8.スワ
「ご報告申し上げます!」
コジロウ殿がミウラの言うところのニンジャスタイルで傅いていた。
実を申せば、コジロウ殿にある調査を依頼しておいた。
マンザワ郷とカイの国、そして、ここスワの地で、スワの主の風評調査を依頼しておいたのだ。
同行させた上、たった一人で? と聞いてくださるな。ミウラが言うには『ニンジャが一人で働く? それもフウマニンジャが? ナイナイナイ! 絶対無い! あと5人は影共として連れてきてますって!』との事でござる。
よって、調査は影共の方に依頼し、コジロウ殿がそれを纏め、報告するとした。
東の空が明るくなると共に目が醒めた。
コジロウ殿は、すでに着替えて待っておられた。
霧雨降り止まぬ曇天の下、コジロウ殿から、報告を聞いていたのでござる。
コジロウ殿の報告は、ある程度は想定内。ある程度は予想外でござった。
――スワの主の評判が、すこぶるよろしくない――
報告が一段落付いたときでござった。
「お宜しいでしょうか、巫女様」
廊下で頭を下げておられるのは、上のスワ大社の宮司殿にござる。
「如何致した?」
宮司様はコジロウを見た。聞かれたくないのでござろうな。
「コジロウ殿、申し訳ないが下がってくれ。あと、聞き耳立てるの禁止」
『天井裏と床下に潜るのも禁止』
「――でござる」
「畏まりましてございます」
「スワの主に関するお話がございまして……」
宮司様の顔色が、紙のように白いでござる。
念のため、ミウラが結界を張った。
――三ΦωΦ三――
イオタとミウラがスワ盆地へ入た翌日の朝、まだ日が昇らぬ頃の出来事だった。
イズモの神獣イナバの主(兎さん)、エチゴの神獣カスガの主(梟)、ミノウの神獣ギフの主(蛇:肋骨可動型)、ムサシの神獣ムサシ(土竜)の主の四柱はスワ盆地の北、マツモト盆地で合流。シオジリ峠を越えるルートで、スワ盆地へ足を踏み入れた。南下したわけだ。
イオタとミウラが、スワ盆地へ入る北上ルートと反対側のルートを使ったのだ。
一度スワへ来た神獣もいるが、当地を治める神獣の許可なしに跳躍するのは礼儀知らずのルール違反という共通認識があるので、歩きである。何度か接触を試みたが、ことごとく無反応だったから、仕方ないよね。
――ちなみに、カスガの主は梟なので地上を歩くようには出来ていない。蛇の体をもつギフの主の体に止まらせてもらっている――
して――
スワ盆地の境界線を越えたところだった。
一匹の魔獣が、四柱の神獣を待ち構えていた。待ち構えていたという表現がぴったりなシーンだった。
四つ足の牛に似た見かけの魔獣。イナバの主とムサシの主より一回り以上大きい体躯。
『ほう?』
ギフの主が目を細めた。
巨体を誇る魔獣が一歩前に出る。
その後ろから、二匹の魔獣が左右に広がった。
さらに歩を進めると、左右の魔獣の後ろからもう一匹ずつ姿を見せる。
計五匹の魔獣だ。
そいつらは訓練されたようにフォーメーションを組む。両端が最前に出る。扇状に位置取りをした。まるで、神獣を通さぬといった意思を表明しているかのよう。
『粋な事をする』
イナバの主が口の端を歪めた。お喜びになっておられる。
『見所のある魔獣だ』
ムサシの主が前足を上げる。
『では、なるべく苦しまぬ様に』
カスガの主が翼を広げ――すぃっと上空へ!
『疾風ッ!』
カスガの主が力を放たれた。するとどうだろう、先頭の一匹が風に掬われ空を舞う!
