39,洞窟
わたしは先輩と馬車に乗り、魔物退治の現場へと向かっている。
護衛として、王宮の近衛兵がつけられた。彼らは華美に飾りつけられた白馬に乗り、馬車の周りについて走っている。
体調が戻ったとはいえ、まだ顔色が悪いと言われたので、まとめた髪の上から、ヴェールを被らせてもらった。
夜、あまり寝つけなかったせいかな……化粧も濃いめにしてもらったので、顔の皮が厚くなったように感じる。
「……花嫁みたいだな」
そう言って、見つめてくる先輩から、わたしは目をそらしていた。
2人きりが気まずい。同じ屋根の下にいて、彼はわたしと一緒にいたがっていたけど、断り続けて部屋に引きこもっていた。
これまで通り、高校時代の先輩後輩という関係を超えたくない。それ以上踏み込まれるなら、きっとわたしは、彼と距離を置くだろう。
ため息をついて、窓の外に目をやった先輩に、わたしは口を開いた。
「先輩……以前してもらった告白のお返事を、今してもいいですか」
「……もう、いいよ。どうせ返事は分かってるかさ」
いじけたように苦笑いする彼に、わたしはポケットから取り出したものを差し出した。
「……そう言われるだろうと思って、手紙を書いたんです。受け取ってもらえますか」
その手紙を、先輩は目を丸くして見た。
「手紙……?」
「はい。フローラ様の日記を読んでたら、ちゃんと、自分の気持ちを言葉に残したいなと思って……わたしの考えをつらつら書いているだけなので、つまらないと思いますが。
気が向いたら読んでみてください」
先輩は、その手紙を受け取って、すぐポケットにしまった。
「分かった……時間がある時に読むよ」
その手紙は、この世界で、わたしと先輩にしか読めないはずだ。アウル国の文字ではない、日本語で書いているから。
だから、遠慮なく書いた。きっと先輩は、すぐに読んでくれないだろうということも想定して。
まるで遺書のようなその手紙を、先輩はどんな顔をして読むんだろう。
山道を進むごとに、雲行きが怪しくなってきた。
だんだんと雨足が強まり、外にいる近衛兵が可哀想なほどずぶ濡れになっている。
わたしが声をかけようとする前に、外から大きな声で呼びかけられた。
「聖女様、申し訳ありません。
このまま進むと危ないので、どこかで雨宿りさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「はい、構いません」
馬車は進路を変え、道から外れて山の中へと向かった。暗雲がたちこめ、空からゴロゴロと雷が落ちそうな音が聞こえる。
「落ちないかな……」
わたしの不安そうな声に、先輩が外に向かって声を上げた。
「おい、どうして山に向かう。木に雷が落ちたら、こちらもひとたまりもないぞ」
「この先に、洞窟があります。そちらに向かっていますので、ご安心を」
御者の言葉に、わたしたちは胸をなでおろした。
しばらく走ると、岩場に大きな穴があいていて、確かに洞窟が現れた。
馬車ごと入れる広さなので、わたしたちは濡れずに馬車から出られた。
近衛士さんたちは頭からつま先までびしょびしょなので、なんだか申し訳ない。
洞窟の奥は真っ暗だ。まだ昼間なので、かろうじて雲が明るく、入口の近くは明かりなしでも地面が視認できる。
わたしたちは、馬車から出してもらった絨毯の上に案内された。
「急いで火を起こしますので、おふたりはおくつろぎください」
「すみません……何もお力になれず」
「いえいえ。わたしたちも、こういう時のために訓練していますので」
近衛士さんたちは、テキパキと石を集めて円をつくり、馬車から出した布や緊急用の薪を使って、火を起こしてくれた。
すごい……火が灯っただけで、すごく安心する。
でも近衛士の人達は、せっかく焚き火があるのに、やることを済ませると洞窟の入口の見張りをし始めた。
「あの……服、ぬがないと風邪を引かれますよ?」
「いえ、自分たちは……」
「聖女様、お下がりください」
近衛士の1人が、外からわたしを隠すようにした。他の近衛士が、剣に手をかけたのを見て、先輩がわたしを後ろにさがらせた。
「どうした?」
「……盗賊かもしれません。こうして、雨宿りしている貴族の馬車を狙ってくるのです」
近衛士さんたちから、殺気のような緊張感が漂った。ここで今、戦闘になってしまうの……?
