41.感情の伝達
そこには確かに、先輩とわたしの育ての親が話している形跡があった。
先輩が、うちに遊びに来たことはあったけど……そこまで親しくなっている様子はなかったのに。いつの間に連絡先を交換していたんだろう。
最新のメッセージを読んだ。
『そろそろ、あいつの様子を見に行ってやってくれないか』
『分かりました』
『あいつ』とは……わたしのことだろうか。
先輩は、大悟に頼まれて、わたしに会いにきていたの?
大悟が結婚してから、わたしは彼と連絡をとっていない。奥さんがいるから……他人なのに、いつまで経っても関係を持ち続けるのは良くないことだから。
メッセージを遡ると、何回も大悟のほうから『様子を見にいってくれないか』ときていた。その後、先輩は事細かに、わたしと会って話したことを書いて送っている。
『今回は、推しの布教をされました。
まさかのBLでした。これを見せて、おれにどうしろと?』
『笑』
思わず吹き出してしまった。もう、こんなことまで送らないでよ……恥ずかしい!!
どんどん遡っていくと、何やら、二人で待ち合わせをしているやり取りも見られた。
二人は定期的に会って、何を話していたんだろう……。
『彼女がいるので、会うのを断られました』
『そうか。すまない。金は払うから、どうにか会うきっかけを作れないだろうか』
『……まぁ、別れたとか言って隠せば何とか。おれ、最低なヤツになっちゃいますけど』
『そうなれば、彼女さんに俺から説明する。どうか、ひよとの関係は切らないでもらいたい……頼れるのは君しかいないんだ。あの子を、1人ぼっちにさせたくない』
『大悟さんが会えばいいのでは?』
『おれはもう、連絡が繋がらない』
『セッティングしますけど』
『頼む、どうかこれまで通り、会ってくれないか。病気になってないか、痩せていないか、心配なんだ。金は払うから』
『そこまで言うなら……』
そのやり取りに、わたしは思考停止した。
色々びっくりして、感情が追いつかない。
わたしと先輩の関係は、大悟がお金を払ってくれて、成立していたものなんだ。
わたしが、彼をブロックしたばっかりに……これでもう終わりだと思っていた関係を、こうまでして続けようとしてくれていたなんて。
育ての親として、ここまで心配してくれていた……家族のいないわたしを、一人ぼっちにしないように気遣ってくれていた。
明らかにそれは、優しさの範疇を超えている。それが彼なりの愛情だった。
自分の身を切ってでも、子供たちのために尽くしてくれる人だった。
そんな、度を超えた優しさがあってこそ、非行に走らず、道をふみはずすこともなく、ここまで生きてこれたんだ。
「……うっ……」
もう、涙でメッセージを読めない。
喉がしまって、うめきながらわたしは泣いた。
「どうした……!?」
ハーシーが、心配して顔を覗き込んできた。
わたしは振り向いて、彼の胸に顔を埋めた。
悲しいやら、嬉しいやら。どんどん込み上げてきて、涙が止まらない。
咽び泣くわたしを、ハーシーはぎゅっと抱きしめてくれた。
『どうして、父さんて呼ぶの?あなたの本当のお父さんじゃないじゃない』
大悟の奥さんに言われた言葉が、トゲのように、まだ胸に突き刺さっている。
『もうそろそろ、あなたもいい大人でしょう?
