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42.不審者

 戻るのを渋っていたわたしに、ハーシーが手を差し伸べてくれた。わたしはみんなのところへ、彼と手を繋いで戻った。


 先輩、怒ってるだろうな……勝手に離れてしまったこと、みんなにも謝らなきゃ。そう思っていたのに、何やらみんな、楽しそうに集まっている。


「うわー、互角になっちゃったなぁ」

「ほら見てみなさい、わたしすごいんだから」


 わたしたちは顔を見合せて、何をしているんだろうと人垣から覗き込むと、先輩とアビーが、なにやら小石で遊んでいる。


「お前ら、いくら暇だからって……危機感を持てよ」


 ハーシーの言葉に、アビーは顔を上げると、わたしの存在に気づいたらしい。

 その瞬間、地面に置かれた小石を蹴り散らかしながら、わたしに抱きついてきた。


 正直、アビーには好かれていないと思っていたから、わたしは目を丸くした。


「あ、アビー……?」

「なんで帰ってきてくれないの……もう、会えないかと思った……」


 わたしよりも頭一つ分小さいくらいのアビーは、その肩を震わせて泣いている。


「な、言った通りだったろ」


 ハーシーの話によると、このたびの魔物討伐の任務は、もしかすると聖女の私も呼ばれているかもしれないと、護衛士館の中で予想されていたらしい。


 そんな話を聞きつけたアビーは、ハーシーに任務について行かせて欲しいと懇願したらしい。

 だが危険な任務だからと、最初は反対したけど……。


「果てには、床にのたうちまわって……癇癪が酷かったから、連れてこざるを得なかったんだ」


 アビーのそんな姿、想像できなかったけど……わたしを見た瞬間の衝動性で、ちょっと想像ができた。蹴り散らかした小石は、見事に先輩の手に当たって、痛がっている。


「アビー、あなたが蹴った石が、先輩の手に当たったよ……ほら、ごめんなさい言って」

「……ごめんなさい」


 アビーが素直に私の言葉を聞き入れる姿を見て、他の護衛士さんたちが「おぉ……珍しく素直だ……!」と感嘆していた。



「えらいえらい」とアビーの頭を撫でまわしたあと、わたしは先輩に向かって言った。


「あの、先輩……話したいことがあります。

 いいでしょうか?」


「……その前に、火が小さくなってきたね。

 ここにちょうどいい、燃料があるんだけど。燃やしていいかな?」


 先輩は懐から、わたしが書いた手紙を取り出した。

 封が開いているから、ちゃんと読んでくれたんだ。でも、それを燃やそうとしてるってことは……少なからず、嫌な気持ちにさせてしまったということだ。


「はい……燃やしてもらって、大丈夫です」


 すると先輩は、なんの躊躇もなく手紙を焚き火に投げ入れた。手紙は一気に火にのまれ、黒い炭となって消えていった。



 わたしと先輩は、他の人達から離れて、洞窟の入口まで移動した。

 先輩は、雨がかからないギリギリに立ち、どんよりした空を見上げて言った。


「……べつに、なにも謝らなくてもいいよ。生きてたら、なんでもお互い様でしょ」

「お金をもらって、わたしに会っていたことですか?」


 彼はふっと微笑んで「やっぱ、君ならメッセージ見ると思ったよ。まぁ、見られて不都合なものは消しておいたけどね」と意味深に笑った。


「そうだね。それに、君が好きだと言ったのも嘘。君が、元の世界に帰りたがるように仕向けようと思ったんだけど。全く効果はなかったね」

「……無理をさせて、すみませんでした。

 本当の彼女さんにも、申し訳ないです」

「あ、そこは大丈夫。今はもう本当にいないから」


 笑って言う先輩は、とにかく暗い話をしたくないんだろうと感じた。


「先輩はいつも……自分の話より、わたしの話を優先して聞いてくれていて、とても嬉しかったです。それがたとえ、あの人に頼まれていたことだったとしても……」

「うん。頼まれていたし、お金ももらっていたからね。そりゃあ聞くよね。

 感謝の言葉は、おれなんかじゃなくて、大悟さんに直接言いなよ」


 サラッと言ったその言葉には、彼の本音が含まれている気がした。


「元の世界に戻ったら、ちゃんと会いに行きます……」


