12.ヘイスケ殿とツモトのオヤジ
再会編の最終回です。
「おマツ殿ぉッ!」
前のめりな若者にござる。
「うッ、ヘイスケ殿、お久しぶりにござる」
某の腰が引けとる。
「久しぶりって、まだ十日もたってないじゃないですか!」
「さ、さようか……」
この暑苦しいのは、某の元婚約者のヘイスケ殿でござる。
「元だなんて! 今もおマツ殿はわたしの許嫁でございます!」
「婚約は解消しているでござるよ」
ヘイスケ殿は、某より一個年上にござる。平凡な顔で、平凡な背丈。平凡な剣の腕にござる。某より剣が弱いのでござる。
許嫁というより、仲の良い男友達枠でござった。過去形でござる。
「おマツ殿が急にいなくなって! それがツモトのヒヒ親爺の企みだと分かって、屋敷に突っ込んだのでございますよー! 叩きのめされて放り出されましたが!」
「それは、お勇ましいことで」
それ以外、どう言えと?
「さ、おマツ殿。わたしが来たからにはもう安心です! 手に手を取って逃げましょう!」
「某、すでに人ではないのでござるよ!」
ネコ耳をパタパタと叩かせ、ネコ尻尾をウネウネと動かしてその存在を主張する。
「かわいい! 可愛いじゃないですか! わたし達の愛の前に、ネコ耳なんか添えられた美しき色に過ぎません。ささ!」
これだけ言っても堪えん男でござるなぁ!
「ヘイスケ殿。某、ミウラの主に全てを捧げ申した。もはやヘイスケ殿に立てる操はござらぬ」
「それがイイッ! 経験者としておマツどのに手引きしてもらうのがイイのです!」
ギュォオ!
反応有りでござる!
こやつ、下半身で物を考えておる。こういう男は後先を考えぬのでござる。
廊下で控えているオカベ殿が、すでに鯉口を切っておられる! ヘイスケ殿の首が危ない!
「これ、ヘイスケ殿! 某、いわばミウラの主の妻。人妻にござる」
「だからよい! ささ、はよう!」
こやつわぁー。
ふと視界の隅に色が入る。
あ、まずい! ヘイスケ殿的にまずい! ……いや、まずくないか。
「ヘイスケ殿。ミウラの主に気付かれた。こっちをもの凄い顔で睨んでおる」
「え?」
いつの間にか、ミウラが庭に出てきておった。こっちを……おもしろそうな目で眺めておる。
「お怒りにござる。イマガワ館どころかスンプの町が火の海に沈むでござる!」
「こ、これはいけない! ではわたくしはこれまでで! またお会いしましょう! おさらば!」
つたたたーと走って出て行った。
男なら、ミウラの主など怖くない、とでも言えば良かろうに。嘘でも。……あ、これ、おなごを口説くのに使えるでござる!
「イオタ殿、あやつ始末しておいた方が――」
「やめておくでござるよ。ヘイスケ殿は被害者側でござるからな」
「では、早い目にどこぞの娘でもあてがって?」
「そっち方向の平和的解決をお願い申し上げる」
やべぇー。ヘイスケ殿やっべえー!
『彼の立場と首が』
これでお終いかと思うておったが、大物が抜けておった。
ツモトのオヤジ殿にござる。
釈然とせぬが、母上と幼い弟たちの命の恩人にござる。
「おお! お可愛ゆくなられて!」
ギュォォー!
ツモトのオヤジ殿でござる。
いつも通りでむしろ安心したでござる。
「さぞや神獣様に可愛がってもらっておるのでしょうなぁ!」
ギュッ、ギュォォー!
これがこの者の普通でござる。
「オジ上殿。母や弟たちの危ないところをお救い下され、ありがとう御座います。感謝の言葉もございません」
「いや、なに! 蛇の道は蛇……、もとい、イマガワ館の対応が手ぬるいと思いましてな。万が一を考え、こちらで手配したまで。いやはや、もし、恩に感じるなら乳揉ませて!」
場を和ます冗談だと思うでござろう?
