9.イズモの巫女
原因は不明でござる。されど目的ははっきりしておる。
某の殺害にござる。
加速している最中は、刃物を振るう速さなどカタツムリの足がごとき。されど、今世の加速はどれほどの時間が保つか未だ不明。処理を急ぐ。
手を叩いて懐剣を叩き落とす。次いで、鳩尾に拳を入れて動きを止める。
加速終了。
声を上げることなく、ドタドタと倒れていく襲撃者。
「何事ですか!」
間髪を入れず、男の神官が三人、先を争うように入ってきた。ニコニコ顔で。
加速!
……この者達は寸鉄も帯びておらぬ。
……ただの覗き魔にござる。
加速終了。
「覗いていた行為は目を瞑る代わりに、この現場の証言者になってもらう、断れば、のぞき魔にして強姦未遂罪にござる」
うんうんと首肯する神官達(のぞき魔)の目の前で、巫女達が持ち込んだ懐剣を四つ、拾い上げる。
「神獣の巫女である某の暗殺未遂事件は、ミウラの主を通して、ここに集いし神獣様方全員に伝える所存。イズモの大社として、イズモの国造殿による公の解答を求める」
ここまで、某、素っ裸の仁王立ちで喋っておった。神官達が逃げ出さないようにするためだ。
素っ裸の美少女を前にして、逃げ出す男の子はいないと思うたからでござる。
「よろしいな?」
「は、はい!」
男共の目は、懐剣ではなく、某の胸に釘付けになってござる。
「よろしいな!?」
手にした懐剣を胸の前に持っていくと、そこで初めてびっくりした反応があった。
「刀が!」
「なんと!」
「これはいったい!」
頭が痛いけど、某でもこうなるであろうから見逃すこととした。
「よろしいな?」
「しかと承ってございます!」
頭を下げられたが、目は前方に向けられたままでござる。
しててて――。
神殿? に戻り、事の次第をミウラに伝えた。聞いていた神獣様が激怒した。
『なんだとぉー!』
『ぶっ殺してやる!』
「若くてピチピチな美女にござるよ」
『すけべな尋問にかけてやる!』
『ここへ連れてまいれ! 無傷で!』
神獣様方に激震が走る。
『冗談はさておいてですよ……』
大騒ぎしている神獣様方を背景にして、ミウラが珍しく真面目な顔をこっちに向けた。
『……イオタの旦那を亡き者にしようとした。これって、神獣界を揺るがす大事件ですよ』
ミウラは大げさにござる。それだけ某を大事に思っていてくれているのは、ありがたいでござるが。
『またそのように何にも解ってない顔をなされる。よろしいですか? 旦那は、現在、この世で、唯一、神獣の言葉、つまり神獣の意思を表現できる立場なのですよ! 神獣達にとって、この世に生けとし生ける者のだれより大事で必要とされているお方なんです! 最重要猫耳(V・I・C)!』
「ははは。そんな大げさな。なにか? されば某はお公家さん並でござるかな? はははは」
『聞いてごらんなさい。帝と旦那のどっち取るって問われれば、旦那を取りますよ。即答ですよ!』
……、そ、某、某……がくがくぶるる……。
『さて神獣の諸先輩方! 帝とイオタさんのどっちかしか助けられなかったら、どっち助けます?』
『『『イオタ!』』』
言い争っておられたのに、一斉に顔をこちらに向けられ、声を揃えてお答えいただいた。なにをいまさら、という顔をされておられる。
「ごくり!」
飲み込んだ唾が粘っこいでござる。額から滝のように汗が流れ落ちてきているでござる。腋が汗でぐっしょりにござる。汗が太股を伝って足首にまで流れているでござる。
しててて――
二階部分のお広い踊り場で、ミウラを背後にした某が立っておる。本殿部分の広い縁側には、溢れんばかりに神獣様方が並んで圧を加えておられる。
某の前では、両手を床に付けるイズモの神官達がずらりと並んでいる。
「此度のこと、誠に申し訳ございませぬ!」
イズモの国造様が土下座しておいでだ。後ろには大勢、神官服を着た者どもが額を床に擦りつけておる。……額を擦りつけておる者もおれば、おらぬ者もおる。
「某の暗殺という企みを認めるのでござるのだな?」
「巫女頭を主犯とし、複数人による巫女頭独自の悪事にございます。これを事前に察知できなかった私にも責任がございます!」
犯人は巫女頭ですよと言っておる。自分は関係ない、知らなかったと。
国造は、平伏したままあっさり罪を認めた。視線を下げるだけの神官も混じっている。不服と思っているだろう。権力争いの匂いがプンプンする。
「どうか、ひらにひらに、お慈悲をもってお許しを!」
「殺されかけたのに許せと?」
殺人未遂事件を棚に上げて自分は許せと? 某、檄オコにござる。
『何故、イオタの旦那を狙うのでしょうか? 何故、風呂場で犯行に及んだのでしょうか? 裸が良いのでしょうか? わたしも良いと思います。何故風呂場で全裸を狙ったか。その理由が知りたい。すべてはそれからだ!』
「何故、某を狙った? 何故、風呂場で犯行に及んだ? 理由が知りたい。すべてはそれからだ」
『あ、ずいぶん端折りましたね?』
そのまま訳すと某の人格が疑われるのでな!
