46.本物の聖女
後ろを振り返ると、そこにはまだ無数の光があった。
アウルフォウル、本当に綺麗だな……ハーシーがいないと、見られない景色。
近衛士さんたちが馬車の準備をしてくれている間、わたしが洞窟の奥から目を離せないでいると、アビーが「どうしたの?」と尋ねてきた。
「もう、見られないかもしれないから……」
ハーシーに聞こえないように、小さい声で言った。
いったん元の世界に帰って、またここに来れる保証なんてない。
今後一生、戻れなかったとして……ハーシーに会えなくなったとしても、別に死ぬわけじゃない。
今まで通りの生活が戻ってくるだけ。それならそれでいい。
ハーシーは別の人を召喚したら、またその人を好きになるかもしれないし……。
「……ひよが、帰ってこなかったら……」
アビーがささやくように言った。
「ハーシー様はきっと、ずっと一人でいると思う」
その言葉に、わたしは目を見開いた。
なんでだろう……なんで、そう思うの?
涙がポロポロこぼれてきた。
なんで?と聞きたいのに、喉がしまって声が出なかった。
「どうした!?」
わたしが泣いているのに気づいたハーシーが、近づいてきた。
アビーが「ごめんなさい、泣かせるつもりじゃ……!」とあわあわしている。
ハーシーが、心配そうに膝をついて、泣いているわたしの顔をのぞいてくる。
わたしは、彼に問うた。
「……もし、ハーシーが、別の人を召喚していたら……」
ハーシーは、「うん」と相槌を打って、溢れる涙を拭いながら、静かに聞いてくれていた。
「その人を、好きになってた……?」
「……」
彼は、しばらく悩んだような表情になった。
上手く自分の気持ちを、言語化できないんだろう。それでも、彼は一言だけ発した。
「おれは、ひよだから好きになった」
まっすぐに見つめてくれる、青い瞳。
生まれ育った国も、常識も、何もかも違うのに。
どうしてわたしたちはめぐり逢い、惹かれあったんだろう。
「……じゃあ、ペンダント返して?」
「それは無理だ」
ハーシーはきっぱりそう言うと、立ち上がって「さあ、馬車の準備ができたぞ」と言った。
ほんとに……何を考えているのか分からなすぎる。
でも、あの触れ合っていた時間に感じた、温かい気持ち……彼の発した言葉。
それは、信じてあげないといけない気がした。
魔物討伐の任務を終えたわたしたちは、王宮へ向かった。
王宮より直々に依頼されて討伐成功した者は、王様に謁見し、ご褒美をもらえるのだそうだ。
ご褒美も何も、今回の騒ぎは、わたしがペンダントを落としたせいなんだけど……。
「みな、ご苦労だった」
艶のある黒髪。深く青い瞳。
中性的な、美しい顔立ち……ハーシーと幼なじみというこの方に言われれば、きっとお願いを聞いてくれるだろう。
「今回の報告は、すでに早馬で聞いている。
ハーシー、ひよ、ハルマサ。よくやってくれた。礼を言う。
1人ずつ、欲しいものをいうといい、叶えられるものならなんでもやろう」
すでに王様は、ことの顛末を知っているようだけど……あのことまで、近衛士は報告してないだろうな。
「あの、王様……ちょっと困りごとがあって……」
「なんだ?」
「ハーシーが、わたしのペンダントを返してくれないんです」
なんだか、男子に嫌なことをされて、先生にいいつける女の子みたい。でも、どうしたらいいか分からないし……無理やり取り返すこともできない。
「……本当なのか?」
王様が困惑しながら尋ねると、ハーシーは「はい」と答えた。
「他人の物を盗むことは、重罪です。
どうかわたしの、護衛士団長の任を解き、奴隷にしてください」
「ど、どれい!?」
わたしは思わず、彼の言葉に声を上げた。
「な、なに言ってるの……?」
「人のものを欲しがり、返さないなど……貴族としてあるまじき行い。
このような恥さらし、ジギス伯爵の跡取りの座も、一刻もはやく誰かに譲らなければなりません」
急に鞭撻になったハーシーに、クラウスは綺麗な眉を引き寄せた。
「……めんどくさい。はやく返せ」
「ほら!!王様も、早く返せって言ってるよ!!ちょっとめんどくさがっちゃってる!!
