7.先輩
王様の言葉に、息が止まりそうだった。
もし、召喚者が見つからなかったら……私は一生、元の世界に帰れないの?
せっかく慣れてきた仕事も行けず、推し活もできず……元の家に帰れなかったら、あのオタ部屋はどうなるの?
今までせっかく集めた推しグッズが、全部捨てられちゃう……それが、何より1番苦痛だ。
そう思っている時に、ハーシーが口を開いた。
「まぁ、召喚者が見つからなくても。王宮に住めるんだし、位の高い貴族に見染められれば、この先の人生は安泰だろ」
その言葉に、わたしはうっすらと怒りを覚えた。
「そんな人生……わたし、望んでません」
思わず、涙が溢れ出てきた。昔からそうだ。本音を出す時はいつも、感情の波が押し寄せて、泣いてしまう。
「わたし……早く帰りたいです。
仕事もしんどかったけど、途中で投げ出したくありません。それに、推しもたくさんいるんです。あの子たちのグッズを守ってあげられるのは、わたしだけなんです……!」
とめどなく涙が溢れ出てきて、止まらなかった。
クラウスは、ハーシーを睨んで「お前が泣かせたんだろ、どうにかしろ」と小声で言った。
その時、謁見の間のドアがノックされた。
王様は「いったん席を外す」と言って、ノックしてきた兵士と話しに行った。
「……推しって、何なんだ」
ハーシーと二人きりになると、彼はそう尋ねてきた。わたしは、少し気持ちを落ち着けて、口を開いた。
「推しというのは……応援している人のことです。顔がタイプだったり、声が好きだったり……わたしたちオタクは、その人が高みに登れるように応援しながら、常にファンサを糧に生きているんです」
「ファンサ……?」
「推しからもらえる言葉だったり、行動だったり……わたしたちを喜ばせるためにしてくれるものです。個人的なファンサをしてもらえると、オタクは神ファンサと言って、荒ぶります」
「……おれは、あんたの推しなのか」
「えっと……わたしにとっては金髪碧眼の人が、とても推しなんです。元の世界にいる時から、そういうキャラクターばかり好きになっていましたから。
でもハーシーは、ファンサをくれないですし……わたし、冷たくされて喜ぶほど、変態な女じゃないんです」
その言葉に、ハーシーはまた吹き出した。真剣に喋ってるのに、何が面白いの!?と彼を睨んだけど、そんな怒りは、どこかへすっ飛んで行った。
彼が、そっとわたしの頬に触れてきたのだ。まだ乾いていなかった涙を指をすくったあと、それを自分の口に含んだ。
「……本当に、悲しい気持ちになったんだな。泣かせて、ごめん」
そう言って謝ってくれたハーシーは、どこか気を張っていた仮面がはがれて、素の表情が見え隠れしていた。
彼は、人の感情の機微が読み取りにくいのかもしれない。それか、疑り深いのか……なんにせよ、わたしの涙を口に含んだ。
え?口に含んだよね……え、わたしの涙を?
「そ、そ、そ、それがファンサです……!!」
その瞬間、ドアが勢いよく開けられた。
「ひよ!!」
「えっ……先輩!?」
中に入ってきたのは、まごうことなき先輩だった。うそ……先輩も、一緒に異世界に来ちゃったの!?
彼はわたしに向かって走ってきたあと、思いっきり手を広げて抱きしめてきた。
「おれ、お前が落ちていくのを見て、必死に崖を降りる道を探して……川に流されたと思って、ずっと川を下ってたら、なんか兵士に捕まっちゃって……!!」
半べそかきながら、先輩は会えた喜びを語り続けてくれた。
「まさか、先輩もここに来てるって思いませんでした……会えてよかった……!」
「うん、良かった……!! さぁ、一緒に帰ろう」
その時ハーシーが、無言でわたしの腕を引っ張ってきた。よかった、先輩の腕の中は、ちょっと暑苦しかったから……。
「ひよはここで、やることがあるんだ。
お前だけ先に帰れ」
「はぁ!?何言ってんだお前、好きな女を、こんなところに置いていけるわけないだろ!!」
わたしは、その言葉に「えっ」と、声を漏らした。先輩、告白しちゃってるじゃん……好意が漏れてるどころの騒ぎじゃないけど、大丈夫?
先輩は、びっくりしているわたしの顔を見て、照れくさそうに話を続けた。
「……ひよが落ちていくのを見て、助けられなかった自分に、不甲斐なさを感じた。今度はちゃんと、お前のこと離さないから。
ずっと、高校の頃から、お前が好きだったんだ」
やっとはっきり言ってもらえて、スッキリしたような……何もこんな人前で……公開処刑じゃないですか。
でも、勇気をだして告白してくれたんだ。わたしも、誠実な態度をとらないといけない。
わたしが彼に向き合おうとすると、なぜかハーシーの手にぐっと力が入って、わたしの身体を動きを止めた。
「残念だったな。ひよを助けたのは、おれだ。そしておれは王より命をうけて、聖女としてのひよを護衛することが決まった」
ん?護衛してなんて、王様頼んでたっけ……?
わたしがクラウスに視線を移すと、彼は首を横に振った。
ハーシー、どうしたんだろう……さっきは、1週間経ったら追い出す、みたいな話をしていたのに……わたしねちっこいから、細かい話をよく覚えているんだよね。
なんだかムキになっている2人は、わたしを奪いあうように、両側から腕を掴んで引っ張りあってきた。
いやいや、園児じゃないんだからさ……「ひよちゃんはぼくと遊ぶのー!」「だめ、ぼくと遊ぶのー!」っていうノリで、引っ張らないで欲しいんですけど。
「お前ら……いい大人なんだから、いい加減にしろ」
王様がそう言って、私の腕から2人の手を離してくれた。安心安全、王様も推し……。
「とにかくハーシーは、早急に召喚者を見つけるのを手助けすること。
2人は、王宮にいてくれてもいいが……」
「ひよは、勅命通り護衛士団が預かる。その男はいらない、王宮にいろ」
「はぁ!?ひよが行くなら、おれも行くし!!」
「うるさい、お前らはもう喋るな、地下牢にぶち込むぞ。ひよさんは、どうしたい?」
王様が尋ねてくれて、わたしはやっと口が開けた。
「服とか、置いてるので……また、護衛士館に戻りたいです」
「分かった。ハーシー、二人を頼む。
召喚者が見つかり次第、すぐに報告しろ」
ハーシーは、明らかに嫌そうな顔をしながらも、その命令を飲み込んで、頭を下げた。
王様は身を翻し、颯爽と部屋を出ていってしまった。