2.帰宅
イオタ家大争乱はタケマルとウメマルの泣き声で、終焉となった。
でかした! 弟たちよ!
お口直しに、アタ川の温泉旅行の話をした。
そこへ旅行する切っ掛けとなったイズモのお話もせずにはおけなかったので、重たい部分はサラッと流した。
「まあ! 各国の神獣様とお話を?」
「姉上、しゅごい!」
「何とご立派になられて!」
「末代までの語りぐさにございますよ、お嬢様!」
受けが良かった。さっきまでのお怒りは、完全に静まったでござる。さすが神獣様にござる!
「でのう、フシミの主の好物は……」
それぞれの好物のお話をした。ここ、別に秘密でも何でもないから。むしろ知ってもらいたいと神獣様も仰っている。
「へぇー! 聞いてるだけで寿命が四十五日延びた気がいたしやす!」
「隣のおサンにも教えてあげなきゃ!」
等々、受けが宜しい。大受けでござる! ちょっとだけ自慢でござる!
続いて、アタ川温泉旅行。これはイズモ行きのご褒美と言うことにした。あんまり心配をお掛けしてはいけないから。
「……とまあ、そんな感じで、一緒に露天風呂に入らせていただいた。外の空気が寒い中、熱々のお風呂が気持ちよいのでござる。時に夜中に入る風呂も良い。夜空に満天の星を眺めながら、ミウラ……の主と一緒に入るのでござる。まったくもって、これほどの贅沢は御屋形様でもかなうまい、でござろう!」
皆様、身を乗り出して聞いておられる。調子が出てきた。
「夜はミウラの主のモフモフの腹に埋もれて寝たりするのでござる。二人並んで海の近くを散策したり、並んで釣りをしたり、落ち葉を集めて、ミウラの主の神通力で火を付けて焚き火をして暖まったり、その火で魚を焼いて一緒に食ったりしておった。いやー、楽しかったでござる」
「それは、ようございましたね、おマツや。……幸せですか?」
「幸せにござる。毎日が楽しいのでござるよ、母上!」
幸せにござるな。とくに、ヘイスケ殿と婚約破棄になったところでござるかな?
「おっと忘れるところにござった。これより少々自慢を致す。ごそごそ……」
取りだしたのは太刀にござる。
「これこそ、御館様より下賜いただいた太刀。直接手渡して頂いたのでござるよ」
鞘に入った赤鳥の家紋を見せる。
太刀と呼ぶには反りが少なく短めの刀でござる。手元の反りがほとんど無い太刀にござる。変な太刀ではござらぬ!
「「「へへー!」」」
皆さん、頭を下げられた。そういえばイオタ家はバリバリの忠臣にござった。イマガワと書かれた紙の縁を踏んだだけでドゲザ案件にござる。
「マツや、母は嬉しゅうございます!」
母上は、袖で涙を拭っておられる。ようやく親孝行が出来た気がするでござる。
「おおおおおお嬢! ご出世なされてぇー!」
デンスケはギャン泣きにござるか?
「畏れ多い! 畏れ多い!」
タエも前掛けで涙を拭いておる。
「あねうえー! 見せて見せて!」
タケマルは男の子にござる。刀本体に興味がござる。将来楽しみな若者にござる!
