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3.イオタとミウラ

 夢を見ておった。グチャグチャに入れ混じった光景が流れていった。……気分悪い……。


「う、うーん……見慣れぬ天井が……」

 気がつくと、夜であった。気がつくと、ミウラが覗いておった。


「おお、ミウラ!」

『気がつかれましたか?』

「うむ。色んな記憶がドドッと流れ込んで、気を失ってしまったようでござる。色んな夢を見たでござるよ」

『夢は、記憶の整理だとされております。記憶の方は如何でございますか?』

「うむ、全て思いだしたでござるよ」

 現世でのこと。異世界での冒険。そして、死に別れ。あとデイトナ殿と。もう一人誰だっけかな、あの男……えーっと、……ああ、ウラッコだ!


「ミウラはいつ頃こちらの世界へ?」

『15年ほど前でございますね。なぜか体が虎で、人の言葉も分かるし、魔法が使えます。元は別の所に居たんですけど、なんやかんやあって、ここの現領主と知り合い、神獣ミウラの主と呼ばれて現在に至る、でございます。ちなみに、わたしは人の言葉を喋れません』

「なるほど。神獣のことやこれまでの歴史は知っておるし経験してきた。神獣のことも魔獣のことも知っておる」


 どうにか体が動けるようになった。腕を伸ばしてミウラの顎を撫でる。

 ミウラは気持ちよさそうにしておる。


『ふー、久しぶりに堪能いたしました。旦那の手や指は性器と変わりありませんなぁー』

 ブルルイと体を震わせるミウラ。この辺りの仕草、昔とちっとも変わらぬ。

『えーっと、イロイロとお話がありますが、イオタの旦那、わたしの、神獣の巫女として勤めてくれますか?』

「もちろんで御座るよ」

 相棒復活で御座る。もとよりなんの不都合も御座らぬ。むしろ、現状、ミウラの庇護下に入った方が何かと都合がよい状況に追い込まれておる。巫女か或いは自死かでござる。


『でしたら、巫女の意味もご存じで?』

「知っておるぞ。ミウラの意思を伝える係にござる」

『それもありますが、もう一つの役割が御座います』

 ミウラの目が闇の中、光を放った。どういうこと?

『つまり、こういう事でございます!』 

 こういう事らしいので目つぶしをしておいた。


 翌朝。

 当然の如く、大騒ぎとなっておった。


「朝と言っても、暗いのな? 朝になって冷静になったら恥ずかしいでござる」

『板蔀の戸板を立てた上に、無音不可視の結界を張っております。常人では内部をうかがい知ることは出来ません。伝説の陰陽師安倍晴明なら、あるいは?』

「安倍晴明様くらいにならぬと壊せぬ結界であるか。ならば安心でござる」

 ふう、と一息つく一匹と一人でござった。


 安心したら、もよおしてきた。昨日昼前から今朝まで一回も致しておらぬ事に気がついた。

「ミ、ミウラ、オシッコ漏れそう」

『それは一大事! 膀胱破裂なんかになったら死んでしまう! 早く漏らしてください! ここで! あ、ちょ、痛い痛い痛い!』

 ミウラの髭を肉袋(ω←コレ)ごと捻り上げてやった。


 バタンバタンバタン! と連続した音と共に、戸板が跳ね上がり、降りていた黒い結界が、緞帳を上げるが如く上方へ消えていく。

 あわてて着物の乱れを直す。

 朝の光が部屋に差し込んだ。

 眩しい!

 部屋をぐるりと囲うよう設営された濡れ縁に、人が、こう、ずらーっと並んで土下座している光景が、やけに眩しい。

 どうにか、帯を直せた。間に合ったようでござる!


「こほん! これはどういう?」

「お恐れながら……」

 一人飛び出した形で伏せているのは、身なりの綺麗な老婆であった。


『イネさんです。わたしのお世話係のようです。たぶん、イオタの旦那もお世話になる人だと思いますよ』

 なるほど。ネコでもミウラは、この国の神獣でござるからな。世話役の一人くらい、付いていてもおかしくはない。


「……神獣ミウラの主、並びに神獣の巫女様におかれましては――」

「話の途中済まぬ! イネ殿。某、緊急事態にござる! 厠はどこでござろうか?」

 そう、漏れそう。もはや決壊寸前にござる! ジタバタ!


