表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/51

39,洞窟

 わたしは先輩と馬車に乗り、魔物退治の現場へと向かっている。


 護衛として、王宮の近衛兵がつけられた。彼らは華美に飾りつけられた白馬に乗り、馬車の周りについて走っている。


 体調が戻ったとはいえ、まだ顔色が悪いと言われたので、まとめた髪の上から、ヴェールを被らせてもらった。

 夜、あまり寝つけなかったせいかな……化粧も濃いめにしてもらったので、顔の皮が厚くなったように感じる。


「……花嫁みたいだな」


 そう言って、見つめてくる先輩から、わたしは目をそらしていた。


 2人きりが気まずい。同じ屋根の下にいて、彼はわたしと一緒にいたがっていたけど、断り続けて部屋に引きこもっていた。


 これまで通り、高校時代の先輩後輩という関係を超えたくない。それ以上踏み込まれるなら、きっとわたしは、彼と距離を置くだろう。


 ため息をついて、窓の外に目をやった先輩に、わたしは口を開いた。


「先輩……以前してもらった告白のお返事を、今してもいいですか」


「……もう、いいよ。どうせ返事は分かってるかさ」


 いじけたように苦笑いする彼に、わたしはポケットから取り出したものを差し出した。


「……そう言われるだろうと思って、手紙を書いたんです。受け取ってもらえますか」


 その手紙を、先輩は目を丸くして見た。


「手紙……?」

「はい。フローラ様の日記を読んでたら、ちゃんと、自分の気持ちを言葉に残したいなと思って……わたしの考えをつらつら書いているだけなので、つまらないと思いますが。

 気が向いたら読んでみてください」


 先輩は、その手紙を受け取って、すぐポケットにしまった。


「分かった……時間がある時に読むよ」


 その手紙は、この世界で、わたしと先輩にしか読めないはずだ。アウル国の文字ではない、日本語で書いているから。


 だから、遠慮なく書いた。きっと先輩は、すぐに読んでくれないだろうということも想定して。


 まるで遺書のようなその手紙を、先輩はどんな顔をして読むんだろう。



 山道を進むごとに、雲行きが怪しくなってきた。

 だんだんと雨足が強まり、外にいる近衛兵が可哀想なほどずぶ濡れになっている。


 わたしが声をかけようとする前に、外から大きな声で呼びかけられた。


「聖女様、申し訳ありません。

 このまま進むと危ないので、どこかで雨宿りさせて頂いてもよろしいでしょうか」


「はい、構いません」


 馬車は進路を変え、道から外れて山の中へと向かった。暗雲がたちこめ、空からゴロゴロと雷が落ちそうな音が聞こえる。


「落ちないかな……」


 わたしの不安そうな声に、先輩が外に向かって声を上げた。


「おい、どうして山に向かう。木に雷が落ちたら、こちらもひとたまりもないぞ」


「この先に、洞窟があります。そちらに向かっていますので、ご安心を」


 御者の言葉に、わたしたちは胸をなでおろした。

 しばらく走ると、岩場に大きな穴があいていて、確かに洞窟が現れた。


 馬車ごと入れる広さなので、わたしたちは濡れずに馬車から出られた。

 近衛士さんたちは頭からつま先までびしょびしょなので、なんだか申し訳ない。


 洞窟の奥は真っ暗だ。まだ昼間なので、かろうじて雲が明るく、入口の近くは明かりなしでも地面が視認できる。


 わたしたちは、馬車から出してもらった絨毯の上に案内された。


「急いで火を起こしますので、おふたりはおくつろぎください」


「すみません……何もお力になれず」


「いえいえ。わたしたちも、こういう時のために訓練していますので」


 近衛士さんたちは、テキパキと石を集めて円をつくり、馬車から出した布や緊急用の薪を使って、火を起こしてくれた。


 すごい……火が灯っただけで、すごく安心する。

 でも近衛士の人達は、せっかく焚き火があるのに、やることを済ませると洞窟の入口の見張りをし始めた。


「あの……服、ぬがないと風邪を引かれますよ?」


「いえ、自分たちは……」


「聖女様、お下がりください」


 近衛士の1人が、外からわたしを隠すようにした。他の近衛士が、剣に手をかけたのを見て、先輩がわたしを後ろにさがらせた。


「どうした?」


「……盗賊かもしれません。こうして、雨宿りしている貴族の馬車を狙ってくるのです」


 近衛士さんたちから、殺気のような緊張感が漂った。ここで今、戦闘になってしまうの……?


