1.大晦日
再開しました
第3部スタートです。
十二月も間もなく終わる頃、皆様いかがお過ごしでござりましょうか。
「ふん! ふん!」
某は朝の日課である素振りをしておる。朝晩めっきり冷え込んでしまったが、素振りを千回もすれば、体が温まる。ミウラもすればいいのに。
ミウラは部屋の屋根に上がり、日向ぼっこ『不審者の監視業務です』にござる。
某とミウラは、イマガワ館へ戻っていた。
戻っても、何ら重圧を感じぬ。吹っ切れたというか、何も無かったかのような? 或いは忘れた? めんどくさくなった? むしろ春のキョウ旅行が楽しみにござる。
『ネコとイオタの旦那は気楽ですから。回復は早いと踏んでました』
ネコの呪詛ではござらぬだろうな? 主にお気楽なところが。
温泉に浸かっている間で、一度だけ魔獣退治に出た。
帰ってからも一度、魔獣退治に出向いた。
『このペースですと、年末年始は魔獣さんもお休みになることでしょう』
だそうな。久しぶりに良き正月を迎えられそうでござる。
年の瀬だというのに、イマガワ館の人は忙しそうでござる。サガミのイセ氏がカイのタケダへ攻め込んで、面白いことになっておるらしい。
イセ氏援助のために、軍出動を含め、色々と画策しておられるようだ。
「これは下手をすれば、タケダが落ちるでござるよ」
『あんな所、と言っては失礼ですが、領有したって何もいいこと有りませんよ。そうですねー、わたしが領有するとすれば――』
「ふんふんふん、そんなアホなー」
ミウラの夢想癖はいつものことでござる。
して、年末の大晦日の朝にござる。
ネコ耳を隠すため、ほっかむりして頭に傘を乗せる。尻尾は袴の中へ入れておく。
でもって、ミウラを残してイマガワ館を後にする。俗に言う、お忍びにござる。……ちなみに、影の護衛が数人ばかり付いておる。なんだか、某が重要人物みたいで、気持が昂ぶるのでござる!
して、向かった先は――
「母上、ただ今戻りました」
傘をとって顔を見せる。ほっかむりも取り、ネコ耳を立てる。
「あらまぁ! おマツ! じゃなかった、ミウラの巫女様!」
母は、頭にほっかむりをして、たすき掛けをしておられた。今日はイオタ家で大掃除の日にござる。
お手伝いに来たのだ。
「ハハハハ、今日はお忍びでござるから、巫女と呼んでは駄目でござるよ。聞きつけたくせ者が寄ってきては困りますから。これも母のお勤めにござるよ」
久しぶりに見る母でござるが、全くおかわりない。ピンとしてシャンでござる。
「ならばおマツや、息災でありましたか? ミウラの主に可愛がってもらってますか?」
「はい。可愛がってもらっております」
可愛がってるのは某の方でござるが。
「先だって、ミウラの主にイズの温泉地へ連れて行ってもらいました。大事にされておりますよ」
某がミウラを大事にしておるのでござるが。
「それは良かった。誠心誠意、お勤めいたすのですよ」
ごく普通の武家社会の日常会話でござる。
「あっ! あねうえーッ!」
ビュンと影の塊のようなのが飛び出してきて、腹に食い込んだ。
「おっふぅー!」
弟のタケマルにござる。この年頃の子供の動きは、ネコ耳の動体視力でも捕らえきれぬ事は常識にござる。
「ゲフッ、元気にしておったか? 母の言うことをちゃんと聞いておったか!」
「はい! タケマルはお利口さんでございます。ああ、あねうえ、よい匂い!」
ちょっと弟の性癖が心配になってきたでござるが、成長すればそのうち矯正されるであろう。
「でも、抜け出してきて良かったのですか?」
「ご心配なく。上の方とミウラの主の許可は取っております。ただし、夕刻まででござるが」
「まあまあ、忙しいこと。とにかく上にお上がりなさいな」
「では!」
一度、上に上がり、袴を緩めて尻尾を取り出す。開放感に打ち震える。袴の中は収まりが悪いのでござるよ。
「さてと!」
某もたすき掛けして掃除の準備万端にござる!