「え? は? あ、どうぞこちらへ、婆が案内いたしまする」

 居並ぶ土下座組を掻き分け、土下座組もあたふたと場所を譲り、足の遅い、もとい、上品に歩かれるイネ婆様の後を地団駄踏みながら付いていったのでござる。


 

「ふう……」

 大事には至らず『そんなぁ!』大事には至らずッ! もとの部屋へ戻ってきた。


「お恐れながら、神獣ミウラの主、並びに神獣の巫女様におかれましてはご機嫌麗しゅう、恐悦至極にございます」

 イネ婆様のご挨拶でござる。仕切り直しにござる。無かったことにされたでござる。優しさが嬉しいでござる。


「巫女様。お体の御具合は如何でございましょうや?」

「ご丁寧な挨拶いたみいります。ご心配をおかけするほどのことは何も。ただ、腹が、もとい、お腹が空きました。なにか口に入る物を用意していただければ、ありがたい」

「ははっ」

 イネ婆様はさらに深く頭を下げる。

「そう思いまして、すでにご用意させていただいております。毒味も終えております」

 先ほどは急ぎの用事で気がつかなかったが、婆様の横に朱塗りの台に乗せられた朝餉が、二つ用意されていた。

 それを見事な作法で某の前に出される。

 山盛りの白御飯と、青菜の漬け物、そして味噌汁にござる。全部冷えておるが。


「どうぞお召し上がり下さいませ」

「かたじけない」

 箸を手にしたが……土下座しまくっている集団が気になって仕方ない。


「あの、イネ殿……」

「婆のことはイネと呼び捨てにしてくだされ」

 え? いいの? どう見てもイオタ家より格が上の御婆様でござるよ?

『イオタさんは神獣であるわたしのバディですから、イネさんより身分が上になってますよ。ちなみに、わたしは御屋形様より上です。わたしの連れ合いであるイオタの旦那は、わたしの1個下で、理屈上、御屋形様と同格でございますが、まあ、元の身分もありますので、重臣の方々と同列と思っとけば良いでしょう』

「うへぇ!」

 重臣相当にござる! 胃がキュっと締まってしまった。


「ミウラの主のお食事もご用意させていただいております」

 イネ婆様が差し出した膳は、某と同じ献立で、量だけが多かった。


「ミウラも……ミウラの主も、およばれするでござるか?」

『いえ、わたしは遠慮しておきます』

「なんで? 美味そうでござるよ? 冷えておるが」


『遠慮じゃなくてね、えーっとね、理由がありまして。わたし神獣ですんで、生物の枠からはみ出てましてね。食べなくても生きていけるんです。この場合、食べなくてもいいだけで食べることは出来ますが、この世界だとなぜかネコの食性が強く出てしまいまってましてですね、肉食なんですわ。ですんで、炭水化物や食物繊維だと美味しくないんですよ。いえ、好き嫌いでなくて!』


「米が食えぬのか? それは残念でござるな! 美味しいのに。パクパク!」

『あっ! コノヤロウ! もとい! 猪肉を焼いて味噌を塗った物とは言いません。せめて鳥。百歩妥協して魚を出していただければ、喜んでいただきますのに!』

「シシ肉か鶏肉か魚でござるか? 贅沢でござるな!」

『五日とか十日に一回でもいいんですがね』

「ふーむ。では何故それをお婆に言わぬ?」


「申し、あのー……」

 イネ婆様が、恐る恐るといった体で声を掛けてきた。伸ばした手が震えておる?

「……イオタ様、ひょっとして、ミウラの主と会話をなされている……とか?」

 某、こくりと首をかしげてしもうた。


「どうしてそれを?」

「このお婆、まだ名を名乗っておりませぬのに、イネと呼ばれました」

「ほほう。見事な推理力でござる。そのとうりでござるが?」

 そうでござった。ミウラの言葉は某しか聞き取れぬのでござる。


「うむ、そうでござったな。ミウラは……ミウラの主は、米や菜の物は口に合わぬとおっしゃっておられる。一番の好物はシシ肉に味噌を付けた焼き肉――」

『血抜きを十分してくださいって、付け加えてください』

「で、あるか? えー、丁寧に血抜きをした猪肉の味噌焼き肉が最も好物だとおっしゃっておられる。次は鳥……」

『鳥は脂の乗ったところ! 塩で!』

 だ、そうな!

「某はタレ派でござるが、……次いで好まれるのは、脂のよく乗った鳥でござる。味付けは塩が良いと。某はネギマのタレが好物にござるが。無理なら妥協に妥協を重ねて焼き魚がよいとの事にござる」

『ぜんぶ熱いうちに! わたしは毒耐性をカンストしてますので、水銀だろうとフグ毒だろうとO157だろうと全部平気です!』

 こ、この食いしんぼうめ!


「イオタ様、主はなんと?」

 あ、翻訳の最中だったでござる。こほん!

「えーっと、対毒性かんすと、は……えーっと、神通力により毒が全く効かぬ体故、毒味は不要。熱いのをことのほか喜ばれる。……ネコ舌は大丈夫でござるかな?」

『くっそ! 死ねよネコ舌!』

 ネコ舌は神通力を越える。


 して――

 えー、大勢に見守られながら、えー、御飯を頂いておるわけでござるが、これが全く味がしないのな。

 手汗で箸を何度落としたことか。

 ミウラは丸くなって寝ておる。いくら何でも力を抜きすぎではござらぬか?


「ごちそうさまでした」

 箸を置いた途端でござる。

「イオタ様。御屋形様がお呼びでございます」


 キター!

 

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