8.歴史は繰り返す
イズモの巫女様でござる! お美しい方々でござる!
「そ、某、神獣ミウラの巫女をやっておりまするイオタと申す者にござる。新人にござる」
「わたしはイズモの大社、神獣様接待役の巫女頭で、イヨと申します。ウフ!」
小首をかしげてにっこり笑っておられる。あざといけどカワイイは正義にござる!
「お水をお持ちいたしました」
水の入った竹筒を取り出す巫女様。お椀を手にした巫女様もいる。
お水は甘露の味がした。
でもって、某の手を取って休憩所まで案内してくれる。柔らかい手にござる。小さい手にござる。
巫女殿がにっこり笑われた。
「そのお召し物は? 巫女装束にしては、斬新な意匠でございますが?」
「あ、これでござるか?」
某は袖を摘んでピンと横に張りだした。衣装がよく見えるようにした。
某の巫女装束は、ミウラが作りだした物。巫女装束を元にしておるが、肩と二の腕が出ておる。そして、帯の幅が広くて、腰が細く見えるのでござる。さらに、袴ではなく裳を付けておる『プリーツスカートです』。裳は赤ではなく小豆色にござる。
「ミウラの主が神通力で作り出した衣装でござる。なんでも正式な神獣の巫女の衣装だそうな。あと、刃物が通らぬようになっておる。よくよく考えれば、凄い機能満載にござる」
「へぇー!」
驚いておられる。丸く見開かれた目が可愛いのでござる。目が泳いでおられるのも可愛い。
「神獣様の巫女は、神獣様の盾とならねばならぬのが勤めの一つ。某、元は刀を振り回していた男勝りの者にござるゆえ、鎧を纏うておるようで丁度良い。」
「お、お強いのでございますか?」
某を見る巫女様の目が潤んでいる? 某、格好いい?
「ちなみに刀の腕でござるが、男と打ち合える程と自負してござる!」
ふんすと鼻から息を吐く。女の子は強い男に惚れるもの『旦那個人の意見です』にござる!
本当はもっと強いと言いたいのでござるが、何かと問題があるので控えめにした。
先ほどから気になっていた。イヨ殿の帯に差し込まれた懐剣に目をやる。
「イヨ殿も懐剣術の稽古をなされておいでのご様子」
「いえ、これは――」
イヨ殿は、モジモジしながら懐剣の上に手を載せて隠した。仕草がカワイイでござる!
「――儀礼的な物にございます」
普通の巫女は懐剣など持たぬ。イズモの大社の巫女は特別にござるからの!
「されど某、巫女稼業は素人。何かとご教授いただければ幸いにござる。宜しくお願い申し上げる」
「ま、まあ! 何をお伝えできるか解りませんが、こちらこそ宜しくお願いします」
そんな感じで、巫女様に囲まれつつ、歩いていく。ウキウキにござる!
「そ、それではイオタ様。お食事の用意が出来ております。ご一緒にいかがですか?」
巫女様方とご一緒にお食事でござるか!?
「ご相伴にあずかります」
二つ返事にござる。
して――
本殿を望む建屋にて。
巫女様方と膳を並べてお食事にござる。日は西に傾きつつある。少し早いが、夕食にござる。この時代、朝と夕食の二回だけなのでござる。
広間で膳を前にして、巫女様達と並んで座っておる。
給仕してくれるのも巫女様でござる。
「あの巫女様方は、一緒に食べないのでござるか?」
「ああ、あの者共は下の巫女達です。我らの世話や下々の仕事をしているのです。ほら、着ている物もみすぼらしいでございましょう?」
そう言えば、安物の巫女装束にも見えるでござる。
人数を支えるには、それに倍する人数が必要でござるからな。頑張れと心の中で応援しておこう。
さて、ゴハンゴハン!
山盛りの御飯と川魚の焼いた物。汁物と香の物にござる。
御飯は塩気があって美味しいでござる。
焼き魚もウマウマでござる。はらわたの周辺が苦いけど、苦いのが美味いのでござる。ちょっと苦すぎるでござるが巫女様の笑顔が眩しくて苦にならないのでござる。
「そのお耳と尻尾、可愛いですね」
「こ、これでござるか?」
耳を犬の尻尾が如くパタパタ動かす。尻尾は勝手にウネウネと動いておる。
「実は、これね、悪党に毒を盛られて生死を彷徨っていたところをミウラの主の神通力で助けていただいた事がござった。その際の副作用で、耳と尻尾が生えてしもうたのでござるよ」
「そ、それは大変ですね。日常に影響は残りませんか?」
心配してくれているのでござる。眉根をキュッと寄せている表情が何とも悩ましい。
「ハハハハ! 慣れでござる。それにもう一つの副作用として、毒の効かぬ体になってしもうた。逆に便利でござる」
巫女殿が目を丸くして驚かれている。何を驚かれたのか解らぬが、綺麗な子は何をしても綺麗でござる。「そ、そうでございますか! た、大変でございましたね」
驚かせてしまったでござる。人外の者とか思われて距離を空けられたらどうしよう?
「そ、そうですわ、イオタ様!」
ポンと手を打ち合わされた。いちいち仕草がカワイイでござる。
「この後、お風呂をご一緒しませんこと?」
「え?」
いま何と?
「それがようございます!」
「お背中お流し致します!」
某はキョトンとして言葉を無くしておると、多くの巫女様方が、賛同なされた。
「そ、そうでござるか? で、では遠慮無く……」
ヒャッホイでござる! 綺麗どころの巫女様方と一緒にお風呂でござる。女に生まれてこれほど良かったと思った事は無いでござる!
して、お風呂にござる。
狭いながら、洗い場があって、湯船が装備されておる。湯船にござる!
珍しいのでござるよ。この時代、温泉地を除き、風呂に相当するのは水浴びにござる。良くて蒸し風呂にござる。
してて――、いそいそと脱いで、洗い場に。大事なところを洗ってから、湯船に肩まで浸かる。
「ういぃー」
某の記憶が正しければ、湯船に浸かったのは、この世に生まれて初めてでござる。
「お背中、お流しいたしましょう」
「え?」
イヨ様筆頭に、四人の巫女様方が狭い洗い場に入ってこられた。
全員素肌の上に白い浴衣でござる。湯がかかれば透けてしまうではないか! なんとけしからん!
「お願いします」
某は素直さが取り柄ゆえ、抵抗することなく、湯船から出た。
アソコとかアソコとかから湯を滴らせつつ、用意していただいた椅子に座……。
それは、何気ないと言える行為でござった。
イヨ様に背中を向けようと、体を回転させている時でござった。
視界の外側ギリギリに、金属らしき物を捕らえた。
それは無意識にござる。前世で、刀を振り回していたときの癖にござる。
「加速」
イヨ様方の動きが停止する。この世界で初めて実践に使った加速にござる。
四人の巫女殿の手に剥き出しの懐剣が、強く握られておる。
刃先は全て某に向けられておった。