しかし、このオヤジ殿は本気で言ってるのでござる。
……ハタと思い付く。このオヤジ、下心無しで気の利いたことはせぬ人間でござる。
ならば、今回の気の利いた一件、なんぞ裏があるはず。
某、手を懐に入れた。そして、オヤジ殿を上目遣いで見る。
「本音を正直に言ってくれたら、見せてやってもいい」
「マツ殿が神獣様の巫女になったであろう? マツ殿の縁者となって、イマガワ館で権勢をふるおうと思うたのだ。俺の代は無理でも、孫あたりになればアシムラ家に取って代わって権力を振りかざせる……」
オヤジ殿の説明が途切れた。夜、某を見るミウラのような目をしてこっちを見とる。
「ほほう、それで?」
某は胸元をくつろげた。オッパイの谷間が外に出る。
「タケマル殿とウメマル殿に、自分家の娘を嫁に押しつけようと思いたって……」
ツモト家の娘さんは、姉は十六で妹は十四にござる。
「……んで、これは良い考えだと思い立ったが吉日。とりあえず夜になるのを待ってイオタ家に踏み込んだところ、刀を手にして押し込んできた狼藉者とぶつかっての……」
また止まったので、今度は裾をはだけ、生の足首を見せた。
「……んで、こっちの若いのもイキリたっておったから、いきなり斬り合いが始まったんだ。十対五だから負けるはずも無し。全員斬り殺したところ、そん中で見知った顔があって、これ、アシムラ家の若いやつじゃね? 死人に口なし。押し込み強盗の現行犯として突きだしたんだよぉ!」
そんなことだろうと思うておったわ!
「大きな陰謀を阻止したとして褒められた。というわけだ。愉快愉快、アッハッハッ! さあ、乳揉ませろ。乳首でもいいよ。あ、ちょっと、なにお着物を整えてるの?」
乱れた裾と胸元を直し、護衛のオカベ殿に声を掛けた。
「オカベ殿」
ザシュ! と風切り音を立て、白刃がオヤジ殿の首に吸い込まれていく! 抜き打ちにござる!
「あぶねぇ! なにすんだコノヤロウ!」
「あの斬檄をよくぞかわした」
オカベ殿は片膝を立て、刀を振り切っておられた。
一方、ツモトのオヤジ殿は尻餅をついて、姿勢を崩しておる。やるなら今だ!
「ツモト殿、お覚悟!」
切っ先が、オヤジ殿の心の蔵へ吸い込まれていく。
ドシィッ!
必殺の下段突きが床に突き刺さる。
オヤジ殿、あの姿勢からよくぞかわせた! ひょっとして、オヤジ殿、凄腕の剣術家でござるか!?
オカベ殿、突き刺さった刀を抜くのに苦労しておる。余程の力を込め、体重を乗せた突きでござったのだろう。そう簡単に抜けはしない。
「うおおぉぉー! やってらんねぇー! 次は必ず押し倒して全身舐め回してやるからなぁー! 覚えてろよー」
残響の尾を引きながら、ツモトのオヤジ殿は逃げていった。
「しくじった!」
オカベ殿が、ようやく、刀を抜かれた。相当深く食い込んでいたでござるな。
「追います!」
「待たれよオカベ殿! 変態スケベ野郎でも恩人は恩人。結果論でござるが、此度の件、見て見ぬ振りをしていただけませぬか?」
「イオタ殿がそれで宜しければ」
オカベ殿が納刀して……、刀が反って鞘に収まらぬ。どんだけ力入れて突いたんだ?
どうしようもないスケベオヤジでござるが、あの者が下心を抱いたから、母上と弟たちが助かったのでござる。
見逃すことにした。……一度だけは。
『2度目はわたしが全力で戦います』
神獣であるミウラが全力を出さねば殺せぬのか?
「まあ、よいか。これで元通りでござる」
ミウラが某を見つめておる。きっと某と同じ事を考えているのでござろう。
で、オカベ殿はチクった。
先だってのカイ方面からの魔獣侵入のどさくさで、タケダ軍がちょっかいかけてきておるとのこと。
援軍を出す話が出ておる。ツモト家が先陣を勤める名誉を得たとの話でござる。武士の誉れにござる! 補給と後詰めが致命的に遅れるそうにござるが!
『案外、あのオヤジさんなら切り抜けられるかも(笑)』
――再会編・完――
次回、イズモ編に続く。
誠意執筆中!
しばらくお待ちください。




