7.キョウ・帝
翌日。翌朝。いよいよキョウ入りでござる! キョウに挿入でござる!
『滾ってますね』
『興奮するのも良いが、キョウを見て、夢との差に絶望するなよ。あと挿入は間違いな』
何をおっしゃる狐さん。でござる!
普通、ここからキョウまでは、少なく見積もっても丸一日歩き通しにござる。
されど、こちらには空間跳躍という神通力がござる。
縄張り内ならどこへでも飛べる。縄張り外でも、一度行ったところなら飛べる。先に飛ぶ神獣様の後に続いてなら、初めての場所へも飛べる。
そういうことなので、昨日に引き続き、神獣様の巫女装束のままでござる。
通常ならサカモトの町へ出てヤマシナあたりからフシミ神社に詣でて、キョウへはいる道なのでござる。或いは、西方へ山歩きをして左キョウから入る道もござる。
「昨日のうちに、使いを出しております。話は通じるかと思います。気をつけて行ってらっしゃいませ」
大宮司様に見送られての跳躍でござる。
虹の輪をくぐり抜けた先は、平地でござる。
「ここがキョウの都でござるか-。へー!」
碁盤の目に伸びた大通り。
あちらこちらの家々が焼けこげていたり、崩れ落ちていたり、ぼろを纏った浮浪者が彷徨いていたり……。あれは寝ておられるのかな? 道ばたで。紫色に変色して。
『JR京都駅がたしかあの辺にあったはずですが、巨大亀との決戦で壊れちゃったかな?』
『キョウは荒れておる。特に下のキョウはな。とりあえず、現状を認識しておいてくれ』
「はぁ……しかし何故かような?」
『イオタさん、応仁の乱ってご存じでしょう? 実はアレ、まだ続いてるんですよ』
「なんと!」
大権現様が生まれる前に落ち着いておればよいのでござるが……
『もう一度飛ぶぞ』
「あ、はい」
フシミの主に付いて、もう一度飛んだ。
して――
出現した場所は、何処かの大きなお屋敷の庭にござる。白砂が敷き詰められ、松などが植えられておる。立派な庭園にござる。
視界いっぱいに広がる大きなお屋敷。向こうの方にもお屋敷が幾つか。渡り廊下で連なっている。どれもこれも造りが丁寧でかっちりしておる。さぞや名のあるお方の屋敷でござろう。
某がキョロキョロしておると、屋形の奥やあちらこちらから、人が湧いて出てこられた。
どなたも色とりどりの……狩衣の立派な? 重厚な? 頭に冠が?
『フシミの主。ここはどこでござるかな?』
『内裏の庭だ』
はて? ダイリとは?
「ミウラ?」
『京都御所ですね。禁裏とも皇居とも言います』
「ブッ!」
あやうく、唾を息をする方へ飲み込みそうになった。
『お迎えがお見えですよ』
黒い束帯にぴよんと撥ねた冠。手には笏。同じ装束の方々がぞろぞろと足早に……
してて――
御簾を垂らしたお座敷に映る薄い影を前に……
「こちらにおわすお方は、ヒエイの神獣様、フシミの主。トラジマなのは、某の主、スルガの神獣様、ミウラの主にございます。そして某はミウラの主の巫女、イオタと申す者。以後宜しくお願い申し上げたてまたつられります!」
むっちゃ噛んだ! 死罪でござる!
フシミの主は、殿上へ上がり込み、手前勝手にウロウロしておられる。ミウラは濡れ縁というか、縁側で香箱座りをしておる。めっちゃ眠そうな目で。
やんごとなきお方がたは、それを見ても何も行動を起こさない。むしろ、神獣の親密さにお喜びのご様子。
ちなみに、某は庭に座して伏しておる。
『イオタ、そんなところに座ってないで、上がれ上がれ。遠慮するな。我が家と思って横になっても良いぞ。一緒に朝昼寝するか?』
「フシミの主は、そう仰せでござるが、一般人たる某には無理な話にござる!」
だって、あの御簾の向こうは帝でございます事よ! 見れば目が潰れるでござる! まだ失明したくないでござる!
『イオタの旦那は江戸時代のお武家様ですからね。無理もない』
ミウラ! これミウラ! そこから降りよ!
某が必死で合図を送るが、ミウラは見ようともせぬ。後で覚えておれ!
御簾の前でひな人形五段飾りのように、或いは綺羅星の如く居並ぶ方々が某をじっと見ておられる。
御簾の中で影が動いた。横で座っておられる方が体をかしげられた。
「神獣様の巫女イオタ。帝より、特別に直接言葉を交わしても良いと許可が出た」
「うっ、うげぇぇー!」
へへー、と嘔吐を間違えたでござる。変な声で応じてしもうたでござる。
御簾から手が出て、横へ払われた。中から、若くて色白で一重まぶたで、源氏物語絵巻に描かれている後期型光の君そっくりのお方が――
帝でござる!
