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2.神獣の巫女

「え? 神獣の巫女?」

「ふふふ、そうだ。勝手にマツ殿を推薦しておいたら、書類審査に受かったぞ。これで強制的に婚約破棄じゃーッ!」

 タプタプの腕を天に突き上げ、飛びあがっとるツモトのオヤジ殿だが、何を言っているのか解らぬでござろう?

 これより説明を致す。


 皆様ご存じかと思われるが、スルガの国に、神獣様が一柱おられる。

 名をミウラの主と称される。

 遠くからでござるが、時たま、お姿をお見かけする。仔牛ほど? 虎ほど? の大きさをしたネコ型神獣にござる。でっかいネコにござる。

 神獣とは、魔獣を打ち破ることが出来る唯一の存在。その知性は高く、口の構造上、人の言葉を操ることは出来ぬが、人の言葉を理解する。人より優れた知能を持つ神秘的な存在。……とされている。


 そして、なにより、魔獣を討ち滅ぼす強力な神通力を持つ。ちなみに、ミウラの主は、雷をバコンバコン落とすことが出来るそうな。さすがに魔獣といえど、雷に当たれば一発でブッ殺せるのでござる。


 魔獣とは、刀も槍も弓矢も通じぬ魔物。人を喰らうバケモノでござる。大概が、手下とも言える魔獣へのナリソコナイを連れておる。 

 魔獣による被害は馬鹿にならぬ。下手な戦より大勢の人が死ぬ。しかも死んでいく人は、大方が田を耕す者。最悪、凶作並みに米が取れぬ年がある。上の方々は兵を起こし魔獣と対決するが、退治は出来ぬ、精々追い返すだけにござる。

 人を守護する神獣様は、人が生きていくに絶対不可欠な、ありがたい存在にござる。性格に難有りとされておるが、迷惑なだけで人死にが出ることはない。人的被害に比べれば些細な事でござろう。


 その神獣がおられる国を大国と称する。政治的に色々と有利なのでござる。ここ、スルガの国も、神獣様がおわしあそばす大国なのでござる。

 神獣様と密接な関係にあるのが、スルガの国の太守、イマガワ家にござる。

 

 その、ミウラの主が、時々、巫女と称される、いわゆる人間で言うところの正室? 妻? 性的な行為を含むお相手を求められる。

 それが主の巫女選び、俗に言うところの巫女選定会でござる。

 この巫女選定会。出場するには、大多数による推薦や、力のある者からの推挙が必要。

 言い換えれば、出場資格を得るにあたり、本人の意思は無関係。さすが乱世でござる。


「とは言うもののだ! これまで、ミウラの主は、一度も巫女様を選ばれたことがない! 世の神獣様に巫女はおられたのは過去の話。ご母堂もマツ殿も安心召されよ」

 ツモトの親爺が、それらしく威厳を出している。この親爺、真面目な顔をすれば立派に見えるのに、残念な男にござる。


 10年ばかり前から毎年催される巫女選定会では、推薦された美しどころをずらりと並べるが、一度も巫女様は出ておらぬ。

 毎年、並んだ美女の前を主が通り過ぎるだけ。

 気に入ったお方がおられぬようなので、また次回開催をご期待下さい。つきましては、参加賞金を受付でお受け取りになったのち、気をつけてお帰り下さい。で、お開きにござる。

 出場した美女達にも箔が付くので、水面下では醜い戦いがあると聞く。


「考えおったな!」

 この糞親爺!

 さらに、巫女候補に選ばれると、選考期間中、世間のしがらみから一切を解かれる。それがしきたりにござる!


 つまり――

「これで、婚約は解消ですな」


 解消ったって、一時的なモノ、形式的なモノにござるが、日時的な隙が出来る。

 おそらく、選考会の帰りに、某を掠って親爺の屋敷に閉じこめ、あとは既成事実でござろう。そこに権力を行使し、幾ばくかの金を払えば、許婚殿も母上も泣き寝入りするしかあるまいて。

 故に考えたな、と。ここで手の内をバラすところがオヤジ殿らしい!


