6.謎の召喚者
わたしとハーシーは、謁見の間に通された。
さすが王宮だ。召使いさんもたくさんいるし、来ただけで高級そうな飲み物とお菓子を出してもらえた。
「ただいま、お呼びいたします。少々お待ちくださいませ」
わたしはきょろきょろと、部屋を見渡した。天井を見上げると、それは見事な絵画が広がっていた。
この国の神話が描かれているのだろうか。どこぞの美術館のように、リアルな人の絵がたくさん描かれている。
ハーシーは、ここに来るのに慣れているのだろう。テーブルに置かれたお茶を優雅に飲んで、落ち着いた表情で、となりに座っている。
彼は、こういう部屋が本当に似合う。まるで絵の一部のように、ここにいることに、なんの違和感もない。
この国の人はみなこういう綺麗な顔立ちなのかと思っていたけど、兵士たちの顔をチラっと見ていると、そういうわけでもなかった。
ハーシーが、特別イケメンであることを、ここに来て再確認した。
イケメンというものは、やっぱり遠くから眺めるくらいがちょうどいい。
わたしのような芋女には釣り合わないし、寡黙なために、関わり方もいまいち分からない。
さっきの言葉……わたしが言った「お金を払えば、わたしにも笑ってくれますか?」というのは、本当にヤバい発言だった。
わたしとしては、推しとオタクという感覚だったけど……ハーシーにとってみれば、その美貌は搾取されるためにあると思っている、と思われても仕方がない。
たとえば「お金を払ったら抱かせてくれますか?」と言われれば、わたしは嫌悪感を抱くだろう。
そこまでではないにしろ、相手を大切にする発言ではなかった気がする。
まぁ、推しの供給に対して荒ぶった後に、後悔するのは、いつものこと。オタクの性なんだけど……そんなことを言った自分が、今さら気持ち悪く感じてきた。
さっきので、絶対嫌われてしまったな……すごく嫌そうな顔をしていたし。
彼がいつか、心の底から楽しくなって、幸せな気持ちで笑顔になれますように。
そんな笑顔を向けたくなる人が、見つかりますように。
命の恩人に対して、わたしはただ祈ることしかできない。
「待たせたな」
その時、王様が謁見の間に入ってきた。
とても若い人だ。たぶん、わたしたちと同じくらい。
ミディアムの漆黒の髪に、これまた二次元フェイスの、美しく整った中性的な顔。
男性の格好をしているけど、線も細い方だから、女装したら普通に美女になりそう。
ハーシーの瞳が、妖精の住む幻想的な湖の色なら、王様の蒼い瞳は、まるで海の底の色ようだ。
その瞳で見つめられ、わたしは身が引き締まる思いがした。
「わたしは、この国の王、クラウスだ。あなたか、異世界から召喚されてきたという娘は」
王様は忙しいのか、ゆっくり座って話すことはせず、立ったまま話しかけてこられた。
わたしも椅子から立ち上がり、ぺこっと頭を下げた。
「あ、はい……たぶん、召喚されたんだと思います。わたしは、日向ひよと申します」
「ひよ……聞き慣れない名前だ。やはり、異世界から来たというのは真実なんだな。
それで、誰に召喚された?」
「それが、分からなくて……」
「分からない?」
クラウスは、その綺麗な眉をしかめた。
「はい……急に魔法陣が現れて。それにびっくりして、つまずいて、崖から落ちてしまい……絶体絶命のところを、ハーシー様に助けて頂きました」
「そうか……」
彼は何かを思案したのち、ハーシーに視線を変えた。
「お前はどうして、その時そばにいたんだ?」
「たまたまだ。仕事から帰ってきて、そばを通りかかったら、落ちているのを見てとっさに助けた」
流れるように会話してますけど……えっ!?タメ口!?!?!?
王様にタメ口きいたら殺されるって、何かのファンタジーで読んだ気がする……。
「その旅のついでに、魔法陣を出したりは……」
「おれは疲れて、一刻も早く帰りたかったんだ。そんな無駄なことをするわけない」
でも、殺されるどころか、王様もそれを受け入れている……わたしのびっくりした顔に気づいて、クラウスが口を開いた。
「わたしたちは小さい頃から、護衛士館で一緒に育ってきた。言うなれば、幼なじみだろうか……共に苦楽を共にした、戦友という方がしっくりくるかもしれない」
「そうなんですね……!」
わたしは納得した。それと同時に、護衛士館で育ち、クラウスが王様になった経緯が気になった。
でも深くは聞けないまま、わたしは王様とハーシーの会話を聞いていた。
「近くにいたなら、召還した者は見てないのか?」
「知らん」
「もう一度聞くが……本当にお前じゃないのか?」
「だから違うと言ってるだろう」
ハーシーのイラついた声に、クラウスはため息を吐いた。
「……聖女召喚は、わたしでさえできなかった。
だからわたしは、一縷の望みを託して、国中に召喚の魔法陣を配布した。
召喚に成功したということは、この国にとって歴史に残る偉業だ。その召喚者には、『聖者の称号』を与えなければならない。
そして召喚されたあなたには『聖女の称号』を贈り、本来なら国民たちの前で、二人をお披露目することになるのだが……」
「せ、聖女ですか!?わたし、なにも特別な力は持っていませんが……」
「それでもいい。ただわたしたちは、異世界から来た者を待ちわびていた。
それはあなたにしか、できない役割があるから……だが正式に『聖女』と認めるためには、やはり召喚者が誰なのか、突き止める必要がある。
『わたしがあなたを召喚しました』という証言があって、はじめてあなたを『聖女』としてみなに紹介できるんだ」
わたしは「そういう決まりがあるんですね……」と、ため息混じりで言った。
ということは、召喚者が決まらなければ、わたしの存在は宙ぶらりん……聖女でなく、ただ異世界から来たやっかいな居候ということになってしまう。
ちょっとちょっと……私を召喚したの、本当に誰なの?
早く出てきてくれないと、こっちがいたたまれないんですけど……!!
そしてわたしを召喚した人は、何が目的で召喚をしようと思ったんだろう?
歴史に残る偉業と言っていたから……報奨金目当て?
「ハーシー。1週間後までに、ひよさんの召喚者を探せ。これは勅命だ」
「探すったって……どうやって探すんだ」
「召喚することで、魂の契約をした者同士は、なにかのきっかけで相手を自分の元に呼び寄せることができる」
「そのきっかけって……」
「分からない。わたしも、魔法書で読んだ知識を、そのまま話しているだけだから」
王様の言葉に、ハーシーが口を開いた。
「もし1週間経って、召喚者が見つからなかった場合は、王宮で引き取ってもらえるんだろうな?」
その言葉は、まるでわたしが厄介者のように聞こえる……でも仕方ない。
パソコンや事務作業ならなんとかなるが、護衛士館では何も役に立てそうにない。
ろくに気の利くことも言えない、いかにも食料減らしのわたしなんか、いても邪魔なだけと思われているのだろう。
「あの、わたし……仕事を紹介してもらえれば、自分で働いて生活します」
真面目にそう言うと、クラウスは目を見開いた。
わたしが暗い顔をしていたからだろうか。優しく肩に手を置いて「安心しなさい」と言ってくれた。
「……聖女は、市政に沈んで普通に働かせる訳にはいかない。あなたには、王宮でやって欲しいことがあるんだ。
……1週間経って、召喚者が見つからなければ、王宮があなたを保護しよう。
召喚者が見つからなければ……一生を、ここで過ごすことになるのだから」