「きつく取り調べましたところ――」
某を殺そうとした理由は、アシムラ家と同じくでござった。
巫女頭イネ殿は、神獣の、しかもイズモの巫女の頭としてそこそこの権威を持っておられた。
権威と言っても、イズモの大社内での地位であって、国造や国主になど到底及ばぬ。「巫女」の中で偉いさんだっただけだ。上級巫女という扱いにござる。
お膳を用意してくれた巫女がおられた。その者達は神職の手伝いの他、煮焚き物や洗濯や、その他下々の仕事をする。下級巫女でござる。務めるところによっては、下級の女官と呼ばれておる。
でもって、毎年恒例、神無月の大祭。イヨ殿達上級巫女が最も輝く時期。
ところが!
突如、神獣の言葉を理解する本物の巫女が現れた。それが某、神獣の巫女イオタでござる。
本物を前にしたイネ殿達上級巫女。実は神獣の巫女のまがい物であった事を自覚したのでござった。
これまで、上級巫女が取り仕切っていた仕事を某が、たった一人で仕切るようになった。それも、これまでのような手探りのナンチャッテではなく、正式な仕事っぷりに見えたそうな。
しかも、神獣様方からの信任も厚い雰囲気。
そんな某の出現により、イヨ殿達上級巫女の地位は、自動的に一段階下がった。
上級巫女の仕事は、神獣様相手から、正巫女である某を接待するだけに成り下がる。たった一人の正巫女を接待するだけなら、巫女も一人で充分。むしろ、下級巫女が数多くおれば、上級巫女など一人もいらぬ。
下から付き上げられる冷たい目。上の神官から「要らぬのではないか?」と疑問の目。捨てられぬ自尊心。
そこで、血迷った。某がいなければ、元に戻る。皆から羨望の目で見られる日が戻ってくると。
「それで暗殺に至ると? 某、良い迷惑にござるなぁ」
アシムラ家の一件と同じにござる。なんだかなぁ、でござる。
して、なんでお風呂場で襲ってきたかというと『そこ一番大事!』。
所用が済んだところで、巫女様方に取り囲まれた。某はモテ機が来たと喜んでおったが、実は違う。某を取り囲んで、懐剣でブスリといく計画だったとのこと。
某の巫女装束の防御力が鎧並みと知り、断念したとのこと。
そこで引き下がってくれれば事は大きくならなかった。イズモの大社の組織変更・人事異動で済んだのでござる。
刃物が駄目なら毒がある。巫女の中に、薬業に携わり薬を扱う者がいた。毒の入手も即時可能。
幸い、一緒に膳を囲む話になっていた。早速、料理に混ぜた。焼き魚に混ぜたらしい。ネコだから魚は絶対食うだろうと。はらわたは苦いものだから、疑われずに食べるだろうと。……そういや苦かったでござる。
『同じ手に二度も引っかかるとは……』
煩いでござる!
