4.神無月
日の出にござる。
バタンバタンと派手な音を立て、結界入りの雨戸が引き上げられた。ミウラの魔法による作業でござる。便利にござる。
欠伸と伸びをしながら、明るい縁側へ出てきた。
夜番の者が縁側の床に膝を着いて出迎えてくれてくれている。
若い男の二人組でござる。ちょっとした事件があって、側付きの者がそっくり入れ替わったのでござる。
「昨夜はゆっくりお休みになられましたか?」
顎髭を生やしたイケてる顔面の若侍の挨拶にござる。定型文にござるが、どことなく恣意を感じる。
ふと、振り返る。ミウラは脱力したまま寝転がっておる。だらしない顔でござる。
「某と出会う前の神々しさはどこへ行ったのでござろうか?」
「ふくっ!」
夜番の年寄りの方が、変な呼吸音を立ておった。
「ミウラの主は、まだお眠のご様子。しばしこのままで置いておかれよ。某はお腹が空いた」
「お、恐れ入りましてございまする。直ちにご用意いたしまする!」
必要以上に丁寧な言葉を用いておるが、何を恐れておるのだ?
朝の所用を済ませた所で、ミウラがじゃれついてきた。日はまだ上ったばかり。じゃれ合うには余りにも早すぎるでござる。え? 違う?
『神無月、という言葉を知っておられますか? イオタの旦那』
「ミウラよ、その方、某を馬鹿にしとらぬか?」
神無月。十月のこと。国中の神獣様が、イズモの大社にお集まりになり、来年の様々な事柄について会議する。そのため、全国から神獣様がいなくなる。よって神獣様のいない月、略して神無月と呼ぶ。
『正確には、居なくなるのはクニツカミだけなんですが。イズモ大社ことキズキノオオヤシロが宣伝のために広めた俗説なんですよ、それ』
「では、神獣様は集まらぬのか?」
『集まります』
「どっちなのだ?」
『痛い痛い痛たたた!』
ミウラの肉袋を掴んで捻り上げてやった。ここの触感、気持いいのな。
『本題です』
あらためて、ミウラは座り直した。
『月はすでに10月。神無月でございます。神獣達がイズモの大社に集結するときがきました』
「イズモに集まるというのは本当の事であったのでござるな?」
ミウラはどこまでが冗談でどこからが本当か、たまに分からなくなる。今回は、軽くかましただけで、本当のことを言っておるようだ。
『ご一緒に2泊3日のイズモ研修会へ出かけませんか? あそこは強力なパワースポットですよ』
「二泊三日?」
『空間跳躍で当日イズモ着。3日目、空間跳躍で帰ってきます』
「強行軍でござるな?」
『いろんな神獣様が集まって相観ですよ! なにせオーラが凄い。地上へ転位しそうなほど』
「某、緊張で死ぬかもしれぬ」
『美味しいものも食べられますよ』
「ぐっ……」
心が動くでござる。
『大社の若くて綺麗な巫女さんに、神獣の巫女のイロハを手取り足取り教えてもらうのもよし。お風呂に入ってお背中を流してもらうもよし。あそこの上級巫女さんはまず見た目で決めるそうですよ。ベテラン巫女様は妖艶な美女でしょうし、見習い巫女さんは美少女でしょうし』
「よし行こう!」
神獣ミウラの主の眷属となったのでござる。先輩神獣様方並びに先輩巫女様方にご挨拶をせねばと、以前より思うておったところ。いやはやなんともかんとも。
「で、いつでござるかな?」
『今日これからです痛い痛い痛たたた!』
ミウラの肉袋を掴んで捻り上げてやった。ここの触感、気持いいのな。
「さすがに今の今はまずい。いまだカイのタケダと事を構えておるのに、三日も神獣がスルガより姿を消すのでござるよ。しかるべき所に話を通してからでござる。しばし待て」
聖獣様の巫女として、若くて可愛い巫女様と並んで年増のお色気担当巫女様より、お教え願う……。イズモの大社は神聖な場所でござる!
されば、上役に出立のご報告をいたさねば!
足取りも軽く、イマガワ館中央部へと急ぐ。
前をこちらに歩いている白髪頭は、イマガワ家親族筆頭セナ様ではござらぬか! ちょうどよい!
