2.卒中
「動かすな! 卒中でござる!」
ええっ! とみんなビックリして手を引っ込めた。
「ミウラ、神通力で何とかならぬか? 卒中は、起こったばかりだと何とかなるとその方から聞いたことがある!」
こそっと、唇を動かさずミウラにだけ聞こえるような小声で呟いた。
『今なら或いは。ですが、神獣は人へ干渉してはいけない決まり。破るわけにはまいりません』
「ここに居られるのは御屋形様の側近ばかり。漏れることはない!」
『決まりですので』
「金儲けに目が眩み、酒を造ったのは誰でござるか? 御屋形様が酒好きと知った上で!」
『わたしございます。ちっくしょー! 荒治療でよければ何とかしましょう! ただし、確実に治るとは限りませんよー!』
「各々がた! お聞き下され!」
某が、声を少しばかり張り上げると、皆様、こちらに注意を向けられた。みなさん、顔に助けてと文字を書かれておられる。
「簡潔に話します。ミウラの主のお力なら、御屋形様を救えるかもしれませぬ。されど、神獣が人の命を助けるのは禁じられております。しかし、幸いなことに、ここにいるのは我ら数名。この数名が黙っておれば、御屋形様は復帰できましょう。復帰できなければカイ戦線ならびに対シバ氏に如何様な影響が出るや? 漏れれば、ミウラの主が、スルガを離れる事となりましょう。さて、如何致しましょうや!?」
一気に話した。
「お願いいたします!」
「我ら、御屋形様に忠義を尽くす者! 決して口外いたしませぬ!」
「助けていただけるなら、墓場まで、いや、あの世でも口を開きませぬ!」
みな、膝を床に付けて頭を下げられた。
「家族親族、如何なる者にも話しませぬ。書き物にも残しませぬ。どうか、どうか、御屋形様のお命をお救い下さいませ!」
オカベ様が、みんなを纏めた。
「違えるとミウラの主に生きたまま腹から囓られ、スルガの国が火の中に沈みますぞ! ではミウラの主!」
『少し準備をさせてください……うーんうーん……』
ミウラが準備をしている間に――
「皆様方、たとえ御屋形様が戻られてもしばらくは動かさない方がよい。ならばその理由を考えねばなりませぬ!」
「ならば、酒の上の過ちで、ミウラの主の勘気を買い、軽くシメられた、という筋書きで如何かな?」
オカベ様がすぐに言い訳を考えられた。ずいぶん慣れたご様子。
「ミウラのヌシ様はすぐに許されたので、そこのところはもう空気を読んで突っ込まないで、という筋書きは如何か?」
日本人の弱点を突いた良き案でござる!
「では張り飛ばされたので、ちょっとクラクラする。大事をとって横になっておこう?」
「その辺で行こう!」
三人以上寄れば、文殊以上の知恵。素早く考えが纏まったでござる! ガバガバな気がするも、見たところ破綻はござらぬ。
『準備完了! 行きますよ! 血栓退散! トゥ!』
ミウラのネコぱんちが御屋形様の頭に炸裂! 御屋形様は思いっきり転がった。壁にぶち当たり、反動で元の位置まで戻ってこられた。
「おーい! ミウラ……の主ッ! それ必要でござるか? 死んではおらぬよな!」
ぶつかった柱にピチピチと血痕が付いておるぞ!
『固まった血だけを選別してはじき出すのに、横方向の勢い(ベクトル)が必要なんですよ!』
「う、うーん! ど、どうしたことか?」
御屋形様が目を覚まされた。
上半身を起こされて、頭に手を置いておられる。……頭にはでっかいたんこぶが!
して――
説明を致した。
「それは! 危ないところであった!」
「まことご無礼仕りました!」
ドゲザでござる。オカベ様方もドゲザにござる。
「いや、よい。むしろ感謝じゃ。さすが神獣様! ミウラの主は命の恩人じゃ。心よりお礼を申し上げる。もちろん、他言は致さぬ!」
ということがあって、一件落着にござる。
後は任せ、逃げるようにイマガワ館の我が家へ戻ってきた。
「お帰りなさいませ……どうかされましたか? お顔の色が?」
顔色に出ておったか! 側番の方に疑われたでござる。
「いや、なに、イオタの主のご気分が倦むことがあってな。いや、些細なことでござる。よって、しばしミウラの主をお慰めいたす故、人を近づけないでいただきたい。では!」
『おっ! わたしが分からせられるんですね! ご褒美がいただけるんなら、何度でも脳血栓を治療いたしますよ!』
「何度も御屋形様を張り倒されては、某の心臓が保たぬわ! むんっ!」
開閉式の雨戸を力一杯閉めた。
こうして御屋形様の寿命が延びたのであった。
『正史ではどうなってたんだろう? 命が助かっても寝たきりだったら、家督相続とかで歴史が大きく変わるんですけどね』
「そもそも、清酒を造らなければ卒中そのものが防げたかもしれないのでござるよ。差し引きで無し、ではござらぬか?」
『ではそういうことでッ! 記憶から消すため、うつ伏せになって腕立て伏せします!』
「某も記憶を消すため、仰向けになって腹筋致す!」
『記憶が消えるまで出られない部屋ッ!』
ふんすふんす! ばたんばたん! とネコ二匹が、暗くて閉めきった部屋で汗をかいておったそうな。




