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43.マスル

 アウルフォウルの灯りだけでは、不審者の顔までよく見えない。男はハーシーよりも大柄で、それでいて俊敏で、力強かった。


「待て、お前……」


 ハーシーが何かに気づいて、とっさに剣を引いた。不審者に、今まさに切られそうになっているのに……何で!?


「ハーシー!!」


 わたしが声を上げた瞬間、彼の体の周りに、薄い防護壁のような魔法が現れた。


「なっ……!」


 敵の剣が弾かれたのを見て、一同は驚いた。どうして、こんなことができるようになったのか、分からないけど……今のバリアは、わたしが出したの?


「これは、お手上げだな……さすが聖女様だ」


 よれよれの黒いフードを脱いだ男を見て、護衛士さんたちは声を上げた。


「マスル!!!!」


 その瞬間、彼らはマスルに飛びついていった。「お前、生きてたのか!!」と嬉しそうに肩を組む姿に、わたしはほっとした。


「お前、今までどこにいた。なんで笛を吹かない」


 ハーシーの問いに、マスルは後ろ頭をかいた。


「いやぁ、洞窟で迷っちゃってさ……急にアウルフォウルが光りだして、お前が来てくれたって分かったから、安心したよ。明るい方へと進んでいたら、やっとここまで出てこれたんだ」

「おいおい、3日もかよ……どうりで臭いと思ったよ!!」

「雨で頭洗ってこい!!」


 笑い話にしている護衛士さんたちをよそに、わたしは彼に問いかけた。


「あの……洞窟の中から来たんですか?」

「あぁ。ここは、ずっと奥まで広がってる。おれが入ったのは、山の上なんだけど……ここは、最初に入ったところとは違うみたいだな」


「ということは、もう魔物に会っていたのか?」

「やつらは、この洞窟の最奥を巣窟にしている。切っても切っても、分裂して仕方がないから、とにかくひとつひとつ切る事に集中してたら……迷っちまった」


「そうか……洞窟で迷った時の訓練もしないとな」

「まぁ、お前が来てくれたら何とかなるって思ってたけどさ!」

「またお前は、人をあてに……やっぱり、アパトとペアにしないとダメだな」


 今回は、アパトさんはこの任務には来ていない。彼も引っ張りだこの護衛士さんみたいだから、非番か、他のお仕事に行っているのかな。


「マスル、その魔物の特徴を教えて」


 アビーの言葉に、彼は真剣な面持ちをした。


「あれは、よく森にいるスライムなんだけど……一体だけ、異様にでかいやつがいたんだ。みんなそいつに苦戦していた。今頃、近衛士のやつらも、この洞窟をさまよっているだろうよ」

「そのでかいやつは、親玉か?」


「うーん、親玉なのかな……なんか、他の奴と違って、キラキラしてたんだよな」

「キラキラ?」


 ハーシーは、あごに手を当てて何かを考えていた。考え事をしている推し、尊い……。


「スライムは基本、人畜無害な魔物だ。だからこそ、国境の出入りも見逃されている。

 だが、そこまで手こずるとなると……何か異変が起こっているに違いない」

「スライムって、あれだよな?プニプニした、半透明の……」


 先輩の耳打ちに、わたしはうなずいた。


「うん。よくファンタジーで出てくるやつ」

「こえー。ここって、マジで異世界なんだね。街にいる時は人間と馬しか見てないから、マジでタイムスリップしただけかと思った」

「タイムスリップするにしても、日本からいきなりこんな西洋文化のところには来ないよね……」


 わたしが先輩とひそひそ話していると、ハーシーが不意に近づいてきて、無言でわたしの腕を引っ張り、距離を離してきた。


「きみね、そういうとこ、分かりやすすぎるんだよほんとに」


 先輩が呆れた声で言うと、なぜかマスルさんも「そーだそーだ!!」と激しく同意した。


「こっちは、3日も洞窟をさまよって心細かったって言うのに……何だよ、二人で手繋いで歩いて!!

 いつの間にそんなに仲良くなったんだ!!どうやって仲良くなったのか、教えてくれ!!」


「そ、そんな大声で言わないでください……」


 わたしが恥ずかしさのあまり赤面していると、ハーシーが口を開いた。


「女の子、紹介してやろうか」


 その言葉に、わたしは何かが胸にピリッときた。マスルは喜んで「ほんとか!?」と目を輝かせている。


「リバティ公爵家の使用人に、お前に似合いそうな女性がいたぞ」

「えっ、その子、どんな子??

 ほんとに紹介してくれるのか!?」

「くるくるの巻き毛で……実年齢よりは、ずっと幼く見えた。ちょっと天然なところが、お前と合うんじゃないのか」

「わぁお、今度、リバティ家に覗きに行こうかな……!」

「絶対忍び込むんじゃないぞ。おれが侵入した時も、茶を出すと見せかけて拘束された」

「えぇっ!?強い女の子なんだな……めちゃくちゃ会いたくなってきた!!」

「おぅ。もう今回はこれで暇をやるから、ちゃんと屋敷に帰って風呂はいって、身だしなみを整えて待っとけ」


 マスルはその言葉に「わかった!!」と素直にうなずき、洞窟を出て、雨の中走って行ってしまった。


「3日間、飲まず食わずだったのにあいつ、めちゃくちゃ元気だな……」


 ほかの護衛士さんたちが、感心するように言った。

 ハーシーの言葉が、マスルさんを休ませる口実だったのだとしても……わたしは腑に落ちないままだった。


「ひよ、さっきの防護壁、ありがとう……」


 ハーシーに話しかけられる前に、わたしは彼のそばを離れて、アビーの腕を掴んでいた。彼女は、びっくりしたようにわたしを見た。


「アビー、さっき、わたしの前に立って守ってくれてありがとう!!

 すごくすごくカッコよかったよ!!」

「えっ、そう……?

 でも、前線で戦ってたのはハーシー様だから……」


「ううん。『あなたはわたしが守るわ』って、あそこで言われたら誰でも嬉しいと思う。護衛士さんて、ほんとにかっこいいんだなって改めて思ったの」

「いやあの、あたしは、ハーシー様の真似をしてるだけだから……」


 アビーは気を遣って、ハーシーのことをチラチラと見ているけど、わたしは頑として彼女から目を離さなかった。


「ほんとにわたし、あの時アビーにドキッとしたのよ。いつもどうやって訓練しているのかとか、たくさん教えて欲しいな」


 そう言って、わたしはアビーの腕をがっちりと掴み、ハーシーから離れた。


春政「あんた、やらかしたね」

ハーシー「……」

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