「セナ様!」
「おお、イオタ殿。如何致した? むっちゃ嬉しそうな顔をしておるが。なんぞ良いことでもござったか?」
好々爺とはセナ様のこと。人当たりの良い笑顔を浮かべておられる。
「ミウラの主の命令でござる。ミウラの主が、イズモへ神獣様の寄り合いに出かけられる。某も神獣の巫女としての研修があるので付いて参れとの主命でござる」
「ほほう! イズモの神無月伝説は真でございましたか。……びっくりいたしました」
セナ様の頬が引きつっておられる気がするが、たぶん某の気のせいだ。
「で、いつからいつまでですかな?」
「ただ今より出発にござる。期間は三日。明後日の深夜までには戻って参ります」
「……その間、ミカワとカイの二方面と対峙しておるスルガは、魔獣に対し対応が遅れると言うことでございますな?」
「それは何とかする方法があると思います、たぶん。如何なされた?! セナ様!」
「ああ、ご心配めさるな。ちょいとばかり心の臓が不整に脈を打ち始めただけですから」
セナ様が左胸を押さえて、膝を付かれておる。大丈夫でござろうか?
「お、御屋形様には…くっ…儂の方から申し上げておくゆえ、イオタ殿は…ひくっ…ミウラの主の命に従ってくだされ」
「出かける前に、なんぞやっておくことはござらぬか?」
「そうさのう。……だれぞ人を呼んでくだされ」
かくして――
「では行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
昼番のお付きの者達に、挨拶しておく。
某の衣装は、ミウラが意匠を凝らした巫女装束風でござる。何故「風」が付いておるのか? 肩と二の腕を思い切り出しておる。大腰『腰板ですね』が太く、小腰『ベルトですね』でぎゅっと締められておる。某の腰って、こんなに細いんだ。へー。
『本来、神獣の巫女の衣装はそれなのです。いいえ、人の感覚で申し上げると、もっと扇情的なのですが、時代考察を鑑みまして、その辺で手を打っているのです。いわば簡略型』
いまいち、信用がおけぬが……。
変わった意匠の白衣に、……下は袴ではなく裳を付けておる。袴を付けるようになるずっと昔に使っていた女子衣服の一種で、ミウラが言うには『プリーツのロングスカートです』とのことでござる。ヒダヒダでござる。一見、袴と区別が付かぬのでござるが、お股の下が直接風に当たるようになっておるので、何とも頼りない。
『ですが、イオタの旦那以外の女子が裳をはいてたら? 直接下着、もしくはピーが大気に触れているのですよ?』
有りでござる!
して、髪は、いつものように総髪を後ろで括った『ポニーテールですね』ままにござる。
腰に拝領した刀を腰に差し、幾ばくかの荷物を背に括りつけ、ミウラの背に跨った。
『裳をはかれておりますので、直接……柔らかい……では、いきますよ! 空間跳躍!』
ミウラと共に虹の輪っかをくぐった。
『空間跳躍!』
やや長めに虹の輪をくぐり抜けると、そこは森? でござった。真ん中に真っ直ぐの道が一本。左右を屏風のような大木で囲まれておる。
「ミウラよ、その方、跳躍する呪文が一回ごとに違っておらぬか?」
『意味が一緒なら、なに使ったって同じなんですよ』
……ミウラが使う魔法は、だいたいこんなものでござる。
何とも言えぬ神聖な空気。かすかな霞がかかっており、この世の景色とは思えぬ。
深い森を貫くように整備された砂利道が真っ直ぐ続いており、綺麗に掃き清められている。
『大社への参道でございます。さあ、参りましょう』
「うむ」
参道は道の端を歩くのが慣わし。賢い某は、左に寄って歩き出した。
『イオタの旦那。端っこを歩くのは人間だけです。わたし達は神獣の一派ですので、真ん中を歩いてください』
「お、おお! 罰は当たらぬか?」
『わたし達が当てる方ですから。ご安心を』
そう言えばそうでござった。
一応、ミウラが神獣で某がその巫女でござるからな。ミウラの斜め後ろに付いて歩き出した。
けして、怖がってるんじゃない。アレだ。初めての場所で道わかんないし。
『一本道ですが』
「なんとなくッ! 朝霧のようなモクモクが出てきておるが、体に優しい物質でござろうな?」
そうこうしているうちに、鳥居と、その向こうに大きな社が見えてきた。
そして、鳥居の前には、ずらりと神官服を着た方々が、ポカンと口を開けて並んでおられた。