見てしまったでござる!
「イオタよ――」
『ちょっと失礼いたしますよ』
お声が掛かったが、帝の目の前を狐が横切ったでござる。
『おっ! ちょうどいい隙間を見つけました。隙間チャンス!』
人がいなくなった御簾の中にネコが入ったでござる。
某、意識を手放していいかなぁー?
して――
帝がわざわざ、某の目の前に……刀が届かない位置に……はっ! 刀ッ! 収納へ入れたままでござった。
「先ほどから、イオタの話を聞いておったが、神獣様と会話が出来るというのは本当であるな?」
「ははーっ!」
何を言って答えれば良いのか分からん! とりあえず、目は帝の胸元までしか上げてはナラヌ!
「ほほほほ、朕を前にして緊張するのは分かるぞ。されば、そのままでよいから聞くがよい」
「ははーっ!」
目がグルグルでござる!
「イズモの大社のことである。こちらの手によって、無事解決を見た。イオタには迷惑を掛けたと朕は思う」
「ははーっ! もったいなきお言葉ぁーっ!」
あったまグッルグルでござる。
『イオタの旦那、それ、帝が謝ってるんですよ。モブの村人に置き換えるなら、ドゲザして謝ってるシーンです』
「へぇっ! へへーぇーッ! 某、全く何とも思うておりませぬ! 全方位に対し、いささかのこだわりもございませぬ!」
うっ! 汗が目に入った! 痛い!
「そう言ってもらえると、朕としても嬉しい。……神獣様のお考えは聞けるかの?」
「はっ、ははー!」
帝が何言ってるかちょっと判らない。頭が……。
『えーとね、神獣様もこだわってませんって言ってください』
『だな! だが、次は場所を変えるとだけ伝えておけ』
「えー――」
その様に伝え申し上げ奉った。上手く言えたかは自信ない。あと、記憶が片っ端から飛んでいくの何とかして!
してて――
いつの間にか一つの話が終わり、別の話に変わっていた模様。
「イオタよ、あらためて神獣様を紹介してくれぬか?」
「へへーっ! あちらでウロチョロしておられる九尾のお狐様がフシミの主にございまする!」
『ただ今ご紹介にあずかりました、九尾の狐ことフシミである。この挨拶、結構気に入っておるのだよ』
「おお、やはりフシミの主! 間違えてなくて良かった!」
一同皆様方から安堵のため息が漏れる。
「そっちでお行儀悪く寝転んでおられるネコが、我が主、ミウラの主でございます!」
『ただ今ご紹介に……ちょっとまってくださいよイオタの旦那! わたし、この世界に生まれて、アレです、わたし、虎に生まれたんですけど? ほら、サイズ感的に虎だし、縞々だし、迫力ある格好いい面構えだし!』
某だけではなく、フシミの主もキョトンとしておられる。
「ミウラ……の主はネコでござろう? どこの世界に黄色と、もっと濃い黄色の縞々虎がおるというのでござるかな?」
『ここに! ほら! 虎! よく見て! 恐ろしい虎!』
某、フシミの主に尋ねた。
「顔はカワイイでござるよね?」
『うん』
「ほら、フシミの主も!」
『違うって! 絶対違うって! 虎だって!』
「ならば、虎らしく鳴いて見せて?」
『ニャァーオオゥ!』
「ほら、ネコ」
『あああああー! 認めたくないっー!』
ゴロゴロと転がるミウラ。器物を破損するでないぞ!
「まこと、神獣様と会話できのであるな」
帝が確信なされた。できれば威厳を無くした声など出さないでいただきたい。
「お恐れながら……」
誰かが何か言ってる。端っこの方の人だけど、帝との会話を切り上げられるならオッパイ見せてもいい! 助けて!
「……件のこと、私にも責任がございます。私からも一言詫びを申し上げたく存じます」
『もう済んだ話なのに……』
『武家はしつこいから嫌いなんだ。公家もしつこいから嫌いなんだ』
「ムロマチ殿、興ざめでおじゃりますぞ。帝はもうすでに別の話をしておじゃるのに」
この声は、東風様にござる。助けて東風様! 脇の下が汗でえらいことになってござるのよ……え?
えーっと、ちょっと待って、いったん落ち着こう。
ムロマチ殿ムロマチ殿……まさか、ムロマチ幕府? アシカガの将軍様、公方様?
公方様が某にお声を!?
『アシカガの何代目かの将軍ですなぁ』
『ろくな話じゃないぞ、気をつけろイオタ!』




