10.処断
用心に用心を重ね、昨夜は神殿で寝た。イズモの大社は、神殿の外に某の部屋を用意してくれていた。だが神獣様方が、そこで休む事を拒否なされたのだ。
某も賛成でござる。で、簡単な夜具を体に掛け、ミウラにもたれて寝る事にした。
夜中、催してきたので地上の憚りを使ったが、神獣様十四柱による護衛が付いた。
小屋から出てきたら、全員耳をそばだたせていた。
『いえ、滝の流れる音を聞いていただけでございますよ』
『我らは曲者の接近を耳で警戒していただけでッ!』
……まあよい。聞かれて何かが減るものでなし。
『そう言うところでございます』
して翌の昼。
ご注文通りのご馳走を神殿に運んでもらっているところにござる。
鹿が捕れなかったので、フシミの主は、第二希望の猪肉になった。
念のため、某の目で、注文票と現物を付き合わせて確認いたした。予備を持ってきてくれていたが、ややこしくなるのでお持ち帰り願っておいた。
運び込むのは力仕事なので、国造様にお任せでござる。
某とミウラは、二階の踊り場に移動した。運び込まれている間に国造様から、経緯の説明を説明したいと説明しておられたので、説明を受けていた。
国造様は真っ青な顔をしている。目の下にクマができておる。昨夜は一睡もしなかったのだろう。
「神獣の巫女イオタ様に危害を加えようとした関係者は、全て処置致しました」
処された?
「具体的には?」
「ご希望でしたらご案内致します」
「結構にござる!」
断じて断るッ!
怖いから断る!
なるべく絵面を考えないようにする。
「それでは我らの誠意が!」
「これはイズモのお家騒動。某には何ら関わり合いがござらぬ。では、某は神獣様方のお世話がございますので、これにて」
早々に席を立つ。
「どうか、お許しを」
某の態度が、怒っているように見えるのでござろうが、某には、ここで何かをしたり言ったりする余裕がござらぬ。勘違いされるなら、勘違いされたままにしておくのが良いと思う。
ちょっと時間が欲しい。前前世、前世と、様々な経験を積み重ねておるが、このような経験をしたのは初めてにござる。
『でも、前前世では斬られて死んじゃったし、前世じゃ命がけの冒険をしたし。それでも何とかなってきましたから、今回も何とかなりますよ』
ミウラが慰めてくれる。ありがたい。しかし、落ち着くための時間が欲しいのは事実。
……神獣様達がいなければ、ミウラとセッセのヨイヨイヨイ手遊びでもしたい気分だ。
して、神殿にて。
『イオタよ。此度の事、重荷となっておろう』
おっきな兎さん。イナバの主が鼻をひくひくと蠢かせている。
『されど、罪は全て我らにある。イオタが悩む事はない』
優しさは伝わったでござる。だが。
「某は、人のせいにしなければ生きられぬ程、弱くはない。イナバの主が思っているより強いのでござるよ」
そう。某は落ち込みはしたが、尾を引いたりはせぬ。前世の旅はもっと辛かった。
信じた商人に裏切られた。独りよがりの老人に振り回された。悲しき少女との別れ。理不尽な王との戦い。
そして、多くの人と交わった。
未来を夢見る若い冒険者。死んで欲しいと心から願った剣士。到底叶わぬ敵とのなれ合い。命の誕生。
そして、古里の興亡を掛け、つかみ取った、たった一つの機会。
そんな冒険があったからこそ。悲しみと憎しみを知り、希望と平和を知った。
ミウラという相棒がいなければ、挫けていた事でござろう。
誰と生きるのか、誰と生きたのか。某にとって大事なことはそれでござる。
いまの某は、悲しみの中にいるのではない。むしろ憎しみを覚えるほど前向きでござる。
ちなみに、憎しみをぶつける相手は、イネ殿達ではない。
「そういう感じでござる!」
『まあ、イオタがそういうのならよいが……』
イナバの主に、代表で飲み込んでいただいた。
腰を下ろし、某用の膳に向かい、箸を手に取る。
猪の肉は、酒で伸ばした味噌を付けて焼いておる。鳥肉は塩でござる。味噌汁は濃い色。アサリが入っておる。あとは青物と香の物。山盛りのご飯。ご馳走にござる
色々思うことはあるが――
「これほどのご馳走はもう二度と目にすることが無いかも知れぬ」
箸をとった。怒りと憎しみを食欲に変えて……。
神獣様方々も注文通りの品々に……。
『おっと! これはこれは!』
ヤマトの主が、前足の蹄をカツカツ鳴らされた。
見ると、ミウラとお見合いをしておられた。
「如何致した?」
『いえね、猪肉が一つ足りなくて、魚の皿が一つ多いんですよ』
「なんだと!? そんなはずはない! 某の目で確認いたした!」
大失態にござる! だがしかし、中二階の踊り場で、この目で確かに確認したでござるのに!
神獣様方の目が、某に向けられた。少々気が立っておられるご様子。
「申し訳ござらぬ!」
とりあえず土下座いたす。土下座さえしておけば、だいたいのことは許していただける。これでダメなら胸を見せる。絶対許してくれるだろう。
当事者でるヤマトの主が、某の頭近くに鼻面を寄せられた。鼻息で分かる。
『いやイオタ。その方の失態ではない』
「それはどういう?」
『我らはイズモの者どもを疑っていたのだ。故にこっそりと観ておった。イオタが確認したあとで、国造と話をしていたいただろう? その間にすり替えられた。これはイオタを狙った悪意有る行為だ』
「ぬっ、うぅうー!」
納まりかけていた怒りがフッフッとこみ上げてくる。しつこいでござる。懲りたり反省したりはせぬのか? 悪いことをしている自覚はないのか?
『我らは分かっている。食事の件で争う気はない。だが、イズモ衆はこのままにはしておけぬ』
「少しお時間をくだされ」
断ってから大きく息を吸い込んだり吐いたりを続けた。心臓がばくばく言っておる。頭の中がグルグル回っておる。
「ふー……」
どうにか、頭で考えられるほどには落ち着いた。
「どうせ、神官の誰か、何処かの家でござろう。されど、犯人を捜しても出てこぬでござりましょう。某に責任を押しつける事に全力を尽くすでございましょう」
『これで二回目ですね。あ、わたしが魚を引き受けましょう』
ミウラが魚の皿をもっていった。
『今度は国造もイオタさん犯人説をとらざるを得ないでしょう。でないと自分の立場と命が危ない。イズモの神官全員がイオタさんの敵に回ります。誰か知りませんが、考えましたね』
「国造ともあろう者が……正義はござらぬのか? 神獣様を見ていて何も思わぬのか?」
情けないでござる。
『正義? 正義なんてないよ』
神獣ヤマトの主のお言葉でござった。