して――、
タケマルには拝領刀を持たせた。危ないので、鞘から出さなかった。その重さに「おー」と感嘆しておった。その重さは……いや、難しいことは言わないでおこう。
昼も回り、皆にお土産の石鹸を幾つか渡した。使った感想を文にして送ってもらうことにした。これで母上と文のやりとりが出来るでござる。
石鹸の説明中に、ミウラの発案であると零したところ、突然の土下座対応となるビックリがござった。
タケマルに麦わらを使ったシャボン玉を教えた。デンスケやタエ、そして母上までも夢中になって遊んでおられた。
まあ、おおむね上出来な一日でござった。
してて――。
さあ帰るか。帰る前に厠へ寄ってと。手水鉢で洗っていたら、母上が側へやってこられた。
「おマツ。あなたには辛い思いをさせて……マツから普通の女の幸せを奪うような真似を……。こんな母を許してくださいね。あの人が生きてさえいてくれれば……」
俯かれた。涙が、ポトポトと地面に染みを作っていく。
某、真面目に幸せにござるのになぁ……。普通の人である母にとって、神獣は獣と同じでござろう。某が、獣を相手に春をひさいでいると思っておられる。
……実際は、某がミウラの上に乗っかってたりするわけでござるが……。
獣相手に致しておる感覚でござろうな。……ミウラの正体を知らぬからでござるが……。
「母上、それは誤解でござる」
母上の肩を抱き、顔を上げてもらう。目と鼻が真っ赤にござる。こんな母上は初めて見た。
「話してみれば、ミウラの主は、そこいらの男共よりずっと頭がよい。そして、女に対し、まれに見ぬほどの優しさでふれてこられる。四つ足というだけで、中身は御屋形様にも負けぬ立派な男子にござる。女なら、誰もが惚れよう人物にござるよ」
「無理をしてはいけません! 昔話にございます。キョウの地で、神獣様の巫女がおられました。その巫女様は、半獣となった我が身を悲しみ、自死して果てたのです! おマツ、イオタ家はどうでも良い。あなたを失いたくない!」
母上は某の体に腕を回され、しがみついてこられた。胸より、母の嗚咽が聞こえてくる。
やはり信じていただけぬか。……一歩踏み込んでみよう。
「ここだけの話しにござる。他言無用に願いたい。誰にも話したことのないお話にござる」
母上の耳元でそっと呟いた。
「某、子供の頃から、人の男に全く興味がなかったのです。夫婦生活を考えると、気持ちが悪くなって吐きそうになるくらいでござった。男と添う人生が全く想像できなかったのです。ならば、某は、何故女に生まれてきたのであろうと、深く悩んでおりました」
母の腕から力が抜けた。母上の両肩をそっと抱き、体から離した。
めいっぱい、真面目な顔をする。目に力を込めて。母上も、某のただならぬ雰囲気に、身構えられた。
「あの時、初めてミウラの主を目にしたとき。ああ、この者と結ばれるために、某はこの世に生を受けたのだと直感いたしました。某は、神獣様の巫女として生まれるべくして生まれた特別な者なのです」
某はミウラとまた、出会った。喜ばしいことにござる。思い出すと嬉しくなる。
だから、自然と笑みがこぼれた。
「某は、ミウラの主を連れ合いとして愛しております。一生添い遂げたいと真剣に思うておるのです。ですので、母上。某はおさまるべき所にパチリと音を立てて収まったのでござるよ」
母上を安心させるよう、歯を見せて笑った。
「ですので、母上に某の子を見せることは叶わなくなりました。お許し下さい」
「いいえ……」
母上はふるふると首を左右に振られた。そして、某の腕を強くつかまれた。
「それがおマツの生まれた意味なのならば……あなたの職を全うなさい」
母上の目は、いつもの目に戻った。優しく、強く。されど、それは武士の妻の目ではない。
この幸せを見守る優しい母親の目にござる。
しててて――
母上と仲良く並んで部屋へ戻る。もう少し時間があるので、タケマル達と遊んでおこう。
等と平和な気持でおったときでござった。
血相を変えたオカベ様が駆け込んでこられた!
「イオタ殿! 一大事にござる! 直ちにイマガワ館へお戻り下さい!」
「如何なさった!?」
「ミウラの主が、暴れておられます!」
………………あのバカネコ!
「直ちに!」
刀を腰に差し……尻尾の収納は諦めた。尻尾を出さないと走りにくいのでござる。
「それでは母上、タケマル、ウメマル、デンスケ、おタエ、これにてごめん!」
「気をつけるのですよ!」
母の声を背中に浴びて、全力疾走にござる。某が本気で走ると、猛将オカベ様と言えど付いてこられぬ速度を出せる。
理由はとんと見当が付かぬ。
ミウラ、早まるなよ!