わたしはつい、先輩の服をぎゅっと握った。
盗賊について、そう言えば、ハーシーから聞いたことがある。
あれはそう……先輩が、ハーシーに決闘を申し込んだ日の夜のこと。
わたしは、ハーシーにおそるおそる訊いた。
「どうして、決闘した時、おれの勝ちだって言わなかったんですか? どう見ても、先輩はあれ以上戦えませんでした」
すると、ハーシーはひと呼吸おいて、口を開いた。
「そう言わないと、引き下がらなかっただろう」
その言葉に、わたしは感心した。無愛想に見えて、相手の気持ちを汲みとれる人なんだと思った。
「……旅商人の護衛をしている時、たまに盗賊に襲われる。おれたちはそれを見越して、あえて捨て荷を用意する。
捨て荷と言っても、ちゃんと中身が入っているものだ」
「どうしてですか?」
「盗賊は、利益がないと、躍起になってくる。女子供でも皆殺しにして、荷を奪おうとしてくる。
それなら盗賊にも花を持たせて、ある程度満足させた方が、深追いはされない」
「なるほど……それが護衛士さんの、仕事のコツなんですね」
「だがたまに、捨て荷すら惜しんで、切り離せない商人もいる……必死に荷物にしがみついて殺される、そんな光景を、おれは何度も見てきた」
その時、心の奥がしんと冷えた。
護衛士の仕事は……人の死を見る仕事でもあるんだ。
そう思うと、彼の陰りを落とした表情にも、納得がいく。
「……いつも他人のために、体を張って頑張ってるんですね。
そういう生き方ができるのって、本当にすごいと思います。尊敬します」
そう言うと、ハーシーは足を止めた。
いつもの、妖精が住む泉のような瞳は、夜だからか光が消えて、闇に沈んでいた。
「おれが、人の命を殺めることがあってもか」
その言葉に、わたしは息を止めた。
どうして……わたしに判断を委ねるんだろう。まるで自分を裁いてほしいように、話すんだろう。
わたしはその時、何も言葉にできなかった。
人を守るためなら、人を傷つけてもいいだなんて、軽々しく口にすることでもないと思う。
黙ってしまったわたしから、ハーシーは目を逸らした。まるで、答えなんて求めていないように。
ーーあの時のハーシーに伝えてあげたい。
人を守るために、強くあってくれてありがとう。
あなたが守ってくれた命があってこそ、わたしはこうして今、生きているんだよ。
本当は、誰の命も奪いたくないんだよね。
だからジギス家が襲撃されたあの日でさえ、敵の命をとるまではしなかった。
『他人に刃を向けたら、自分も向けられると分かっているよな?』
彼の言葉が蘇ってきて、わたしはとっさに近衛士に声をかけた。
「剣を置いてください。
盗賊の望むだけ、金品を渡しましょう」
「なっ……!」
その言葉に、先輩は眉をしかめた。
「下手に出れば、何をされるか分からないぞ!」
「えぇ……おれたちは、あなたの御身を守らなければなりません。よって、剣は置けません」
近衛士さんたちは、わたしの意を汲み取ってくれない。確かに、わたしに何かされそうになったら、結局はみんなわたしを守るために戦闘となるだろう……。
「それなら、わたしは見つからないように、洞窟の奥に逃げます。
盗賊が帰ったら、迎えに来てください」
「ちょっ、待てよ!!」
わたしは、先輩が止めるのも聞かずに、洞窟の奥に走り出した。
みんなが守ってくれるなら、わたしもみんなの命を守りたい。
わたしは、真っ暗闇の中、壁を伝ってとにかく奥へと突き進んだ。