 ならばこちらにも考えがござる!

 

 主の巫女選考会当日。

「マツや。大丈夫なのですか?」

「はははは! ご安心めされよ母上。某、ただでは転ばぬ!」

 母上が心配顔で見送りに出てくれた。ウメマルを腕に抱いておる。タケマルは、必死に涙を堪えておる。いじらしいでござる。


「タケマル。そなたがイオタ家嫡男でござる。母とウメとお家を守れ!」

「うん」

 あ、泣き出した。

 某も泣きそうなので、話はここまで。


 いざ出陣!

「はいどぅー!」


 見送りで集まってきたご近所、並びに野次馬の方々を割り、ズイと前に進む。

 パカランパカラン!

 父上形見の戦具足を纏い、こっそり借りてきた痩せ馬の腹を蹴り、走り出す。


 ヘイスケ殿との婚約は自動で解消したものの、みすみすツモトの親父殿の毒牙に掛かる某ではござらぬ。

 ご近所の人の目がある。大勢が見ておる。

 お転婆で男勝りの某を。

 このままイマガワ館まで突っ走る。目立つでござろう。周囲の耳目を集め、行き帰り共に親父殿が手を出す隙を与えぬ策にござる。……てか、これしか考えられなかった。


 そして、町中を馬が走る。全速力で走るとお咎めがござるので、ゆっくりと歩く速度で、でござる。

 目立てばそれでよい。

 ……と、そこに付け入られる隙がござった。


 間もなくイマガワ館とおぼしきところで捕まった。親父殿の手の者に。

「ふははは! どうせこんな事ぐらいするだろうと思うておったわ! 馬は想像外だったけど! かかれ!」

「おおー!」


 何十人もの郎党に飛びかかられては、手も足も出ぬ。馬より「丁寧」に引きずり下ろされ――

「どこを触っておる!」「触れ! 揉め!」「役得だ!」「良い匂い! 女の子の匂いだ!」「これが美少女という生き物か!」「柔らかい。柔らかいよ!」

 ――近くの家に連れ込まれた。中には、若いお女中達が、これも大勢。


 若い、おなごに囲まれてしもうた。若いおなごに。大事なことなのでもう一度言っておこう、若いおなごでござる。


「はい、帯解きましょうね!」

「イオタ様、肌がお綺麗!」

 剥かれたでござる! お着物を剥かれたでござる! おっぱいブルンでござる!

「オッパイ、おっきい!」

「はい、全部脱がせますよー」

 お尻プリンでござる!

「くっ!」

 若いおなごに、こうまで囲まれては身動き取れぬ。取りたくない! 良い匂い!


 ツモトの親父殿、常日頃から、かようなおなごに囲まれて……ツモトの親父殿に囲われると、かようなおなご達に囲まれた生活が待っておるのでござるかな。心が傾く。


「うははは! お転婆で男勝りといえど、おなご相手に暴力は振るえぬであろう! おっぱい揉ませろ!」

 覗きにござる。グラリと傾いた気持を真っ直ぐに建て直した。


 パシャン!

 気の利くおなごが戸を勢いよく閉めたでござるよ。


「あ、これ何をする! おっぱいとお尻が見えぬでしょ!」

 ドンドンと戸を叩く親父殿。

 もう一度、戸が開かれ、おなごが二人ばかり出て行った。戸を後ろ手で閉めて。

「グフッ! なにをゲフッ。痛い、ちょ、いたッ!」

 ツモトの親父殿は鉄拳制裁を受けた模様。


 して――

 イマガワ館にて。


 見たことはおろか、想像すら敵わぬ大広間にて。四方の戸板が外され開けっぴろげでござる。

 綺麗に作られたお庭が目に入る。あの松なんか、見事な枝振りにござる。折ったりしたら首が飛ぶ。

 この広間に、某を入れて10人の美女、美少女がずらりと並んで座っておる。上座からやや間を空けて、横一列に並んでおるのでござる。某は真ん中辺でござる。


 朱をさした唇。目にも映える鮮やかな色使いのおべべや、綺麗に結い上げた髪を高価な髪飾りで飾り付けられておられる。

 お綺麗にござる! 