『斬!』
魔獣の体が切り刻まれた。
『雷よ!』
固体化した空気を打ち砕く音。黒焦げになった魔獣が落下。地を跳ねながら崩れて消えた。
『火塊!』
イナバの主が口から火を吹く。黒焦げになった魔獣が崩れ落ちる。
『土筆!』
魔獣の腹の下から土の槍が出現! そのまま突き刺し、背に抜けた。ムサシの主の御力だ。
槍の先端が傘のように開き、元来た道を引き返す。突き刺された魔獣が、地の下に消えた。
ここまで3匹の魔獣は一歩も動けず、滅ぼされた。
最後の1匹は彼らと違う。ギフの主の間近まで……迫ろうとして、足が縺れて倒れた。
見る間に黒く炭化し、グズグズに崩れて消えていく。
『毒にはこういう使い方もある。物々しく登場したわりに、呆気なかったな』
羽音を立てることなく。カスガの主が着地した。
『せめて倍は欲しかった』
『わたしは3倍欲しかった』
イナバの主が余所見しながらぼそりと言った。
『たった3倍か? 私は4倍でもいけるが?』
ムサシの主が、オイオイという顔をしている。
『私が一柱で事足りる。皆の衆は危険だから下がっておられるがよろしかろう』
ギフの主が混ぜ返した。
『あ?』
『お?』
『ん?』
神獣様方は、暴れ足りないご様子。
してて――
ある地点を過ぎてから、少しずつ神獣様方の雰囲気が暗くなっていく。
シオジリ峠を過ぎてすぐ、視界が広らけた場所に出た。
日が登っているはずだが、厚い雲に覆われ、どこにあるのか見つけられない。遠く、ベターっとしたスワ湖が目に入る。曇天が湖面に映り、重い鉛色に見える。
『……魔獣の気配を感じておるのは我だけか?』
カスガの主がぼそりと呟いた。
己の領内は別なのだが、他の領地だと、魔獣を察知出来る距離は半径が約五キロの円内に限定される。遮蔽物やモロモロの干渉で不安定な部分もあるし、開けた場所だと五キロ以上の距離でも関知できる。デジタルでもないので、だいたい半径五キロの円が感知可能半径であった。だいたいね。
だから、スワの主が寝起きする場所までカバー出来ている。
『近づくごとに濃厚になっていく。特にあの辺り』
イナバの主が、後ろ足で立ち上がり、前足を斜め前に突きだした。
そこは、スワの海。スワの海の北東部だ。
『嫌なことを言ってやろう』
『断る』
カスガの主の提案をムサシの主が断った。
『あそこの近くにあるのは下のスワ大社だ』
『……あくまでスワ大社の近くである』
相変わらず……、ムサシの主が否定した。
『だったらいいのにな。賛成してくれれば、我が見てくるが?』
カスガの主である。ひとっ飛び行ってこようと言っている。
人ンちの庭のお空を飛ぶのだから、公式に認めなければならない。神獣の公式とは、3柱以上の賛成票が入り、かつ賛成票が反対票の数を上回る事をもって成すとされている。なにかと不便だが、神獣の縛りであるからしかたないよね。
『賛成である』『賛成』『賛成する』
3票入った。反対票は無し。公的に認められた。
『じゃ、行ってくる』
カスガの主が羽を広げた。音もなくフワリと浮き上がる。
未確認飛行物体的な急上昇の後、ゆっくりとS字を描きながら下のスワ大社の上空へ。
空を滑るように……湖面を割り、打ち上げられた砲弾に打ち抜かれた!
『ああーッ!』
『カスガの主ぃーッ!』
カスガの主は羽根をたたみ、錐もみ状態で墜落。
神獣達もただ見ていただけではない。攻撃があると同時に走り出した。この訪問団に、下の大社まで空間跳躍できる神獣が一柱いた。それが墜落中のカスガの主である。二重の意味で役に立たない。
見守る神獣達の視界からカスガの主の消えた。墜落予想水面まで、5キロ強。全力疾走で1秒100メートル走れる(平地無風状態の平均:格差あり)神獣であるが、5キロ走るには、最速でも50秒必要だ。それも直線距離で。
夜が明けてすぐ、スワの里を突風のように駆け抜けていく神獣達。里の人は何事かと驚き、一部は恐慌状態に陥った。




