9.助けられるという自信
護衛士館につく頃には、もう日が高くなっていた。今は夏季らしいけど、日差しが暑すぎることもなく、澄んだ青い空が広がっている。
科学が発達してない世界は不便だけど、こんなにも綺麗なんだな……緑が目に優しく、空気もなんだか吸いやすい。
子供の頃に読んだ、物語にあるような夏休みみたい。主人公はひとり、知り合いの家を訪ねて、田舎に行くお話。
わたしは親戚がいないから、そういう、夏の間に遊びに行くという経験がない。
施設のみんなで海に行ったり、山でキャンプしたことはあったけど。
こんな大人になって、今さら夏休みがもらえるなんて……神様は、いたずらにもほどがある。
馬車から出ると、建物の裏の方から、何やら男の人たちが騒いでいる声が聞こえた。
「……この時間は、外での仕事がない者は訓練している」
ハーシーはそう言って、わたしたちを裏庭に連れて行ってくれた。そこには20人くらいの男たちがいて、木刀を振っていたり、素手で組み合いをしたりしている。
ハーシーが、指笛を吹いた。そのかん高い音は遠くまで届いて、護衛士さんたちがいっせいに、目の前に集まってきた。
「みんな、ご苦労。
今日から二人、王の命により、異世界から来た者を預かることになった」
「あっ……日向ひよと申します。よろしくお願いします」
「フィオちゃーん」
わたしの名前を呼んでくれたのは、あの童顔の護衛士さんだった。服を着ているときは分からなかったけど……上半身、バキバキだ。
「おれはアパト!こっちのでかいのは、マスル。おれたち一緒にいることが多いから、見つけたら声かけてね」
隣の背の高い人も、朝に会った人だ。
わたしは「よろしくお願いします!」と言って、頭を下げた。
わたしが目配せすると、先輩も口を開いた。
「理方春政です。よろしくお願いします」
その名前に、護衛士さんだけでなく、わたしもびっくりした。そういえば、そんな難しい名前だった……ずっと『先輩』と呼んでいたから、名前を忘れかけていた。
「ハルワサ……?」
「ハルマサ!」
「ハル……うん、ハルでいいや」
アパトの言葉に、わたしは苦笑いした。
「1週間後までに、この2人を召喚した者を見つけるようにと言われている。
なにか手がかりがあれば、おれに報告してくれ」
ハーシーの言葉に、護衛士たちは戸惑ったように顔を見合せた。
すると先輩が「こいつ、ここで1番偉いの?」と、わたしに耳打ちしてきた。
「うん……たぶん」
「えー!団長、自己紹介してないの?
もー、そういうところ抜けてるんだから」
するとアパトが、前に出てきて、わたしたちの間に入ってくれた。
「彼はハーシー・ジギス伯爵だよ。
もともとは孤児だけど、護衛士としての腕前や統率力を買われて養子になり、前の伯爵から団長を引き継いだんだ」
「伯爵……じゃあ、ハーシーは貴族だったんですね!」
そういえば、王宮に行った時もそうやって呼ばれてた気がする。
「ふーん……どれほどの腕前か知らないけど、どうせ顔がいいからだろ」
先輩の言葉に、空気がピリついた。確かにハーシーはイケメンだ……二次元の世界から出てきた、王子様のようだ。
それでも、容姿のことを出されるのはハーシーも気に入らないだろうし、わたしもそれは違う気がした。
「……先輩は、もし今、川で全く知らない他人が溺れているとしたら、助けに行きますか?」
わたしの問いに、先輩は「急になんだよ」と笑った。
「溺れている人を見ても、すぐに助けに行ってはいけないと聞きます……自分も、引きずりこまれるから。
溺れている人は、必死につかんでくるから。
だから先輩が、わたしを助けに来なかったことは、正しかったと思います。先輩を道連れにしなくて良かったと、心の底から思います。
それでもハーシーは、まったく知らない他人なのに、飛び込んでくれました。それは、助けられるという自信と、その技術があるに他なりません。
彼が助けてくれなければ、今ここにわたしはいなかったと思います。
今後、彼のことを悪くいうのはやめてください」
あの時、死を受けいれていたわたしに、諦めるなと言ってくれた、ハーシーの声が蘇ってきた。
「……ハーシー。おれと木刀で決闘しろ」
先輩の言葉に、わたしは目を見開いた。
「えっ……何言ってるんですか!?」
「大丈夫。子供の頃から、剣道習ってたから」
「いや、そうなのかもしれないけど……相手は護衛のプロですよ!?生半可な気持ちじゃ……」
「生半可じゃないよ」
先輩は、面倒くさそうに目を合わせないハーシーの胸ぐらを掴みにいった。
わたしは止めようとしたけど、そっとハーシーが「別にいい」というふうに、手を上げた。
「もし、おれが勝ったら……ひよの護衛から手を引け。おれだって守れること、証明してやるよ」