18.イガ
して――、
トオトウミに出現した魔獣を血祭りに上げた後、アスカニイマス神社に一泊したのでござる。
アスカという地は昔の遺物や遺跡が、露天でゴロゴロ転がっておるので、観光に事欠かないのでござる。
のんびりしたくとも、村の子供達が放っておいてくれない。やれ鬼の雪隠だの、酒を造っていた岩舟だのと手を引いて連れ回してくれる。
『アスカは巨石文明だったのでしょうか?』
出発は翌日とした。
翌朝。
風が出ていて、心持ち涼しい朝でござる。
大勢のお見送りを背にし、アスカを旅立ったのでござる。
途中、サクラの井という地まで、ヤマトの主と同道した。
ここから先はミウラと某の二人旅にござる。
『さて、イオタにミウラの主。ここでお別れだ。この道を東へずっと辿れば、イセの海に出るだろう。たぶん』
「ヤマトの主様。お世話になりました。このご恩、生涯忘れることはございませぬ」
『ヤマトの主、ありがとう御座いました。お蔭で楽しい旅になりました』
『イオタとミウラの主と旅が出来て嬉しく思う。……純粋に旅が楽しかった。同じ神獣と旅をするのが、こんなに楽しいとは、考えたこともなかった。できれば、また旅をしたいと思う。次は川底から湯が沸く村を案内してやろう。ではさらばだ。神無月の集会を心待ちにしておるぞ!』
ヤマトの主は、北へ向かって虹の輪を潜られた。本拠地にしておられるカスガ大社へ帰られたのでござろう。
「ではミウラ、旅を続けようか」
『へいガッテンで!』
ハツセ街道と名の付いた田舎道を東へ東へと歩いていく。勾配の緩い楽ちんな道でござる。
『ヨシノの道に比べれば、ハツセ街道は、歩く歩道でございますな』
「足の裏が何ともない道は久しぶりにござる。……歩く歩道ってなんでござるか?」
しかし……雲行きが悪くなってきたでござる。風も強い。生臭い匂いの混じった湿った風にござる。これは一雨来るな!
して、山を越えたら、盆地が広がっておった。
『ウエノ盆地でございますな。たしか入口はアカメ……カムイ伝のある意味主人公、夢屋の赤目先生と同じ名だ!』
「赤目先生?」
『出自不明のニンジャでございます。ニンジャ旧御三家、赤影、サスケ、カムイに次ぐ実力者が赤目先生にございます』
ミウラが居た時代にまで名を残すニンジャでござるか? 確か、名を残さぬニンジャが優秀なニンジャとか、前に言っておらんかったか?
『ちなみに、ナルト、乱太郎、ニンジャスレイヤーが新御三家でございます』
未来の世界では、ニンジャは有名な存在だったらしい。
して、道が平たくなった頃、いよいよ、いかん様になった。
大粒の雨でござる。風がビュービューと音を立てて吹いておる。後ろに纏めた髪の毛が持って行かれるー!
してて――
大荒れでござる。これだけ降れば、あと二、三年は降らぬのではないか? と思うほどの雨と風にござる。雨の神様の在庫決算処分にござる。
ナバリ川を目の前にし、ハツセカイドウから見えるあたりの地で足止めされたのでござる。
山側にクロダ神社というのが建っていた。そこそこ大きな神社でござったので、雨宿りのため駆け込んだのでござる。
雨宿りを請う神獣様と神獣の巫女を断る神社は日の本にはござらぬ。どうぞどうぞと建屋に上げていただいた。
『どうやら台風、野分けのようですね』
「でござるな! 吹き降りでござる!」
この神社は変わっておる。ぐるりと背の高い土塀が取り囲んでおるのでござる。
建物まで、変わっておる。
まず、屋根が厚い。暑さ寒さを凌ぐためでござろうか?
して、本殿を含む一連の建物の腰が高い。つまり、足が長いのでござる。某の背の倍は高い。
そして、本殿から渡り廊下が延びており、その先は屋根のある小さな舞台になっておる。やけに周囲が見渡せる。景観の良い舞台でござる。まるで物見の櫓でござる。
宮司殿の説明では、お祭りなどがあった際、ここで踊りを披露するのだと。それを村のみんなが見て楽しむのだそうだ。けっして物見櫓の代わりではないとのこと。
して、某とミウラがいるのは、この付きだした舞台でござる。
外は、びょうびょうと音が鳴り、雨が吹き降りでござる。当然、爪先が濡れ、風が髪の毛を引っ張るのでござる。
『なんで雨宿りしてるのに、わざわざ濡れに?』
「男の子の冒険心でござる! 野分けが来ると、血が騒ぐのでござる!」
『ああ、なるほど。治療不可能な病気でございますか』
ミウラには、男の子心が解らぬ!
「しかるに、ミウラ。某、この旅で感じ入ったことがござる」
『なんですかな?』
隣でお座りしているミウラにだけ聞こえる小さい声でお話しをしておる。
「人の考える神獣と、某が知る神獣は違う……いや、知らぬのだ。人が……神獣のことを。……いや、神獣が人を知らぬ……そういう面もある。……お互いでござるか?……」
『ほほう、旦那には珍しく強い思いが先に口に出てますな。それで?』
うーむ、何というかな……。
「某の通詞だけで、数百年来の疑問や誤解が解ける。……神獣が人の荒事に口出しをせぬ……のは、掟ではなく……、人に意思を伝え辛いからではないか?……無駄であると諦めておるのではないか?」
『ふむふむ……』
ミウラはいつでも某の話を真面目に聞いてくれる。聞くだけでなく、答えを一緒に探そうとしてくれる。
『神獣が人に介入している世界を想像しますに、神獣は人の上位種として世界に君臨しているでしょう。よろしいのですかな? ほぼ平和な世になるでしょうが』
「平和な世界は、それはそれで良いのでは?」
『では、逆にお聞きいたしますが、神獣は、まこと世の支配者に相応しい人格、神格の持ち主でしょうか? これまで交際のあった神獣様の言動を思いだしてください』
空が光った!
空気を割る轟音!
雷が、神社の裏に落ちた!
神獣の言動。
最近では、ギフの主『おっぱい』
次にイセの主『おっぱい』
ヤマトの主『おっぱい』
イナバの主、フシミの主『おっぱい』
……。
また空が光った!
空気をカチ割る轟音!
雷が、神社の裏に落ちた!
「神獣様に世を支配させたりしたら、大変なことになるでござる! 主に女子の貞操面で」
『でしょう?』
風は納まったようでござるが、雨は相変わらず降り続けておる。斜めだった雨の線が、真っ直ぐになっていた。
「ならば何のために神獣はおるのか?」
『おっぱい見るため? ですか?』
「納得いたした」
経験は何者にも勝る勉強でござる。某、学習いたした。
この時代、まだ雨樋は発明されておらぬ。屋根から直接雨が水となって落ちておる。飛沫が縁側、濡れ縁でござるかな。音を立てて濡れ縁を濡らす。
相変わらず雨は降り続けておるが、雨音が小さくなってきた。
ミウラとの話はここまで。
雨が、徐々に小降りになっていく。内緒話が出来なくなっていく。
「屋根裏にいる者、危ないから降りよ。床下に潜む者、雨は止みそうだからもう良かろう?」
ごそ……ごそそ。ネコの耳でようやく拾える音を残し、神社の手の者は、屋根裏と床下から退散した。
『イガと言えば?』
「ニンジャでござる」
『あと、赤福』
そして、事件が起こった。