 そう言って、わたしはポケットから先輩のスマホを取り出して返した。


「あぁそう。帰る気になったんだ、そりゃあ良かった」

「帰って、身の回りを整えたら……わたしはまた、この世界に戻ってきます」


 先輩は、目を見開いた。


「戻れる確証は?」

「いえ……ありません。でももう一度、召喚の魔法陣をもらえるように、ハーシーが王様にお願いをするそうです」

「そう。上手くいくといいね。

 でも、この世界に戻ってきたら……結局、石像になるリスクはあるよね」

「そこは、力を使いすぎないように、うまくコントロールして……フローラ様を助ける方法も、ゆっくり腰を据えて探したいんです」


 ハーシーは言っていた。


『道は1つじゃない。ひよが、犠牲にならなくても済む方法が必ずあるはずだ。それを一緒に探し続けよう』


 わたしが石像になって、フローラ様を助ける方法は、もちろん却下された。それ以外の方法なんてあるのか分からない。


 それでも、探し続ければ……答えは見つかるものなのだろうか。



「ところで、この光ってる石……元の世界で売ったら、高値で売れると思わない?」


 先輩の言葉に、わたしは思わず吹き出した。


「考えることは、みんな一緒ですね。でもこれは、リバティ家の血筋の人しか、反応しないみたいですよ」

「ほんとかなぁ。ちょっと掘ってみるからさ、隠しといてよ。みんなマンカラに集中してるから、大丈夫かもだけど」


 そう言って、先輩が腰の小刀を抜いた瞬間、まず反応したのはハーシーだった。

 風のようにわたしたちの合間に入ってきて、わたしは抱き上げられて離された。


 先輩はと言うと……味方であるはずの近衛士に、剣を突き立てられている。


「何をしようとしている」

「えっと……この岩を掘ろうかなーなんて」

「やめておけ。このアウルフォウルは、アウル国の宝。そこに手をかけることは、国家に剣を向けることと同じことだ」

「わーお、それは重罪だ!ごめんなさーーい」


 先輩はぽーいっと剣を投げ捨てて、両手を上げた。ハーシーは安心したように、わたしを地面に下ろした。


「……この国では、人のものを盗むことも重罪だ。よく覚えておけ」

「それは、おれたちの世界でも一緒だよ」


 先輩は、ハーシーの言葉に、当たり前だと言うように肩をすくめた。


 わたしたちは、一件落着と思い、また焚き火の近くへと戻った。アビーとほかの護衛士さんたちは、まだマンカラカラハに熱中している。

 雨が止むまでは、マンカラ大会かなぁ。



「……いつになったら、おれに恋人ができるのだろう」


 焚き火にあたって息をついた瞬間、暗がりから、黒いマントを被った人物に話しかけられた。


 まったく気配がなかった。わたしはまたハーシーに抱き上げられ、焚き火から離された。


「誰だ!?」


 全員が戦闘態勢になったが、不審者は微動だにせず、焚き火に当たり続けている。


「入口からは、誰も入ってきていないはず……」

「くそっ……誰も気配に気づかなかったのか!」

「お前らに言われたくねーよ、のんきに遊んでたくせによ!」

「なんだよ、お前らも見てたじゃねーか!」


 護衛士さんと近衛士さんたちが喧嘩し始めて、殺伐とした空気が流れた。


「今は責任を押し付けてる場合じゃないだろう!」


 ハーシーのビリッとするような低い怒声に、一同は気を引き締めて、不審者に剣を向けた。


「……団長殿は、お姫様を守る騎士気取りか?」


 黒いマントの男は、わたしをお姫様抱っこしているハーシーに向けて無数の針を投げてきた。


 それらは全て、前衛にいる人達がたたき落としてくれた……だけど不審者は、驚くべき速度で身を翻し、人垣を飛び越えてこちらに向かってきた。


 ハーシーはとっさにわたしを降ろし、背に隠して剣を抜いた。

 何度も刃先がぶつかり合い、火花が散った。


 恐ろしくて動けなかったわたしのそばに、アビーが来てくれた。


「大丈夫……あなたは、わたしたち護衛士が守るわ」


 わたしは震えながら、彼女の腕を掴んだ。

 お願い、もう怪我をしないで……ただそう願いながら、戦いの行く末を見守ることしかできなかった。


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