「お嬢様!」
「おお、デンスケ! また戻ってきてくれたのか?」
「なんと! お耳と尻尾が可愛らしいッ!」
この男はデンスケ。イオタ家で下男をしておった男でござる。父上が討ち死にし、経済的にイオタ家が回らなくなったので、泣く泣く暇を出したのでござるよ。
「あの時は、ずいぶん酷いことをした。申し訳ない。先様に迷惑をお掛けしてないか?」
懇意にしていた家に頼み込んで雇ってもらったのだ。
「なーにをおっしゃる! お嬢が神獣の巫女として出世なされたんですから、先様も喜んで元に戻れとおっしゃってくださいました。あっしも鼻が高いでさぁ!」
前前世の家人と同じ名前でござるが、この男の有能さは段違いでござる。……忠臣さは同じでござるが。
「おマツお嬢様っ!」
この金切り声は、タエか。耳にキーンと来る音域が懐かしい。年増の後家さんでござるが、通いで来てくれている下女でござる。父上の件があって以来、給料を払えなくなったが、無給で手伝いに来てくれていた。
イオタ家に収入が出来たので、またお給金払いで来てくれることになった。無給時代の分を支払うと言ったのだが、水くさいと怖い顔で叱られた。代わりに、給金を上げることで納得していただいた。
「お耳と尻尾が可愛らしい!」
その方もでござるか?
「賑やかですこと」
母上がウメマルを抱っこてきた。タケマルは早速ウメマルにかまいだした。
父上こそおられぬが、これで家族全員が揃った。
「なんだか、旦那が生きておられた頃の賑やかさが戻ったみたいで、嬉しくなってきちまいやした」
デンスケが目を腕で乱暴に拭った。
「一度は没落したイオタ家でござるが、何とかなったでござるな。明日は、久方ぶりによい正月を迎えられそうでござる」
「それもこれも、全部マツのお蔭ですよ」
「母上」
某も目を腕で乱暴に拭ったでござる。
して――
昼過ぎには大掃除が終わった。いつの間にか、影働きのものが大掃除に混じっていたが。
なぜか、某の仕事は、ウメマルの抱っことタケマルの相手になってしもうたが……。
「父上がお亡くなりになって以後、某が力仕事をしておったのでござるが?」
「なにをおっしゃる?」
デンスケが目を丸くしておった。タエもだ。母上に至っては、お怒りのご様子。
「おマツや」
「何でござるか母上?」
母上はトントンと指を指し、座るように合図を送ってこられた。
「おマツ。あなたはもう昔のようなお転婆娘ではいられないのですよ。神獣様の巫女なのですよ。少しでも危ないことはしちゃいけないのです。何かあってはいけない身なのですよ」
「そうですよ、お嬢様。言ってみればミウラの主の奥様なのでございますよ。雲上の人なのでございますよお嬢様!」
タエ、その方まで!
「お嬢! お嬢の身に何かあれば、イオタ家はまたもや没落ですぜ! ちったぁ身の安全に配慮してくださいやしよ!」
デンスケまで!
「しかしでござるな! ミウラの主が魔獣退治に出動なされる際、某も付いていくのでござるよ。ナリソコナイを相手に刀を振り回しておる。ミウラの主に頼りにされているのでござるよ! あれ? どうされた?」
母上始め、皆様がお口を大きく開けておられる。
「ちょ、え? あっ!」
母上、性格が違っておられるでござるよ!
「何をしているのですかマツ! 一歩間違えば、あなたッ!」
言葉に詰まられたでござる。
デンスケとタエからも豪雨のような非難を浴びせられたでござる。
こ、これではイズモで殺されかけたことなど、言えぬ!
ただただ、嵐が収まるのを待つだけにござる。




