1.イオタ マツ 十五歳(数え)の青春
命に満ちた夏が終わり、秋が過ぎ、冬を迎えようとしている昨今。皆様いかがお過ごしでしょうか?
某、イオタ家長女、マツと申す者。
本年とって十五歳にござる。
スルガとイズを領する大家、イマガワ家の禄を食む物にござる。
して、自慢ではござらぬが、ご近所でも美少女として有名にござる。
これで、ネコ耳やネコ尻尾が付いておれば……否! 某、何を言っておるのでござろうか?
頭の後ろで束ねた黒髪をブルンとふるう。ネコ耳など付いておらぬ。
でもって、団子屋のおキクちゃんの元へ、もとい……幼い弟達のため、苦労人の母のため、副業(字や算術を教えてる)で稼いだ小銭を持って、団子を買いに行く途中にござる。
行き交う人が、……主に男が、某をチラチラと見るが、美少女だからだけではなく、その服装に目を止めておるのでござろうな。
男のこしらえで通りを歩いておるのでござるからな。小袖に袴姿。腰に小太刀を一本差しておる。
それもこれも、一昨年、父上が戦場で討ち死になされた事に起因いたす。
当時、嫡男たる弟、タケマルはまだ三歳で、成長するか否か解らぬ年齢にござった。ウメマルに至っては、まだ母のお腹の中におった。
世間から舐められるわけにいかぬ。また、お家断絶の危機に対応するため、某が女の身空で男のように振る舞うことに致した。
もともと、適性があったのでござろう。試しに剣を振ってみた。某の剣の腕は、あっという間に大人の男を打ち倒すまでに上達いたした。
でもって、某が許婚と結婚するまでの間、対外的に武の家としての面目を保っておる次第にござる。
某には親の決めた許嫁がおる。ヨシダ家のヘイスケ殿という、ちょいと助平なだけで平々凡々な優男にござる。弟が成長する目処が付くまで、結婚は待ってもらっておる。無理矢理に!
……実は結婚したくないのでござる! 男と肌を合わせる? 寒イボが立つでござる!
綺麗なおなごと肌を合わしとうござる! 某、女だけど、おなごが好きなのでござる!
それと時々、自分が女であることを失念し、男のように振る舞ってしまうのでござる。上半身剥き出しのオッパイぽろり事案多数発生でござる! しかも、さほど恥ずかしくないと来たもんでござる!
現に、今、おキクちゃんの顔を見とうて仕方ない。おキクちゃんと所帯を持ちたいなどと考えておる始末。あと、飯屋のおハナちゃんとも所帯を持ちたい。芝居一座のおクニ姐さんとスケベな関係になりたい。もちろん、おクニ姐さんの主導で!
男とナニするなど、言語道断! きっしょ!
何故でござろうか? 某、頭がおかしいのでござろうか?
某には死んでしもうた父上が決めた許婚がおるというのに。……ヘイスケ殿は悪くない男にござる。ヘイスケ殿とは友誼も厚いが、男女の仲かと聞かれれば、ちと違う。
それと、遠戚、ツモト家のヒロツグのオヤジ殿。某を妾に所望すると、あたり構わず言いふらしておられる。某の美貌が目当てでござろう。許婚がおるというのに、よき度胸でござる。男ならこれくらいやらねば。いやいやいや、某、貞操の危機にござる。
しかし、オヤジ殿ん家は川の利用権益を持っておる故、裕福でござる。ここに嫁げば母と弟に楽を……いやいやいや! ヒヒオヤジにオッパイを舐められるのはごめん被りたい。ましてや子作り等まっぴら後免にござる。
そう言ったことを含めて……
某が男でござったらなぁー。
父上は一昨、トオトウミの戦で名誉の討ち死をなされた。母上は気丈夫な方だが、無理をしておられる。タケマルはまだ五歳だし、ウメマルは、昨年生まれたばかり。
うーむ、やはりお家のこともあるし、某がヘイスケ殿の家に嫁ぐしかないか……。それにしても、おクニ姐さんに手ほどきを受ける方法は無かろうか?
等と、徒然なるままに歩いておると、いつの間にやら神社の裏手に出てきた。ここは人通りが少なく、薄暗く、治安も悪いし、夜になれば綺麗なお姉さんが立ちんぼする場所にござるが、団子屋への近道にござる。一刻も早よう、おキクちゃんに会いとうて、この道を選んだだけにござる。ひょっとして綺麗なお姉さんが立ちんぼしてないか、等と期待してはおらぬ。そこに他意はない。
「キャー! 誰かー!」
おっ! 絹を裂くような女の悲鳴! 若いおなごの声にござる! 危機でござる! 助けに入れば、あわよくば!
といった雑念は置いておいて――
一気に駆ける。
松林のあたりで、おなごが無頼漢に襲われておる! おなごの裾が乱れて白い足が……。アレでござるな。婦女暴行現場でござる。性犯罪にござる。もうちょっと入り組んでから助けよう!
あっ! 被害者はおキクちゃんではござらぬか! おのれ! よくも某のおキクちゃんを!
「何をしておる!」
腰の刀を引き抜いて、三人がかりでいけないことをしている男共に斬りかかる!