 わたしはつい、先輩の服をぎゅっと握った。



 盗賊について、そう言えば、ハーシーから聞いたことがある。


 あれはそう……先輩が、ハーシーに決闘を申し込んだ日の夜のこと。



 わたしは、ハーシーにおそるおそる訊いた。


「どうして、決闘した時、おれの勝ちだって言わなかったんですか? どう見ても、先輩はあれ以上戦えませんでした」


 すると、ハーシーはひと呼吸おいて、口を開いた。


「そう言わないと、引き下がらなかっただろう」


 その言葉に、わたしは感心した。無愛想に見えて、相手の気持ちを汲みとれる人なんだと思った。


「……旅商人の護衛をしている時、たまに盗賊に襲われる。おれたちはそれを見越して、あえて捨て荷を用意する。

 捨て荷と言っても、ちゃんと中身が入っているものだ」


「どうしてですか?」


「盗賊は、利益がないと、躍起になってくる。女子供おんなこどもでも皆殺しにして、荷を奪おうとしてくる。

 それなら盗賊にも花を持たせて、ある程度満足させた方が、深追いはされない」


「なるほど……それが護衛士さんの、仕事のコツなんですね」


「だがたまに、捨て荷すら惜しんで、切り離せない商人もいる……必死に荷物にしがみついて殺される、そんな光景を、おれは何度も見てきた」


 その時、心の奥がしんと冷えた。

 護衛士の仕事は……人の死を見る仕事でもあるんだ。

 そう思うと、彼の陰りを落とした表情にも、納得がいく。


「……いつも他人のために、体を張って頑張ってるんですね。

 そういう生き方ができるのって、本当にすごいと思います。尊敬します」


 そう言うと、ハーシーは足を止めた。

 いつもの、妖精が住む泉のような瞳は、夜だからか光が消えて、闇に沈んでいた。


「おれが、人の命を殺めることがあってもか」


 その言葉に、わたしは息を止めた。

 どうして……わたしに判断を委ねるんだろう。まるで自分を裁いてほしいように、話すんだろう。


 わたしはその時、何も言葉にできなかった。

 人を守るためなら、人を傷つけてもいいだなんて、軽々しく口にすることでもないと思う。


 黙ってしまったわたしから、ハーシーは目を逸らした。まるで、答えなんて求めていないように。



 ーーあの時のハーシーに伝えてあげたい。

 人を守るために、強くあってくれてありがとう。


 あなたが守ってくれた命があってこそ、わたしはこうして今、生きているんだよ。


 本当は、誰の命も奪いたくないんだよね。

 だからジギス家が襲撃されたあの日でさえ、敵の命をとるまではしなかった。


『他人に刃を向けたら、自分も向けられると分かっているよな?』


 彼の言葉が蘇ってきて、わたしはとっさに近衛士に声をかけた。


「剣を置いてください。

 盗賊の望むだけ、金品を渡しましょう」


「なっ……!」


 その言葉に、先輩は眉をしかめた。


「下手に出れば、何をされるか分からないぞ!」


「えぇ……おれたちは、あなたの御身を守らなければなりません。よって、剣は置けません」


 近衛士さんたちは、わたしの意を汲み取ってくれない。確かに、わたしに何かされそうになったら、結局はみんなわたしを守るために戦闘となるだろう……。


「それなら、わたしは見つからないように、洞窟の奥に逃げます。

 盗賊が帰ったら、迎えに来てください」


「ちょっ、待てよ!!」


 わたしは、先輩が止めるのも聞かずに、洞窟の奥に走り出した。

 みんなが守ってくれるなら、わたしもみんなの命を守りたい。


 わたしは、真っ暗闇の中、壁を伝ってとにかく奥へと突き進んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