫女。それが妙なツボに刺さったでござる。笑いを堪えるため、しかめ面をした。
スワの主の赤い目が、某を捕らえておる。
『その姿をした巫女に聞く……』
その姿とは、ネコ耳ネコ尻尾にござるな?
『……ミウラの主が死んだら、イオタはどうする?』
「ふむ……」
己の半身に先立たれた経験がござる。
前世で……ミウラが先に死んだ。死因は老衰。
当時、某も結構な老境にいたが、まだシャキッとしておった。あと十年は走り回れると自他共に認めておった。
それがどうであろう。一年も経たず、老衰で死んだ。
「ミウラの主が死んだとしたら、一年以内に死ぬ自信がござる」
経験による……。
ひょっとして?
「死にたいのに死ねない?」
スワの主が視線を僅かに逸らした。図星でござったか。
「話なら聞こう」
『話など聞いて欲しくない。解決策が欲しい。もう……どうにかしてくれェ!』
前半は怒りから。後半は泣き声でござった。
「怒ろうが叫ぼうが、思い出は頭から消えませぬ。消えて欲しい記憶ほど消えてくれぬものでござる」
されど――
「人の性格や生き様、人格は記憶が作る。人の本質とは、記憶なのでござる。スワの主がスワの主であらせられること、すわわち、スワの主の記憶によるモノにござるよ」
前世で……某とミウラの旅。楽しいこと辛いこと、笑ったこと泣いたこと。それらがあってこその某、イオタでござる。
生まれ変わっても記憶が残っているから、巨大ネコとなったミウラを愛せる。ミウラも某を愛せる。
「輪廻転生があったとして、記憶を引き継がぬのが常。死とは、記憶を消去する事に他ならぬ。それが良いのか悪いのか? ならば、想いを胸に生きていくしかございませんよ」
記憶が残されたという事は、死んでおらぬということ。
ミウラを見る。ミウラも某を見る。
我らにとって、良いことなのでござるよ。
『そうか……その手があったか……』
スワの主がムクリと起きあがられた。
『肉体を滅ぼせぬのなら……』
「何を考えておられるスワの主! 早まるな!」
それは勘だった。神獣は死なぬ。殺されぬ限りは。スワの主がこれからしようとすることは!
「良き思い出もあったでござろう? 巫女様からの思いも捨てるというのか!?」
死ねぬのなら、全てを真っ新にする。神獣ならそれが可能なのか? 知らんけど!
『苦しいんだ……』
スワの主の体がボウと淡く光る。
『逃げたいんだ……』
纏い付いていた黒い霧を押しのけ、蜜柑色の淡い光がそれに取って代わる。
『トウ女、儂はもう…だめだ…』
それは一瞬だった。
ズッって音を立て、一際強く光った。と思うたら、光が消えた。
スワの主は……あれだけ大きかったスワの主の身体が、ミウラと同じほどの小さき体躯になっていた。
毛皮の色は、元の色なのでござろう、白灰色に。
閉じられた目が開く。茶色のクリクリとした目でござった。