 眼福にござる!

 この中に紛れ込めただけで後の人生はどうなっても良いように思えてきたでござる!


 某? 某はあっさりとしたおべべにござる。

 薄い柄が入った浅葱色の着物でござる。洒落ておるところは、鮮やかな小豆色の帯でござろうか?

 居並ぶ美女の方々に比べれば、大変地味な作りにござる。


「テメエの事だ。着飾ろうとすると暴れるだろうから、あっさり風味を用意した。どうせ今回も巫女なんざ選ばれねぇだろうしな! 早く終んないかなー! おっぱいおっぱい!」

 ツモトの親父殿が、某の胸元を見ながら笑うておった。  


 そうこうしているうちに、ぞろぞろと武家の方々が広間に入ってきた。家臣団の方々でござろう。巫女候補の美女達のさらに下座、かつ両側に整然と腰を下ろされていく。


「御屋形様のおなりにございます」

 美女一同、並びに家臣団の方々が平伏する。

 衣擦れの音がする。御屋形様のおなりだ。

「皆の者。面を上げよ」

 揃って、うつむき加減に顔を上げる。けして御屋形様のご尊顔を拝し奉ってはいけない。およそ、お膝のあたりに真っ直ぐ視線を合わせる感じで。


「皆の者。此度はご苦労である。さて――」

「ミウラの主のおなりにございます!」

 御屋形様のお話を遮って、係の方が悲鳴的な声で告げられた。


「皆の者! そのままの姿勢でお迎えを!」

 やや焦り気味な御屋形様の声。そして、視界の上の方で、慌てて場を開ける御屋形様が。御屋形様は、飛ぶようにして、左の隅へと下がられた。


 のし!


 な、なんだこの圧は?


 頭から首、そして背筋を通り、尻というか肛門にまで抜ける力の塊?

 伏せている視界の右隅に、足が入る。白くて大きい獣の足だ!

 これがミウラの主か!?


「巫女の候補達よ、顔を上げて、ミウラの主に顔を見せよ!」

 御屋形様の緊張されたお声。そう引きつられては緊張がより高まり、誰も顔を上げようとしない。恐れもあるのだろう。


 ――しかたない。

 某がまっ先に顔を上げる。視線は伏せたまま。

 その気配を感じとったか、某を中心に居並ぶ美女達も顔を上げる。


 のッし。のッし。

 ミウラの主が、ゆっくりと歩き始められる。


 果たして、ミウラの主とは? 興味が勝ってしもうた。無性に顔とお姿を目に収めたくなった。見なければならないと思った!


 して――

 ネコにござる。トラジマのカワイイネコにござる。ただし、でかい。仔牛ほどの大きさ。或いは、見たことはないが虎の大きさ? 虎がネコになったらこうなるのでは?

 などと不遜なことを考えながら、ミウラの主をポカンとした顔で眺めておったようだ。口も半開きになっていただろう。


 ――不思議な既視感と共に。


 ミウラの主が、某に近づいてくる。

 のしのし、と目の前を白い足が通り過ぎていく。

 なんなのだ? この感触は? 懐かしいような、怖いような……

 ミウラの主のお尻が目に入った。長い尻尾が不機嫌そうに揺れて……。

 ピクリ! とミウラの主が前脚を上げたまま止まられた。

 首だけギョムッと振り返られる。体柔らかいのな。

 ミウラの主が、真っ直ぐに某の目を見られた。小口を開き、目を真ん丸に。それはまるで驚いた表情。


 バシュ!