早く自立して、他人に甘えずに生きていかなきゃ』
『あたしたち、結婚するの。だからもう、あの人と会わないで』
あの時も泣いたのに、まだ涙が出てくる。
そう言われてから、一人で生きていかなきゃって思って、気が張りつめてた。
わたしが悪いんだ。大悟に、親への愛情以上の気持ちを抱いていたから。
ずっとそばにいて欲しい、わたしだけの人になって欲しいって、願ってしまったから、バチが当たって……。
「人を愛することに、バチなんて当たるわけがない」
わたしは、えっ?と思い、ハーシーを見上げた。
彼も、わたしと同じくらい涙まみれになっている。
「な、なんで……」
「分からないけど、抱きしめていたら、ひよの気持ちが流れ込んできて……ずっと一人で頑張っていたんだな」
わたしは、思考を読まれたことに呆然として、涙が引っ込んでしまった。
まさか、あのことまで……。
「あのことって?」
「え、いや、なんでも……」
ど、どうしよう。離れなきゃ……。
「絶対に離さない。俺に知られたくないことがあるのか?」
「ち、ちが……むしろ、育ての親のことのほうが、知られたくなかったし……」
「どうして。おれは、ひよのことが知れて嬉しい」
力強く抱きしめられて、振りほどけない。
わたしは諦めて、思考をクリアにしようと、深く息を吸った。
すると、まぶたの裏に、何か映像が流れ込んできた。金髪碧眼の、小さい男の子だ。
『こんなところ……もう出て行ってやる!』
大人に刃向かって、走り出した男の子は、護衛士館を出てすぐに足を止めた。
土砂降りの雨の中、濡れながらひとりで泣いた。
行くところなんてない。
ここを出ても、まともに生きていく方法を知らない。
でも、訓練も辛い。なんで人を守らないといけないのか分からない。
『こんな雨の日は……あの日を思い出してしまう』
これは、ハーシーの記憶?
今考えていることが、わたしに流れ込んできているの?
『……帰ろう』
そう言って、手を繋いでくれたのは、黒髪に青い瞳を持った、女の子のように可愛い子どもだった。
ハーシーの記憶から、その子が、子供の頃のクラウス王なのだと分かった。
『……お前は可愛いから、すぐに、どこかの貴族へもらわれていくんだ。そうしたら、おれは一人ぼっちだ』
『そんなことはない。たとえもらわれていったとしても、おれは、お前を1人にはしない。ずっと、兄弟でいてやる』
『……本当に?』
『あぁ。護衛士になるのが怖いなら、おれがお前を守ってやる。だから、困ったことがあったら、すぐに言うんだ。大人になっても、ずっとだぞ』
『 ……分かった。おれも、お前を守れるくらい強くなるよ』
それからもずっと、クラウスはその言葉を守り続けてくれている。
専属護衛士として、アレクサンドルに雇われた時も、おれに会いに帰って来てくれていた。
本当は王家の血筋が流れていることを知って、追われる身になったときは、背中を合わせて戦った。
彼がこの国の王になって、ついに手が届かない存在になってしまったと思ったのに。
彼は、おれが呼んだら会いに来てくれるし、会わない時も心配して手紙をくれる。
なんの感情もなさそうな冷たい顔をして、心では一緒に育った兄弟や仲間を、誰よりも大切に思ってくれている。
彼が結婚してしまって、もう、この気持ちを伝えることはできないけれど……。
「……うん。これは、王様のこと大好きになるね」
わたしの言葉に、ハーシーも、自分の思考を読まれていたことにびっくりした。
でもすぐに受け入れて、ふっと口を歪めた。
「世間の噂や、あのくそ親父が言っていたことは、あながち間違いじゃなかったってことだ」
「……わたしたち、禁断の恋をした仲間だね」
そう言うと、彼はふっと顔をほころばせた。
「おれは今……君に恋してる」
「そうだね……わたしも、あなたに禁断の恋をしてるみたい」
心に温かい感情が流れてきて、彼はがばっとわたしを抱きしめてきた。
彼の心は、お花畑ではしゃぎまわる大型犬のように、嬉しさでいっぱいだった。
たくさん頬にキスをされて、くすぐったくて、身をよじった。
あのハーシーが、こんなに愛が激しいなんて……いや、もうあの夜から激しかったか。
『おれは、あんたが元の世界に戻る方法を知っている。だけど、絶対に教えない』
あの日のことを思い出した瞬間、ハーシーは身を固くした。
確かに、あの言葉はすごく傷ついたけど……。
「ハーシー。絶対、口にはしないって決めてたから……わたしが考えてること、読み取ってね」
わたしは静かに、彼の首に顔を埋めた。
ハーシーも、深呼吸をして心を落ち着けながら、わたしの感情を受け入れてくれた。
まるで、2人の心が、1つに溶け合うみたい……わたしは目をつむって、ただ彼の温もりを感じていた。