「死ねぇー!」
「うわッ! 危ねぇ!」
「こいつヤバイぞ!」
「キャー!」
おキクちゃんに乗っかっている男に斬りかかるも、すんでの所でかわされた。声を張り上げたから気付かれてしもうた。次からは声をひそめ、ブスリと刺してから声を上げることにいたそう。
「なにしやがる、このアマ!」
「その方らを殺そうとしておるだけにござる! 温和しく斬られよ!」
刃物を持って突っ込んできたら、そりゃ斬るためだけでござろうが! 斬られる覚悟のない者は、おなごにのしかかってはいけない。
「話が違う!」
「やってらんねぇ!」
「キテグルイだ!」
「引き上げるぞ!」
「待ってくれ!」
男共はこけつまろびつ逃げ去っていった。
「ふん! 他愛もない!」
現在開発中の格好いい納刀法「イ」型で、刃物を鞘に収める。
「怖かったですぅー!」
「おう!」
おキクちゃんが抱きついてきてくれたでござる!
これはもうまぐわい? まぐわいと呼んで良いよな?
「おーい! 大丈夫かー!……って、アレ? もう終わってる?」
バラバラと五人ばかり侍が走って来おった。ふふふ、遅いぞ。おキクちゃんの初めては某が頂いた。
出遅れたマヌケ共だが、おなごの危機に駆けつけた意気や良し。どれ、美少女から褒め言葉の一つでも……
何で、かような人気のない場所に武装した武家が五人も?
よく見れば、五人の内一人、一際デブってるのは、先ほど話題に出ておったツモト家ヒロツグのオヤジ殿ではないかな?
「くっそー! 役にたたねぇクズ共だぜ! マツもマツだ! 刃物ブン回して集団に突っ込むんじゃねぇ! 怪我でもさせたら事だろうが!」
「怪我でもさせたら? したらじゃなくれ? ははーん、オヤジ殿、仕組んだな?」
「な、何を証拠に! 違う! 俺は何も知らない! なあ、おキクちゃん?」
「そうですとも、わたしはツモトの旦那様にお金で雇われただけで、あのゴロツキの身元は一切存じ上げませんとも!」
あああー! おキクちゃんがオヤジ殿の手に落ちておったか!
「ゲロっちゃだめでしょ、おキクちゃん! ええい! こなっては仕方ない。ここであればマツもただの小娘よ! 力ずくで本懐を遂げさせてもらう! 温和しく痛いッ!」
伸ばしてきた手に、軽く切っ先を当てただけだけど、刺さったら痛いでござるよな。
残りの者も、のし掛かるように襲ってきたが、全部返り討ちにしてくれたわ! もちろん、軽く腕の皮膚を切っ先で突いただけござる。
「くっそー! 違法な手段を用いてもマツちゃんを合法的に俺の物にしてやるぞ!」
タプタプと醜く突き出した腹を揺すり地団駄を踏んでおる。
この親爺、全然反省の色がないでござる。
「そもそも、某には許婚がござる。それ、どう処理するつもりでござったのかな? 力づくで押し通さば、ヘイスケどのンところのヨシダ家と揉めるでござるよ。そうなれば、イマガワ館に訴え出られて大事になるのは明白!」
「え? そうなの?」
この親爺はぁーッ!
「なにせ現御屋形様は、キョウの流儀をいち早く取り入れた風流人。野蛮人じみた行いを忌み嫌うお方にござる」
御屋形様は風流を愛されるお方。きな臭い煙の漂うキョウから、イマガワ家へ下向されるお公家様を斡旋しておられるほどでござる。
「だ、だったら、婚約を解消すればいいだけのこと」
懲りぬ親爺でござる。
「向こうも意地がござるからな。金や脅しでは屈せぬぞ。某、今日のことをチクっておくから」
「おいおい、それはないだろう?」
まるで某が悪者のような言い方でござる。
「ならば、最大限譲歩して、某の母上は如何でござるかな? 充分若いし、おっぱいも大きいし」
「オッパイは赤ちゃんを産んだからだろう? それに俺は経産婦に興味ないんだ。そうだ良いことを思いついた! これなら双方共に損はなく、ヨシダ家も納得するはず」
「なんでござるかな?」
どうせろくな思いつきでござらぬだろうが、聞くだけ聞いておこう。
「ぜ、銭なら有る! 銭を積むから、せめて口吸い、いや口づけだけでも!」
「やはりろくでもない考えでござった。お断りにござる!」
「ならばオッパイを揉ませて! 吸わせて!」
「よりダメでござる」
「えーい! ならば最大限譲歩しよう! 先っぽだけ!」
「譲歩するどころか、より厚かましくなっておるではないか!」
「チッ、気付かれたか! 必ず合法的に婚約破棄させる妙案を思いつき、俺の物にしてやるからなー! 覚えてろよ!」
「あ、まって旦那様ーっ!」
配下の者とおキクちゃんを連れて走り去っていった。
「愚か者め!」
……婚約破棄でござるか……。魅力的な言葉にござるな。
某は自由に生き……。母上と弟を捨てることは出来ぬ。
なにか、こう、誰もが納得できて、婚約を破棄する方法は無かろうか?
して、数日後。
とある出来事が有り、無事婚約を破棄することとなり申した。