 そんな音を立て、某の脳が焼けた。焼かれたと思うほどの痛みと熱が走った。


 金槌で殴られたかのような痛みが頭に入る。されど、体が動かない。顔をしかめることも出来ない。

 頭の中に色んな言葉や光景が洪水のように流れ込んでグチャグチャになった。それでいて、某の頭は冷静に物事を考えられている。


「ミウラじゃないか……」

『イオタの旦那!』


 ガリッと爪を立てて板の間を蹴る音。ミウラは一足飛びに、某の前にまで来た。

 そして、座り込む某の顔を覗き込む。某も、ミウラの顔をじっと見上げる。

 頭が痛い。ガンガンと、それはもう鉄の塊で殴られるかのように。


 ガバリとミウラが抱きついてきた。巨大な前脚で、某の体全てを覆い、頬……と言うか肉袋? を某の顔に擦りつける。御家中の方々から「おお!」という声が上がる。


『会いたかった! 会いたかったです、旦那ッ!』

「お、あ、お……」


 頭の痛みが、そろそろ体の自由を奪いだしてきた。某は、どうにかこうにか腕をミウラの首に回すことが出来た。そこまででござった。

 ガクンと体中の力が抜け、動けなくなった。頭は痛いまま。でも考えることだけは出来る。


 一年前に死んだミウラでござった。某は……その一年後に意識を失い……記憶が混乱しておる。

 某は、この世界に人のおなごとして、またも生まれ変わったのでござるかな……。

 よかった。会えて良かった……


『わたしもです! ああ、ああーッ!』

 泣くなミウラ。これから、また、一緒に暮らせるのだ。

 某にネコ耳とネコ尻尾はないが……

 めでたい。実に目出度い。


『では、そういうことで! イオタの旦那がわたしの専属巫女と言うことで!』

 ミウラは、御屋形様の顔を見て、大きく頷いた。御屋形様も、コクコクと何度も頷き返された。

 で、ミウラはぐったりしておる某の襟首を咥え、飛ぶような軽い足取りで、広間を出て行った。


 ――そこから先、某は気を失っておった。いや、幽体離脱であろうか? 客観的視点で某とミウラを見ておった気がする。

 ミウラはトトトと足取り軽く、イマガワ館を勝手知ったる我が家の如く駆け抜けていく。奥まった一角に、離れらしき綺麗な作りの建屋があった。

 そこへスルリと体を滑り込ませ、部屋の中央で蹲る。某を内側に囲うて、守るように丸まっておる。

 そこで、今度こそ意識を手放した。暗い闇が訪れる。……頭いたい……。

 

 φωφ φωφ φωφ φωφ φωφ φωφ


 一方、残されたイマガワ家の者達は……


 御屋形様が、首をややかしげ気味にして腕を組み、唸っていた。

「よもや、神獣様の巫女が現れようとは……」

「しかり」

 御屋形様の側近として信任の厚いオカベ殿も同意する。


「他の娘に目もくれず、一目散に飛びついてかっ掠って行かれた。余程、お気に召したのでございましょう」

 オカベ殿は膝を指でトントンと叩いている。気が短いのか、単なる癖か?


「初めてで御座いますな。巫女の言い伝えが本物であったとは……」

 指のトントンは終わらない。

「……となれば、もう一つの言い伝えも確かである、と愚考いたします」

「巫女は神獣様のお言葉が解る、という言い伝えであるか?」

 御屋形様がオカベに目を置いた。僅かに眉根に皺が浮かぶ。言い伝えに対し、もう一つ信用しきれないでいるようだ。


「頃合いを見計らって、……イオタ家の娘でありましたな? 名はマツ? マツから聞き出して参りましょう」

「うむ……失礼のないようにな」

 そうするしかないのだが、御屋形様は別のことに気を置いているようだ。


「……ひょっとして、巫女のもう一つの役割で御座いますか?」

「うむ。神獣様の妻。つまり、神獣様の埒を開けて差し上げる仕事である」

「うーむ……」

 その広間にいる全ての家臣が、眉根に皺を作った。


 皆が思うのは、身体の大きさの差である。生物学的に可能として、巫女は、その事に忌避感を抱かないか? あるいは怖がらないか?


「なにせ、神獣様と言えど、見た目は大型の猛獣であるからして……」

 その広間にいる全ての人間が、眉根に皺を作った上に懐手をして小首をかしげた。

 


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