そして膳の席で某、「副作用として毒の効かぬ体になってしもうた」と笑いながら言った。
ここで上級巫女達は、作戦の失敗を悟り、悩んだ。その時誰かが言った。悩んだときは最初に戻ると良い。
刀で刺す。巫女装束は鎧と同じ。ならば脱がせればいい。どうやって脱がす? お風呂を勧めてはいかがでしょう? それがよろしゅうございます。
という流れでお風呂になった。
あとは、先ほどの通り。某の実力で叩きふせられた。某の腕前を甘く見ておったのでござろう。これでも単騎で牛頭大王を倒したことがござるのだよ。
……あそこで、無意識に加速を使った。前世での習性というか癖でござる。おかげで命拾いした。前世で徳を積んだお陰にござる。一件落着。
『イオタの旦那、納得しないで。これ、整合性のとれない話です。イヨさんは、旦那の死体をどう処理するつもりだったのでしょう? 力のない女ばかりなのに、人の目に付かないようどうやって運ぶ? しかも、男が裸を覗こうと何人も寄ってきているのに? 神獣達への言い訳は? 神獣の能力を甘く見てはいけません。能力を使わなくとも、匂いで全て判ります。血も毒も犯人も。それくらい想像出来るでしょうに』
死体が見つかれば犯人を捜す。行方不明になれば、全力で探すだろう。
『事が露見すれば、イズモごと海に沈むか、煙となって空へ消えるかのどちらか』
うむ! イヨ殿の思考が短絡的すぎる。
「国造様。イヨ殿は、某の死体をどう処理するつもりでござったのかな? 神獣様方の手に掛かれば、たちどころに犯人と動機を見つけ出すでござろう。その結果――」
『ニギャァーッシャァー!』
ミウラが精一杯の声で吠えた。ネコだからさほど迫力はないが、国造様方神官連中は、腰が抜けるほど驚いておる。……中には驚いたあとで、ほくそ笑んでおる者もおるが。
「――どうなるか、某は知らぬ。その時、イズモの国が死んでおるからのう」
ほくそ笑んでおった男達の顔を覚えておると、睨んできおった。
睨み返して、何を考えておる? まさか本気で神獣様に敵対するつもりか?
『今の国造に敵対する勢力がある。……と考えるのが一番スッキリしますね。上級巫女達は上手くそそのかされた?』
ふむ。……しからばミウラの説をとるとしよう。
「国造様。ちょっとこちらへ。立ち上がって某の横に参られよ。さすれば、色々と考えて進ぜよう。さ、はやく」
『シャァァーッ!』
顔中に皺を寄せ、威嚇するミウラ。某への援護でござる。いまいち迫力に欠けるが、気持ちだけいただいておこう。
「ははっ!」
失礼いたしますと、立ち上がり、俯いたまま、怖々、某の元へ近づいた。
「ほれ、立ち上がって。控えておる者を見よ」
国造様の肩を掴み、くるりと反転。前を向かせた。
「あの者の名は?」
一人を指さす。
「は、はあ、あの者は――」
「答えずとも良い。あの者は? そしてあの者は?」
次々と指をさす。さされた者は、素早く目を逸らす。
「あの者達は、国造様が叱責を受けていたとき、こっそりと笑ろうておった」
「何を仰せですか!」
「我らは何もいたしておりませぬ!」
指さした連中から抗議の声が上がる。
「俯いていたのによく分かったな? 国造様、そう言うことでござる。お心当たりがござろう」
「う、うむ、おのれらはッ!」
国造様の顔が真っ赤になった。
「某の危機をほくそ笑んでおった者達よ。イズモの国自体が海に沈む危機にある事を忘れるでない」
今度こそほくそ笑む者はいなかった。されど、怨嗟の色を込めて睨んでくるバカがおる。
「某、事情は知らぬ事と致しましょう。あとはご随意に。処罰の結果も聞きとうありません。では解散ということで」
くるりと踵を返し、振り向くことなく階段を上がっていった。
ミウラもあとから付いてくる。
しかし……アシムラ家に続いて、イズモの大社でもでござるか……。
某の存在は旧制度をぶちこわすほどでござるか……これからどうしよう……。




