40.先輩のスマホ
急に視界が明るくなった。
洞窟の岩壁に、青い光が灯って、アウルフォウルの石がキラキラしている。
わたしは、その場から動かなかった。
暗闇は、先輩から借りたスマホでライトを照らして、克服できていた。
ほどなくして、足音が近づいてきた。
わたしは岩陰に隠れていたけど、すぐに見つかった。
「……そこで、何をしているんだ」
案の定、ハーシーの声だ。どうしてここにいるのかとか、話す元気もなく、わたしはただスマホに注視していた。
「……先輩から借りたスマホに、オフラインでアニメが保存されてたから、いま観てるんです」
「……?」
ハーシーの困惑した様子も気にせず、わたしはアニメを見続けた。すると彼は、近くに来て手元を覗き込んできた。
「絵が……動いてる」
アニメを初めて見た人は、こんな反応をするんだ。彼はなぜか隣に腰をおろし、一緒にアニメを観始めた。
「……え、距離、近くないですか」
「ひよが好きだから、しょうがない」
えっ?今なんて言った?
さらっと告白されなかった?
でもそれ以上、ハーシーは何も言わずにスマホを見ていた。
「……迎えに来てくれなかったくせに」
「いや、行ったよ」
「会ってないじゃないですか」
「寝ていたから……」
そんなとき、金髪碧眼のキャラクターが現れて、他のキャラと会話しはじめた。そのキャラはまさに、わたしの2次元の推しだ。
「はぁ……かっこいい……今日も推しが尊い……」
「こいつが好きなのか?」
「はい、大前提として金髪碧眼がタイプです。そしてさらに、真面目キャラで落ち着いてて、いざというときに強くて、耳に心地いい声なのが、わたしの理想。はーもうこのキャラと結婚しようかな」
「ひよの世界では、絵と結婚できるのか?」
「結婚は、できないけど……一生を誓うことはできると思います」
「そうか……」
なんだろう。このスマホから飛び出してきたみたいな、この金髪碧眼の王子様が隣に座って、一緒にアニメを見ているこの状況が面白すぎる。
興味無いふりをすれば、呆れて帰ってくれると思ったのに……え、これ、1話から見せた方がいいのかな?
いやいや、そんなことより……先輩たちに危険がないとわかった今、早く戻らないといけないのに。
つい、気まずい気持ちが先立って、なかなか腰を上げられない。
「おれも……ひよに、一生を誓う」
なんでもないようにさらっと言った言葉に、わたしは目を見開いた。
「ひよが、元の世界に帰っても……誰とも結婚しない。たとえ、手が届かなくなっても……」
わたしは、苦笑いしながら、ふっと鼻を鳴らした。
「わたしだって、大人ですから。人の気持ちって、簡単に変わるのを知ってる。わたしは、その言葉を信じることができないから……誓ってくれなくていいです」
話を聞き入れようとしないわたしに、そろそろ嫌気がさしただろう。
けっこう短気な彼が、いつ怒り出すかヒヤヒヤしていたけれど……ハーシーは、おもいのほか集中してアニメを観ている。
あっ、やばい……この回は、わたしの推しとカップリングのキャラクターの距離が縮まる神回だ!!
『どうして、そんな風に意地を張るんだ!』
『俺とお前とでは、住む世界が違う……』
『そんなの、どうだっていい……俺は、あんたといると、心が安らぐんだ!こんな気持ちになったのは、あんただけだ……!』
ここで、先輩に布教したときは「BLかよ!!!!」とツッコミをくらったけど。
ハーシーは、真面目な顔をして、なりゆきを観ている。
『いいか、俺たちが一緒になるには、様々な困難を乗り越えねばならない。その中で、傷つけてしまう者もでてくるだろう』
『何が困難だ。あんたと一緒に生きていけるなら、困難なんて、困難じゃないぜ!!』
『お前……』
あああ、キスちゃった……愛し合うものすべて尊い。素敵。はよ結婚しろ。
「この2人は、愛し合ってるのか?」
「はい。両片思いなんですけど、この金髪碧眼の推しが、なかなか心を開かないんですよね……まぁそんな硬派なところが、受けとしては満点……いえ、なんでもないです」
「そうか。上手くいくといいな」
ハーシーから、そんな素直な言葉が出たことにびっくりした。
さっきだって、なんかさらっと告白してくれるし……そうやって、愛を囁かれるほどに、辛くなる。
わたしは、石像になって、この国に居続ける決心をしたのだから。
石像にずっと操を立てられても困る。
とことん悪女になって、みんなに嫌われて、もうこんなやつ石像になってしまえばいいんだって思われて、せいせいされるようにならなきゃ。
アニメのアプリを落として、わたしは既読が溜まっているメッセージアプリを開いた。
人のSNSを勝手に盗み見るなんて、なんて悪いんだろう……これで、先輩にも嫌われること間違いなしだ。
「顔が青い……寒いのか」
頬を触られると、彼の手の温もりを感じた。
とっさに、抱きしめようとしてきた手から逃れようと、わたしは体の向きを変えてハーシーからそっぽ向いた。
「ほっといてよ。少しも寒くないわ」
ハーシーがいじけても、泣いても、もう絶対折れてあげないんだから。
すると後ろから、ハーシーがわたしを足で挟むようにして近づき、肩を抱きしめてきた。
「し、しつこい男は、嫌われますよ」
「おれのことは、ただの毛布だと思えばいい」
「毛布は喋りません」
「じゃあ黙る」
「そういうことじゃなくて……」
わたしは、深いため息をつきながら、メッセージアプリに書いてある名前を見ていた。
あれ、見覚えのある名前がある……。
「今井、大悟……」
どこからどう見ても、わたしを育ててくれた人の名前だ。どうして先輩と大悟が、連絡先を交換しているの?
わたしはためらいながらも、その名前を押して、メッセージの中身を開いた。