早く返した方がいいんじゃない!?」
ハーシーは、首を横に振った。
「いやだ、絶対に返さない」
「……そんなに奴隷になりたいなら、しばらく地下牢にでも閉じ込めてやろう」
「えっ……そんな大事になるなら、もうそのペンダントはハーシーにあげます!!
はい、あーげた!!」
そう言うと、ハーシーは目を見開いてこちらを見た。
「いや……それはダメだ。
これは、おれが盗ったんだ。絶対に、君からあげるなんて言ったらだめだ!!」
「なにそれ……意味わかんないんだけど!!
何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってよ!!」
「そっちだって、急におれから離れて、アビーアビーって……」
「なぁ、ここで痴話喧嘩はやめない……?」
先輩の言葉に、わたしはいったん冷静になろうと、ハーシーから体を背けた。
わたしの背後で、王様とハーシーは会話を続けた。
「そのペンダント、見せてくれないか」
「……ちゃんと返せよ」
「お前のじゃないだろ」
ハーシーは、素直に渡したのだろうか。
金物が擦れる音がしてから、しばらく静かになった。
「……これまで、肌身離さず身につけていたんだろう。
そのために、魔物が引き寄せられるほど、あなたの力を吸ってしまっていたんだな」
王様の言葉に、わたしは体を背けたまま、口を開いた。
「……そのペンダントは、亡き両親がわたしにくれた、最後のプレゼントなんです。
ずっと、お守りのようにつけていたから……」
「お守りなんてなくても、おれがこれまで守ったし……これからも、おれが守る」
「そういう問題じゃないだろ。両親の形見だって言ってんだよ、大事なものだって分かってんだろうが」
先輩がイラついたように言った。
すると突然、わたしの首にペンダントが戻ってきた。王様が、ハーシーに渡さず、ちゃんとわたしの元に返してくれたのだ。
それについて、ハーシーはもう物申すことはなかった。
「……これをつけた状態で、あなたは傷を治せますか」
王様がそう言った瞬間、バチンと叩く音が聞こえた。わたしが思わず後ろを振り返ると、ハーシーが頬を抑えていた。
クラウスは冷静そうに見えたけれど、鋭い目でハーシーを睨みながら言った。
「……お前だから、信じて任せられた。ジギス伯爵や、護衛士たちも、みんながお前を信頼していたから、お前は団長という座につけた。
なのに、そんなくだらない方法で無くそうとするのか。
お前には呆れた。望み通り、全ての地位を無くしてやる」
爪が当たったのだろう。ハーシーの頬から、血が滴り落ちた。それでも彼は、王様に申し訳なさそうな顔をして頭を下げている。
「……おれだけ逃げて、ごめん」
「……わたしは、王という座から逃げたいと思ってなんかいない。向いていようが、向いていなかろうが、この地位に就いたことがわたしの運命だったんだ。
それなら、わたしが王でいられる間に、できることをただやるまでのことだ」
王様は、そう言い切ると私の方を見て、「彼の怪我を治してやってくれませんか」とお願いをしてきた。
「だめだ、怪我を治すほどに、ひよは……」
「石像になる話は、フローラ様のでっちあげだよ」
先輩の言葉に、わたしもハーシーも目を見開いた。
彼はバックの中から聖典を取り出し、流れるようにそれを開いて、ハーシーの頬に手をかざした。
すると、みるみる頬の傷が治っていった。だけど先輩の頬に、傷が移っている様子はない。
「な、なんで……?
そういえば、どうして先輩が、聖女の力を……」
「それは、おれが1番聞きたいよね」
肩をすくめる先輩に、王様が言った。
「ハーシーに渡したのは、運命の人を召喚する魔法。だから、ひよは聖女として召喚されたわけではないんだ。
国中に配り、リバティ公爵が成功したのが、聖女召喚の魔法……つまり、ハルマサ。お前が、本当の聖女だったというわけだ」
「おれ、男だけどね!?!?!?」
すかさずツッコミを入れた先輩は面白かったけど……わたしは訳が分からず、ポカンとしていた。




