6.キョウへ・ヒエ大社 神獣様の巫女
小宮司様のお話がはじまった。
「まず、その、かなりきわどい事をお伺いいたします。……その、イオタ様は、その……ミウラの主のお相手をなされておるという……その……あの……判断で、よ、宜しいのでしょうか?」
小宮司様の目が盛大に泳いでおられる。大宮司様や宮司様に視線を投げかけながらのお話でござるが、両者とも目を合わせてはくれなかった模様。
「その通りにござる」
「え?」
それが正しいと推測しておったはずでござろうが、正面切って肯定され、動揺しておられる。
「そ、それで、踏み込んだことをお聞きしますが、その、イオタ様は何ともないので?」
んーんん? ……誰かも言ったおったな。獣を相手にして心が壊れぬのかと、そう聞いておおられるのでござるな?
「これは、部外秘にしていただきたいのでござるが……」
「「「ふむふむ」」」
身を乗り出して聞くことでござるか? 美少女から。……聞くことでござるな!
「某も、それなりに楽しんでござる」
「「「ほぉ!」」」
三方の声が合わさったでござる。息ぴったりにござる。
「えー、では、前振りのお話はここまでと致しまして……」
「本命かと思うてござりました」
「こほん! 何故こんな事をお聞きしたのかと申しますと――」
「いまさら誤魔化されても」
「――フシミの主に纏わる悲劇のお話にございますッ!」
力ずくで誤魔化しに来られたでござる。
「今を遡ること百と数十年。フシミの主にも神獣様の巫女が現れたのです」
なんと! ……されど、某も現実にいるのだから、先に巫女の一人や二人、十人や二十人、おられても不思議ではない。
「言い伝えにございますが……その巫女様も、イオタ様のように若くて美しいおなごでした。フシミの主のお言葉を理解できる神通力をお持ちでございました……」
大宮司様より、詳しいお話をお聞きいたした。
その巫女様はフシミの主に仕えることとなった。フシミの主は大喜びいたしたそうな。……そりゃそうでござろう。言葉を使い人と意思を通じ合えるのでござるから。要らぬ誤解も解けよう。
巫女様は献身的にフシミの主にお仕えしたそうな。
フシミの主も、巫女様を悪からずお思いであった。それは、巫女様への恋愛感情へと結びつくのに想像が難くなかった。
フシミの主は、己を受け入れてくれるよう懇願した。巫女様は喜んで受け入れられた……かに見えた。
何度も情を通じる内に、某と同じく、狐耳と狐尻尾が生え、妙竹林な神通力も得た。
そして、ある日、巫女様は自害なされた。
遺書が残っておった。巫女様の兄上にも手紙が行っておった。
その内容は……悲劇にござった。
神獣様と言えど、見た目はケダモノ。ケダモノに肌を許す嫌悪感。
そして、獣人化。人でなくなったとの思い。
肌を合わせる度、神経を削られ、嫌悪感が積み重なっていく。
されど、家や親族のことを思えば、温和しくフシミの主と肌を合わせるより他にない。表面上はにこやかに。心を気取られることなく。
あげく、巫女様は突如気がふれた。あげく、自死にござる。
巫女様の兄、及び両親は、フシミの主を恨んだ。呪った。だが、神獣様は絶対権力。呪いの言葉を口に出すことも憚られ、恨み骨髄の相手に、申し訳ないと娘の非を詫びた。
フシミの主は巫女様の死に悲しんだが、その理由を知り得なかった。
真実を知ったのは、巫女様の一族が、集団自害して果てた後でござった。
フシミの主は、以後、人と深く係わることをおやめになった。
「……と、このようなことがございまして。実は、他の巫女様でも、似たような話を耳にしております」
大宮司様のお話はひとまず終わった。過去の巫女様は、全て気がふれられたとか……。
「……なるほど。斯様な過去がござったか……」
だから、某を心配したのでござるな。
「……ご安心めされよ。お方がたが心配なされるような事は、某にはござらぬ。某は、ミウラの主を愛しいと思うておる。夫婦とよばれるか、夫と妻とよばれるか、その様な関係だと思うておる。無理な話でござるが、子を欲しいと思うた事も一度や二度にあらず。もし、某が自死するときが有れば、それはミウラの主の身に何かあった時。我らはそういう関係でござる」
「では、イオタ様は、その様なことはないと?」
某のネコ耳とネコ尻尾にお三方の視線が集まる。
「これは……」
耳を指で摘む。
「……某のお気に入りでござる。可愛かろう?」
にっこり笑う。お三方もウンウンと激しく首肯なさる。その方ら、そういう性癖ではござらぬであろうの?
「この姿、はっきり言おう。獣人化した姿が某の本来の姿にござる!」
嘘ではない。
「この獣人化した姿が某の誇りであり、誉れであり、自慢でござる。ミウラの主は一目見て好きになった! ……某、かわったおなごでござろう?」
そこでウンウンと頷くなかれでござる!
「されば……さればありがたく……フシミの主様の悲しみも……ありがたく……」
大宮司様は、涙を隠すように下を向かれた。
「フシミの主が、我ら人の前に自分からお姿を再び現されたのは、イズモからお帰りになってから。あの文を頂いたときよりでございます」
小宮司様も眼を赤くしておられる。
「我ら、神獣様に仕える者として……」
小宮司様は、言葉を続けることができなかった……。
して――
ヒエ大社でお泊まりにござる。
お泊まりは、何故か本殿でござる。四方が開けていて、寒いのでござるよ。
衝立一つ無いのでござる。開閉式の蔀も設置されていないのでござる。
三月といえど、夜は冷えるのでござるよ。
夜着に着替えたらより寒くなったのでござる!
「しかたない。ミウラ、抱け」
『はいはい。えーっと、致す方の抱き方ですか? それともつまらない方の抱き方ですか?』
「衆人監視の下で致して良いのなら、受けて立つが?」
『つまんない方で抱っこします』
ミウラは某を後ろから抱え込み、頭を某の首筋にくっつけた横になった。ぬくぬくでござる。
『……おまえら、いつもそんな風にして寝ているのか?』
フシミの主が細めた眼で某らを見下げておられる。とても冷たい目だ。
「ふっふっふっ、男のヤキモチは醜いでござるよ。フシミの主は、そこで指でもくわえて寝転がっておられよ」
『ぬかしておれ!』
フシミの主は、フンと荒い鼻息を付いて、前足の上に顔を置き、寝そべられた。
『まあよいではありませんか』
「大勢で寝た方が寂しくないでござるよ」
『バカにするな人間!』
「ほらほら」
夜着の胸元をほぐして、谷間を見せる。
ゴソゴソと床を這いずり、寄ってこられた。
「異常に近いのでござるが?」
フシミの主は某に触れんばかりの近くで寝ておられる。
『ふん! 巫女が風邪でも引かれてはわたしの面目が潰れるからな! しかたなくだ!』
フンフン言っておられる。舐められたら嫌なのでオッパイは仕舞っておく。
「期待されては困るのでござるが、某、ミウラの主と添い遂げるつもりにて、浮気はちょっと……」
『だれが他者の巫女を欲しいと言った!』
『いや、ネトラレ……わたし的には有りでございますッ!』
じっとミウラを見つめる某とフシミの主の目。
『なんですか、そのチベットスナギツネのような目は!?』
「さ、寝るでござるよ」
『愛のない致し方はごめん被る』
こうして、風よけを得た某は、ぬくぬくと寝たのでござるよ。
ああ、明日はいよいよキョウでござる。




